2016年9月10日土曜日

「すっとぼけるのも、いい加減にしろ」と言いたくなるようなことばかり言う

俺もうつかれた。つかれた。ほんとーーーに、つかれた。いつもつかれているんだよな。これは、いまの問題だから。昔の問題じゃないから。ヘビメタ騒音を鳴らされていたとき、めちゃくちゃにつかれたけど、いまは鳴ってないのでつかれていないということじゃない。一五年……成長期の七年、八年、九年が与える影響がでかすぎる。本当にヘビメタ騒音をやられてから……ヘビメタ騒音生活七年目から……ずっと、つかれがとれない。

これも俺のせいにされるわけだけど、つらい。これも、俺ががんばればどうにかなる問題にされるわけだけど、どれだけがんばっても、やっぱり、つかれる。持続的につかれているわけで、どっかでよくなるということはないんだよな。本当に脳みそのどこかがやられていると思う。「騒音金属疲労」みたいな感じで、やられていると思う。睡眠回路がやられたのがでかい。休んでないから、くるしいのではなくて、休んでもくるしい。休んでないから疲れているのではなくて、どれだけ休んでも、つかれている状態だ。

これ、何回も言っているけど、普通の人が、朝起きたときのだるさをそのまま、一日中背負っているような状態だ。座ったまま姿勢を維持しようとしても、維持できないときがある。だから、横になるしかない。で、横になっていれば普通はつかれがとれるのだけど、とれない。つねに、終電のサラリーマン状態なんだよ。残業して終電に乗らざるを得ないような状態の人がいると思う。

で、それは、ただ、一日だけそうなのではなくて、何ヶ月、場合によっては何年も続いていると思う。その、五年目あたりの状態なんだよ。つねに、そういう状態。もう、ぼろぼろになって、回復能力がなくなっている……状態。だから、どれだけ休んでも、回復しない。

けど、他の人からみれば……。まあ、他の人からみても、「たるんでいる」「元気がない」「ぼーっとしている」状態にみえるわけだけど、しんどさはみえない。まあ、つかれているのはわかると思うけど。けど、それは、つかれているから休んでいいということではなくて、つかれていても、ぼやっとしないで、てきぱき、動いて欲しいということだから、意味がない。

まあ、調子がよいときに、出て行って、張り詰めて明るくみせれば、そんなに深刻な状態には見えないのだろうなと思う。けど、それは、睡眠リズムが、普通の人と合致しているときに、出て行って、がんばればということだから。一日だけだけどね。一日しか持たない。

二日目はだめだ。明らかに、やっていることに関心がないような(だらけた態度)になってしまう。これで、評判が落ちるんだよ。もう、本当、くるしいんだ。普通の人だと、二〇時間ぐらい起きている状態で、ちゃんとしようと思っても、ちゃんとできないような状態。まあ、二〇時間ぐらい起きているときでも、「ハイ」になる時はある。

こういうときは、「失敗」が多くなるから注意だ。だから、ハイになって空元気を出して動いているようなときも、本当は、元気じゃない。本当にこういうときは、不注意ミスが増える。前の日、眠らないで試験を受けているような状態だ。ものすごく、重要な試験。人生の左右してしまうような、重要な試験……。

そういう試験を受ける前、きちがい兄貴は、一二時間鳴らせなるら、絶対に一二時間鳴らして、一秒も譲ってくなかった。あれで、「静かにしてやったつもり」なのかよ。そーーいうのが、おかしいんだよ。で、きちがい兄貴もきちがい親父も、一度そういうモードになったら、こっちが、なにを、何万回言っても、そのままなんだよね。この「そのまま」度がひどいんだよ。

何万回、何十万回「静かにしろ」「鳴らすな」と怒鳴っても、本人は、まったくなにも感じないわけだから。これは、続けて、感じないということだ。言われたときだけ、怒っておしまいなのである。だから、「明日、入学試験だからやめろ」と怒鳴り込まれたあと、一〇時間、き○がい的にでかい音で鳴らしても、まーーった、く、平気なんだよ。本人は、一〇時間静かにしてやったつもりでいる。恩着せがましく静かにしてやったつもりでいる。本当は、五分間だけ、一〇〇分の一の音量だけ下げて九九の音で鳴らして、あとの一一時間五五分は一〇〇の音で鳴らしている状態。入学試験だろうがなんだろうが、そうなんだよ。一度こうなったら、何十年でも、毎日そうなんだよ。「うち」ではそうなんだよ。

