悪夢を見た。もう、いやだなぁ。これ、現実を反映した悪夢なんだよな。もう、いやだな。きちがい兄貴、きちがい親父、ろくでもないことを言う他人……。もう、いやだ。
ヘビメタ騒音で、人生がない。あれがはじまってから、ほかの人から、誤解されまくりだ。そして、実際に能力が落ちるのである。簡単にできていたことが、できなくなるのである。不注意になるのである。睡眠不足になるのである。ヘビメタ騒音が鳴っていなければ……家でヘビメタ騒音が鳴っていなければ、しょうじなかったことが、がんがんしょうじるようになるのである。でっ、ほかの人にとって、そんなことはどうでもよいのである。ほかの人というのが、一方の主役であった場合もおなじだ。ようするに、ヘビメタ騒音が鳴っていなければ、しょうじなかったこと」というのは、ヘビメタ騒音が鳴っていなければ、しょうじなかったトラブル」ということなのだけど、ぼくと、その人の間にトラブルがしょうじた場合は、もちろん、その相手の人は、『一方の主役』であると言える。その、『一方の主役』の人にとって、ぼくの家で鳴っている、ヘビメタ騒音というのは、どうでもいいことなのである。「あったって」「ないのとおなじ」ものなのである。相手の立場から見ると、そうなのである。ところが、ぼくにとっては、きちがいヘビメタ騒音が、すべてなんだよ。ほんとうに、影響を受けている。ヘビメタ騒音が鳴っていたから、発生したことなんだよ。ヘビメタ騒音生活が続いているから、できないことなんだよ。これが、ほかのひとにはわからないのである。ほかの人にとっては、ヘビメタ騒音なんて、あったってなくたっておなじなんだよ。トラブルにおける『一方の主役』にしても、そんなのは、あったってなくたって、おなじなんだよ。ところが、ぜんぜんちがうわけ。きちがいヘビメタ騒音が鳴っていなければ、しょうじなかったトラブルなんだよ。これらのトラブルと言うのは、実際には、俺がどれだけ頑張って、トラブルを起こさないようにしようとしても、しょうじるトラブルだ。きちがい兄貴が、きちがい兄貴の感覚で、ほかの人が「うち」では絶対に鳴らさないような音で、ずっと何時間何時間も、鳴らせば、どれだけ俺が頑張っても、影響を受けてしまうのである。