2016年9月17日土曜日

特殊不満理論 サイコパスのもとに生まれた子供は、基本的に、不満を抱えることになる

自分にとって不満なことが生じた場合、不満を言うと、その人は不満の塊になってしまう。不満の塊になった人を、人は避けようとするので、ますます不満がたまるようになる。

不満なことが生じても、不満を言わずに感謝の言葉を述べると、事態が好転して、人からも好かれるようになる。



よくある、不満に関する考え方です。まあ、スピ系のことや宗教系のことが好きな人は、こういう考え方を聞いたことがあると思います。感謝理論ですね。で、これは、正しいようでいて無慈悲なところがあります。

こういうひとが設定しているのは、一般的な話しなんです。しかも、例外がないという話になっている。例外があるなら、例外があると最初に述べておかなければならない。けど、例外があるとは述べない。だから、一般法則の話になります。一般法則においては、例外がないので、本当に苦しんでいる人を追い詰める話になります。

こういう人たちが言う「不満」というのは、普通の不満なのである。普通の人によってもたらされる「不満」なのだ。しかし、世の中にはサイコパスがいるように、サイコパスからもたらされる「不満」というのがある。しかも、サイコパスが親になる場合があるので、サイコパスのもとに生まれた子供は、基本的に、不満を抱えることになる。その場合の不満というのは、一般的な不満とは違うので、不満を言う権利がある。

サイコパスの親の元に生まれた子供が、「不満を言うべきではないという一般理論」におかされたばあいは、もっともっともっと、悲惨なことになってしまうのである。不満を言葉にできた方が、その子供は、精神的な安定を得られるのである。一般理論だと「不満を言うべきではない」ということになるのだけど、特殊理論だと、「不満を言うべきではないという※べき※の暴君にやれる※べき※ではない」ということになる。「べきべき」になるわけだけどさ。

一般理論は、一般人を相手にした場合の話しだ。家の中にサイコパスがいる場合は、まったく違う。ここが、わかってない。こういうことを言う人たちは、まったくそういう気持ちがないのだろうけど、実は、サイコパス的な親にやられて、苦しんでいる子供を、もっと不幸にしてしまうという問題がある。

サイコパスは、かわらない。

だから、不満を述べてもかわらない。相手に不満を言ってもかわらない。サイコパスはサイコパスの人格構造を通してサイコパス的な行動をしてサイコパス的なことを言うわけだから。そのサイコパス的な行動のなかには、当然、サイコパス的な攻撃が含まれている。

※このサイコパス的な攻撃に対して、不満を持つなと言うのが間違っているのである※。もし、サイコパスにやられている子供が、そういうことにこだわった場合どうなるかというと、神経症になってしまう。これがわかってない。サイコパスにやられているこどもが、「不満を言うべきではない」というような一般理論を学んだ場合、神経症になってしまうのである。まじめに、そういう言葉を実行すればするほど、深刻な、根の深い神経症になってしまう。

一般人が感じる「不満」と、特殊な環境にいる人が感じる「不満」は違う。そもそも、質が異なる。なので、一緒にしてはいけない。これ、わかるかな? たいていの人は、一般理論でとまってしまう。一般理論は、例外がないという状態で流布される。

けど、本当は、その一般理論で傷つく人間がいる。そういう一般理論を信じたがゆえに、神経症になってしまう人間が一定数いる。一般理論を実行しようとすると神経症になってしまう人というのは、特殊な人間にやられている人間なのである。

サイコパス的な親の元に生まれた子供と、一般的な親の元に生まれた子供だと、不幸の量が最初から違う。対処不能なサイコパスが親だったらどういうことになるか、たいていの人は、まるでわかってない。これは、経験を通して学ぶことなので、そう言う経験がない人はわからない。人は誰でもゆがんだところがあるので、理想の親はいない。しかし、健常者と精神異常者の違いがあるように、一般的な親とサイコパス的な親の違いはある。そういう違いを無視して、「不満を言うべきではない」「不満を言うともっと不幸になるぞ」とおどしをかけるべきではない。

あっ、おどしと言ってしまった。こういうスピ的なことを言う人は、別におどしをか.けているつもりはないのだろう。けど、努力目標になってしまうと、奇妙な現象が生じてしまうのである。奇妙な現象というのは、その子供が、神経症になってしまうということだ。一般理論の存在は、神経症発生に関して、まったく影響がないように思われているけど、実は、影響がある。一般理論というのは、この場合は、「きれいごと」だ。よくある、スピ的なきれい事だ。たとえば、「不満を口にするべきではない」とか。「どんなにひどいことが起こっても、感謝するべきだ」というような一般に流布されているきれい事のことだ。

ひどい状態というのがあって、そのひどい状態は、相手の感覚のズレによって引き起こされる。そして、相手は、それに気がつかない。あたりまえのように、その感覚のズレを押し付ける。サイコパスが、認識してない、サイコパス側の理論、理屈というのがある。サイコパス側はつねにその理論に従って行動しているのだけど、「そういう理論に従って、あることをなした」ということを認めないという状態になっている。で、この「認めない」ということも、実は、その理論に従っている。なので、これは、切りがない状態になっている。



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じゃあ、どうすればいいのかというと、サイコパス的な親にやられたことはしっかりと記述した方がいい。サイコパス的な親にやられたことから生じる「不満」に関しては、口に出した方がいい。一般人にやられたことから生じる「不満」に関しては、不満を口にしない方がいい。一般人と、サイコパス的な親をわける。サイコパス的な親に育てられた場合、兄弟がいる場合は、兄弟とももめることになる。ローシナジーが発生するからだ。父親が長男をいじめて、長男がおなじやり方で次男をいじめるということが生じてしまう。三男がいれば、次男が三男をいじめるということになる。なので、となりあえず、サイコパス的な親にやられたことは記述した方がいいと言ったけど、これは、別に親に限ったことではない。家族にやられたことは、記述した方がいい。不満を言った方がいい。不満をうまく言えないと、神経症になる。しかも、理論療法、認知療法、認知行動療法などは基本的に、「きれいごと」で成り立っているので、不満の部分は無視される傾向がある。というか、きれい事が支配する世界なのである。一般不満理論と特殊不満理論を区別せずに、きれい事を押し付けてくる。神経症が発生するには、サイコパス的な親が押し付けてくる異常なルールの他に、きれい事に基づいたルールが必要なんだよ。これがわかってない人が多い。だから、サイコパス的な親にやられて神経症になっている人は、認知療法に近づかない方がいい。認知療法は、一般的な不満を相手にした、一般理論で成り立っている。特殊理論は、ない。



わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。