2016年9月24日土曜日

ヘビメタ騒音は、合計で一四年と六ヶ月だ。きちがい兄貴の意地って、本当に、他の人にわからないから!!!!!

ヘビメタ騒音は、合計で一四年と六ヶ月だ。
六年とか七年と言っているのは、ヘビメタ騒音が鳴っていて、なおかつ、「俺」が学校に通わなければならなかった期間だ。一〇年と言っているのは、「俺」がまるまる荘に出るまでだ。なにも矛盾してない。
それから、家の前がでかい幼稚園(小学校ぐらいの敷地がある)で、道路や敷地の関係から言って、(隣の)家が離れている。(ちなみに、西の隣の家に関しては、西の隣の家の人が絶叫しても僕には聞こえません)。北はちょっと違うんだよね。けど、当時は、北の家も離れていた。いまの北の家は、違うけど。南はずーーっと幼稚園の敷地で、きちがい兄貴は子供たちや職員がいない時間に鳴らしている。日曜日は幼稚園は休みで誰もいなかった。東は、当時空き地。(僕が高校三年生になるまで空き地。いまは違う。)なにも矛盾してない。全部読めばわかる。矛盾してないんだよ。これ、本当に、なんていうのかな? 家の外壁と空気がある空間(なにもない空間)があると、だいぶ違うんだよね。俺の部屋のすぐ横に、スピーカーが設置してあるような感じだから。外壁があると、だいぶ違うんだよね。床が「地続き」なのと、外壁がある場合は、音の伝わり方、でかさがぜんぜん違う。兄貴の部屋の床と俺の部屋の床は、つながっているから。


ヘビメタ騒音のことを説明しなければ説明しないで、「俺」が勝手にサボっているように思われるわけだからな。まあ、説明したって半信半疑である人が、半数ぐらいいると思う。その人たちは、しあわせな家に育ったのだろう。

「そんなでかい音で鳴っていたら、いっくらなんでも、問題になる」と思う人がいるかもしれないけど、そうじゃないんだよ。音の伝わり方というのがわかってない。居酒屋に入ればわかるだろ。一号室でものすごい音で鳴っているとする。それが、一三号室では、たいして聞こえないだろ。じゃあ、一号室の室内や、となりの二号室でものすごい音じゃないかと言えば、ものすごい音なんだよ。

居酒屋じゃなくてアパートで考えてもいい。一号室で鳴っている音は、二号室で聞くのと、一三号室で聞くのはぜんぜん違う音なんだよ。広域放送が遠いところでも聞こえるのは、高いところにスピーカーがあるからです。真横で、二つの部屋の位置関係が平行である場合とは違います。(一三号室でも聞こえるかもしれないけど、そんなに問題にならない音になっている)

いずれにせよ、「兄」はいま住んでいるところで、ヘビメタを鳴らせない。うちで鳴らしていたようには鳴らせない。どうしてかというと、ものすごくでかい音だからだ。「兄」の部屋から外を見ると、でかい幼稚園の敷地と、その後ろにある林が見える。だから、本当に場所的には、横の部屋のことさえ考えなければ、鳴らせる。(当時の横の人から証言は得ている。けど、巻き込まないでくれとも言われている)

もし、マンションだったら、絶対に、うちで鳴らしていたような音では鳴らせない。当時の「兄」でも鳴らせない。実際、いま、どれだけ「俺」が(「兄」に)「鳴らせ」「ならせるなら鳴らしてみろ」と言っても、鳴らさない。鳴らせない。いま兄が住んでいるマンションでは、一分だって、うちで鳴らしていた音では鳴らせないのである。文句が出るからな。

「うち」の文句は、親父のように腹を立てて、握りつぶしていたのである。「よそ」の人に対する態度と「うち」の人に対する態度が違うと言っているだろ。本当に、催眠術にかかったように違うんだよ。本当に「よそ」の人たちは、わかってないな。だから、証言を集めただろ。本当に「うちでの」親父の態度と兄貴の態度は、「よそ」の人に説明しても、わかってくれない。

警察に相談しなかったのは、僕の失敗だけど、兄貴は、「よそ」の人が帰ってしまったら、そのまま鳴らす。ずっと、監視してくれるわけではないので、警官が帰ったら普通に(でかい音で)鳴らしていたのではないかと思う。当時は、「うち」のことは、「うち」で解決してくださいという風潮があった。DVも認められてなかった。(警察が)そのうち、こなくなってしまうのではないかという恐れがあった。けど、電話をするべきだったと思っている。(親父とお母さんの態度というのは、ベクトルはまったく違うけど、警察には相談しない。親父は、まったくわかってない状態だからね。兄貴のようにまったくわかってない。兄貴がでかくなったら、文句を言えない状態になってしまって、それからは、一切合切無視だよ。お母さんは、当時も病気で(リュウマチ・膠原病・薬の副作用)、俺の話を聞いて、困っているだけだった。たぶん、元気でも警察に相談するとかそういうことに関しては、まったく力になってくれないと思う。)