本人がまったく問題を感じない。本人がまったく問題だとは思わない。自分は権利があって鳴らしている、がたがた言ってくる方がおかしい。静かにしてやったのになんだ!!後から後から言ってきやがって!!こういう気分にしかならない。こっちがどれだけ、真剣に頼んでも、こういう気持ちになって、ものすごくでかい音で鳴らす。

きちがい兄貴が、静かにしてやったつもりの音も、でかいから。

これも、どれだけ、言っても、通じないんだよな。きちがい親父のように、認めたくないことは、どれだけもめても、もめても、もめても、もめても、認めない。普通なら、絶対に、ひとことでわかりそうなことでも、わからないのである。どれだけ、何万回強く、言われても、まったくなにも言われなかったのと同じ状態を維持する。そういう認知構造。そういう神経! だから、まったく気にしないで、その日のヘビメタを、まったく譲らないで頑固に何時間も何時間も鳴らし続けることができる。

それなら、意地になって鳴らした……相手が言ってきたけど、相手のことは押さえつけて鳴らした……という認識があってよさそうなものなのに、そういう認識がまったくない。実際には、まったく静かにしないで鳴らし続けたのに、本人は、「じゅうぶんに静かにしてやった」「一日中静かにしてやった」と思っている状態なのである。だから、本当に、どれだけ、騒音のことで怒鳴り込まれても、まったくなにもやらなかったのと同じ気分でいる。その時も、そうだし、それを毎日一〇年間と一日続けても、一〇年と一日目には、まったく、なにもしてないつもりのままなのである。

だから、認知がおかしくなる。一〇年と一日、頑固に全部の時間、本当には譲らないで、兄貴の友達が驚くような音で鳴らしているのに、本人は、一〇年と一日、全部毎日、全部の時間静かにしてやったと思い込んでいる状態なのである。その一〇年と一日目に、どれだけもめても、そういう、認識システムが崩れないので、その日も、「じゅうぶん静かにしてやった」と思っている状態なのである。その日、七時間鳴らせるなら、七時間、こだわってこだわって、何回文句を言われても、何回怒鳴り込まれても、けっきょく、自分の意地を通して、自分が満足できるどでかい音で鳴らしたのに、まったくならしてない状態と同じなのである。

本人は、「全部ゆずってやった」と思っている状態で、鳴らす!! 頭がおかしい!! あれだけ、でかい音で鳴らして、そういうふうに思っているとしたら、本当に頭がおかしいと思うけど、「ごく自然に」「うちでは」「そういう状態」なのである。だから、まーーったく、疑問に思わない。本人が、疑問に思わない。で、ヘビメタが好きな兄貴の友達が「こんな音で鳴らして、うちのひとはなんか言わないの?」と兄貴に言ったその日も、そういうでかい音で鳴らして、なんとも思わないのである。その日だって、俺は、兄貴の友達が帰ったあと、さんざん「鳴らすな」「静かにしろ」とさんざん言ったからな。よその人は「一分で、普通の家で鳴らす音にしてはうるさすぎる」ということを理解しているのに、きちがい兄貴は、言われたにもかかわらず、ぜんぜん理解しないのである。

「だいじょうぶだいじょうぶ」と友達に言ってそれでおしまい。兄貴は、本当に「うちのひとは、だいじょうぶ」だと思っている。兄貴の友達が来るまで、何千日、俺がきちがい兄貴のヘビメタ騒音に文句を言っていると思っているんだよ。そういうのだって、おかしいだろ。他の人が一分間で理解することを、十数年間という長い時間鳴らして、まったく理解しない。兄貴が結婚したあとの時間を含めれば、何十年と理解してないのである。他の人が一分間で「普通の家で鳴らすには、でかすぎる」と思う音で鳴らしているのに、何十年経っても、「そんなにでかい音で鳴らしてない」とまじで思っているようなき○がいなのである。

