2014年11月2日日曜日

親友の俺に対する態度は、かわらなかった。

やっぱり、朝っぱらから、気分が悪いんだよ。きちがいヘビメタのことで、気分が悪い。この、日曜日の朝の雰囲気は、きちがいヘビメタ騒音の雰囲気だ。これ、俺がどこに行っても変わらない。常にやられた。……家から、最寄りの駅に行って、東京の方に出たとするだろ。で、秋葉原あたりを歩いたとするだろ。新宿でも、渋谷でもいいけど。それで、歩いている時の俺の気分は、どうかというと、やはり、ヘビメタにやられて、重たい気持ちなんだよ。小学生、中学生の頃から、そうだ。絶望的なのである。絶望的な気分で歩いている。

歩いている時、たしかに、きちがいヘビメタは鳴っていない。家に帰れば、どのみち、鳴っているのだけど、東京の道路の上を歩いている時も、ヘビメタ騒音で、ベタベタ、ボロボロ、な気分だ。ものすごく憂鬱な気分なのである。リフレッシュにならない。で、若い時、全部毎日やられた。成長期に、全部毎日やられたということが、でかすぎる。抜けない。この世の、この雰囲気は、僕がどこにいても、ヘビメタ騒音にやられた日々と同じ雰囲気なのである。

いま日曜日の、午前一一時。午前一一時は、かならず、ヘビメタが鳴っていた。どの日曜日も、ヘビメタが鳴っていた。何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も、ずっと、日曜日は、午前一一時に、ヘビメタが鳴っていたのである。だから、日曜日の午前一一時の雰囲気は、きちがいヘビメタの雰囲気なのである。これから、外に出て、帰ってきたとしても、きちがいヘビメタにやられた雰囲気が変わらないのである。さっき、秋葉原に行ったようなことを言ったけど、日曜日は、業者の模擬試験の日であることが多く、友達と模擬試験を受けに行ったことがある。中学の時の記憶だけど。で、それも、ヘビメタ騒音なんだ。模擬試験を東京の会場で受けるとすると、家を早く出なければならない。しかし、土曜日の夜も、当然、きちがいヘビメタが鳴っている。「明日、模擬試験だから静かにしろ」と昼の一時ぐらいから、夜の一一時ぐらいまで、怒鳴っても、絶対に、その間一分も、本当には静かにしない。どでかい音で鳴らし続ける。ゆずったつもりのどでかい音と、ゆずったつもりもないどでかい音で、一〇時間ちょっと鳴らし続ける。そうすると、一〇時間ヘビメタ騒音を浴びてしまっているので、眠れない。不安になる。不安になるともっと眠れない。どれだけ逆上して、怒鳴りこんでも、けっきょく、きちがい兄貴が、(殺されず)に鳴らし切るという状態に対する、怒りがある。怒りが体の中を回り続ける。それだけではなく、純粋にヘビメタの毒にやられて、からだが、むなしくも、怒りに満ちている。交感神経が逆立っている。一〇時間、きちがい音の攻撃を受けているので、脳内神経伝達物質のバランスが崩れている。さみしいような、気持ちと、不安、怒りなどが、渦巻いた状態になる。そういう状態で眠れない。

親友と、模擬試験を受けに行く約束をしてたいので、約束の時間に遅れて迷惑をかける訳にはいかない。けど、眠れない。けっきょく、その日も、親友に迷惑をかけた。俺は、遅れた。で、代々木に行くはずだったんだけど、代々木上原方面に行ってしまった。遅れていなければ、そういう事にはならなかったと思う。親友が、「やっぱりおかしいよ」といって電車を降りた。その後、まあ、急いで会場に行ったわけだけど、途中で、でかい道を横切った。でかい道には、交通整理をしているおまわりさんがいて、中学生が、二人、信号を無視してでかい道を横切ったので、「おまえ、そこ、なんやってんだ」と言っていた。とりあえず、無視して、先に進んだ。あの時から、やっぱり、親友には、迷惑をかけているな。そういうことも、あったんだけど、親友の俺に対する態度は、かわらなかった。事情を知っていたから。その親友とも、ヘビメタ騒音が始まってから一二年目辺りにおかしくなる。きちがい兄貴は、かならず、起きていれば、きちがいヘビメタを鳴らしていたので、一二年目も、一年目と同じぐいに鳴らしている。確かに、社会人になって、夜七時ぐらいに帰ってくるようになったのだけど、週休二日制で、土曜日と日曜日だけで、合計二五時間近く鳴らす状態だったので、やはり、週に四四時間以上鳴らしている状態は、変わらない。本当に、自分の部屋にいて、起きているあいだは、全部きちがいヘビメタを、どでかい音で鳴らしていた。


自分が折れて、一分でも本当に静かにしなければならなくなった……そういうところに、追い込まれたということになれば、もう、顔真っ赤にしてからだを硬直させて、目を三角にして怒る。むっとする。で、そんなのは、耐えられないので、一分も静かにしないで、鳴らす。これが、きちがい兄貴の本当の反応だ。で、一五年間毎日、二四時間、そういう状態だったのである。一分間、本当に静かにするのは、死んでも嫌なのだ。で、死んでも嫌だという自分の気持に気がついてない。どうして、気がつかなかったかというと、「追い込まれなかった」からだ。また、追い込まれた時も、実際には、静かにしないで「やりきったから」だ。やりきることができれば、本人の怒りを自覚することがないわけだ。だから、そのまま、どかすか鳴らした。これが、一五年間のきちがい兄貴の態度で、俺が入試だろうがなんだろうが、どれだけなにを言っても、絶対に、本当には静かにしなかった。実は、一日だけ、例外あるのだけど、それ以外は、本当に、一時間も、「ちゃんと」静かにしてない。鳴らさないで静かにするということがない。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。