で、そういうのが、徹底しているんだよね。「はじき」度がすごい。「認めない」度がすごい。骨がらみ。全部の認知がそうなっているんだよ。だから、本人は、普通にすごしているだけなんだよ。本当は、異常なことを、以上に長い時間繰り返してやっているのに、本人は、まったくなにもしてないのと「同じ気持ち」でいる。

だから、(兄貴は)俺に対して、特にうらみがない。自分(きちがい兄貴本人)も俺(弟)に対してそんなにひどいことをやったつもりがない。人生に影響を与えるようなことを、やったつもりがない。※やったつもりがないとなったら、「相手からどれだけ、何年間、何十年間言われても」ぜんぜんやったないつもりのままなんだよ※。だから、相手がなんで怒っているのか、ぜんぜんわからない。自分がやったことじゃないと思っている。自分はまったくうるさくしてないのに、相手が文句を言ってくる……ぐらいにしか感じない。で、鳴らしている一五年間毎日も、そういう状態なんだよ。どれだけ、激しく言われても、そういう認知が、ひっくりかえらない。ふつーーに、時間がすぎていく。ふつーーになにもしてないつもりで、時間がすぎていく。

本当は、き○がい的にでかい音で、き○がい的な意地で鳴らしているのに、そして、さんざん文句を言われているのに、相手に迷惑をかけるようなことは一切していないという気分が成り立っている。頭がおかしい。そういう程度に、排除している。だから、本当に、言われた一瞬だけ腹を立てて、頑固に鳴らして、それで、おしまいなんだよ。言われなかったことになってしまう。言われなかったことに鳴ってしまうのは、自分が、本当に静かにしてやる必要がないからだ。本当に、静かにしなければならないとなったら、本当に静かにしなければならない時間、ずっと、腹を立てている状態になる。腹が立ってしかたがない状態になる。弟が、静かにしてくれと言ってきたから、一時間静かにしてやるとなったら、一時間、ずっと腹が立つ状態ですごすことになる。

実際には、一時間我慢して静かにしてやったことなんてないから、そういう気持ちがあるということにすら、気がつかない。本当に静かにしてやらなければならなくなるのは、死んでもいやなんだよ。きちがい兄貴が、気がついているのか気がついていないのかわからないけど。三分間、本当に我慢させられたら、三分間、腹が立って腹が立ってしかたがない状態になる。

三分ですら「こんなのやってられるか」「なんで我慢しなきゃらないんだ?」という気持ちになって、鳴らしまくる。感情的に爆発して、絶対に鳴らそうとする。一分だってそうなんだよ。本当に静かにさせられたら、それはそれは、もう、発狂がとまらない状態になる。「なんだ!!!」と怒り狂って、鳴らし始めてしまう。

そうしたら、そのあとはどれだけ鳴らしてたって、鳴らしてないのと同じ認識で、鳴らす。ガンガンどでかい音で鳴らしているんだけど、発狂したあとやっていることは、「ノー感じ」なのである。やっているつもりがない。やっているのに!! で、本当は毎日毎時間毎分毎秒、そうなんだよ。禁止されれば、そうなる。鳴らしたいのに、鳴らせないとなったら、そうなる。

そういう気持ちがわかなかったのは、本当に静かにしてやる時間というのが、一日に一秒もなかったから。本当に静かにしてやる時間がなかったから、そういう感情にならなくてすんだだけなのである。きちがい兄貴が静かにしてやったつもりの時間も、兄貴の友達が驚くようなでかい音で鳴らしているから。で、これ、耳が正常なら絶対にわかることなのに、わからないままなのである。

だから、いまだに、ふざけたことが言える。

家族の前で「よく言うよ」というような言い訳をすることができる。この場合の家族というのは、いまの兄貴の家族ということだ。兄貴の嫁さんと嫁さんの親の前で、「弟が言っていることは嘘だ」という言い訳をする。事情を知っている人間からすれば「すっとぼけるのも、いい加減にしろ」と言いたくなるようなことばかり言う。親父おんなじ。まったく同じ。親父もそうなんだよ。親父がやってきたことを知っている人間が聞けば「すっとぼけるのも、いい加減にしろ」と怒鳴りたくなるようことしか言わない。こんなのと、話ができるわけがないだろ。こんなやつらと、「は・な・し・あ・い」ができるわけがないだろ。本当に、こういうことがわかってないから、よその人に「うちのこと」を相談しても無駄なんだよ。よその人は「家族で話し合えば良い」「お兄さんに言えばいい」とアドバイスをくれるだけだから。

これ、いま書いたことを読んだ人ですら、「そんな人はいない」というような考えにこだわるなら、俺の言っていることが、変なことのように思えるわけだよ。俺の記述こそが嘘だと思うわけだよ。「そんな人はいない」わけだから。で、「そんな人はいない」と思っている人は、俺の文章を読んで怒る。怒りを感じるんだよね。どうしてかというと、「そんな人はいない」と思っている人の平和な世界を壊したから。その人の世界というのは、「そんな人はいない」という認識の上に成り立っているんだよ。

だから、「いる」という俺の言葉を聞けば、「そんな人はいない」認識の上に成り立っている平和な世界が、壊れる。これは、完全に壊れてしまうわけではなくて、おどしを受けるということだ。ショックを受けるということだ。いままで、地震がなかったのに、ぐらっとしたわけだ。「そういうことがある」ということを言っている人が目の前に現れるわけだから。まあ、少なくても言葉は現前するからね。それは、その人の自我に一撃を与えるのである。それが、「不愉快」「怒り」という反応をうむ。「そんなんじゃない」だけだから……。俺は「そういうこともあり得る」ということを言うわけだから……。この差なんだよ。

だから、「そんな人はいない」と思っている自我を持っている人は、俺の言葉に腹を立てる。「そんな人もいるだろう」と思っている人は、そういう自我を持ってないので、「あなたの、お兄さんとお父さんはそうなんだろうな」と思うだけだ。「そういう人もいる」と思っている人の自我は、別に傷つかない。最初からいると思っているわけだから、不安にもならない。「そんな人はいない」と思っている人は、不安になって怒る。そして、否定する。

   *     *     *

本当に、俺が二一歳の時ですら、どれだけどれだけもめても、一分も静かにしてくれなかった。これが、きちがい兄貴がこの世で本当にやったことだ。毎日毎日、あたりまえのこととしてやっていたことだ。それが、「やってない」とか「静かにしてやった」とか……。本当に!!!そういうことだから、一秒も静かにしないで、静かにしてやったつもりでいられるんだろ。で、この鳴っている一日というのが、耐えがたい一日なんだ。これは、誰に言ってもわからないと思うけど、僕のなかでは、いまでも同じ風が吹いている。いまでも同じ空気を吸っている。いまで同じ知覚のままだ。

だから、くるしい。毎日、毎分毎秒、くるしい。こんなの、クリスを飲んでも解決しない!! きちがい兄貴が、一日目に普通に静かにしてくれることが、絶対に必要だった!!!

事実は、十数年間にわたって、シランプリで鳴らしまくった。一日に一秒も静かにしないで鳴らしまくった。……そういう人生だ。で、これ、いま書いているけど、一一歳の時には、書けたわけだからな。うまく説明できるとは思えないけど……。本当に聞き手が、俺みたいな経験をした人じゃないと、一一歳の俺が、どれだけ説明してもわかってくれないんだよな。それから、うちにきて、兄貴を羽交い締めにして、静かにさせてくれるわけでもない。監視をするために、うちにとまってくれるわけでもない。けど、きちがい兄貴が、一日に一分だって静かにしないわけだから、そういう人がいなければ静かにならない。まあ、外部の人がいても、静かにするかどうかわからないけどね。その外部の人だって、「うち」にずっといるなら、「うちの人」になってしまうわけだから。「うちの人」の言うことは、絶対に聞かない。これが、親父が作った、うちの伝統だ。で、こんなの、ほかのひとにはわからないだろ!!
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。