もう、死ぬかな。この警察に関してだけは、本当に、そのうちこなくなるにしろ、何回も相談するべきだったと思う。親父を無視して、相談するべきだった。で、法律を調べたら、騒音に関しては条例でしか決まってなくて、まるまる市の騒音に関する条例が非常にあいまいなもので、あんまり頼りにはならなかった。当時の僕は、まず物理的な「音量」の測量が必要だと考えてしまった。

本当に死のうかな。なにもあんなに意地になって鳴らさなくてもいいのに。
親父にやられたことを、全部俺にやり返している。親父がやったのとおなじやり方で、やり返している。本当につらい。


きちがい兄貴の意地って、本当に、他の人にわからないから!!!!!

   *     *     *



今週は、ずっと、風邪気味で、寝てたんだけど、その時に去来することが、……。本当にくるしかった。ともかく、死にたいな。これ、本当にそんなにわかりにくいことかな? いやだな。俺が当時六年間、普通の友達にはヘビメタ騒音の愚痴を言わないで、誤解されたまま耐えてたんだよな。親友にはずっと言ってたけど。それに、親友は僕の部屋に入って、どのくらいの音で鳴っているか知っているから。で、俺、薬局の前で、兄貴が将来すっとぼけたことを言ったら証言してくれと、頼んだから。あのときに、ぼくはもう、兄貴の将来のすっとぼけた態度を予言してたんだな。


本当に、俺が悪く言われる。死にたい。どっちにしろ、俺が悪く言われるんだよな。兄貴の「うちでの」感覚が異常だから。これ、本当に、平日も休日も、騒音でつらい……。うちの前がでかい幼稚園だということや、家が離れているということが、ものすごく影響を与えている。これが本当に、マンションだったら。絶対に、兄貴は、うちで鳴らしていたような音では、一分も鳴らせない。午後一〇台の音だって、家が離れていたから、鳴らせていたわけで、家が近かったら絶対に鳴らせない。午後一〇時台の音は、九時台の音よりは下げている。けど、それだって、気分が乗っていたら、下げないわけだよ。じゃ、きちがい兄貴よ、当時の一〇時台の音で、いま住んでいるマンションで鳴らしてみろ。一日でいいから鳴らしてみろ。鳴らせないだろ。一〇台の音も、うるさいからね。普通の感覚で言えば、じゅうぶんうるさい音なんだよ。当時の兄貴にはこれがわかってない。それから、「うち」でやったことに関しては、絶対に悪いと思わないんだよ。そういう感覚の持ち主だ。いま現在、他の人には、一分だってできないことでも、うちでは、一日中やって平気だった。俺とお母さんなら、まったく気にしなかった。そういうことだ。

もう、本当に死にたい。これが、兄貴のヘビメタ騒音を実際に聞いたことがない人には、わからない。わかりにくいことなんだよな。騒音って、本当に音の伝わり方で、違うんだよ。でかい音は、同じようにでかい音だというような感覚があるけど、位置によってぜんぜん違う。

兄貴が、普通の感覚だったら、うちでも、一日に一分だって、そういう音では鳴らせない音なんだよ。「うち」では、やってもいいとふんでやったから、まったく悪いと思ってないだけで……。壁のすぐ後ろにあるスピーカーから出ている音というのは、外壁を挟んで離れた家で聞いている音とは違う。

で、他の人は、当時の俺には影響があったかもしれないけど、いまの俺には影響がないと思うんだよね。「いま鳴っているわけじゃないんだから」と。けど、これも違うんだよな。一四年間鳴らされて、人生を破壊され、生活体力をうばわれ、睡眠回路を破壊され、すぐに疲れるような体にされ……。これ、本当に、他の人にはわからないんだろうな。俺がいま感じているだるさ、つかれやすさというのがわからない。一四年……まるまる荘に出たあとも含めて……だるくてだるくてしかたがない。それで、けっきょく大学には通えず、アルバイトもできず、就職もできず、……。もう、通うということ自体が、ヘビメタを七年間やられたあとは、ダメなんだよ。ここで、七年間というと、一四年間じゃないじゃないかと言われるけど、七年でダメなんだよ。からだがだめになるまでの時間というのは、一四年間じゃなくて七年間。一応俺のなかでは、わけて書いているから、他の人にはわかりにくくなっているか。通勤通学ができないからだになるまでの期間が七年間。小学六年生から高校三年生までの七年間。死にものぐるいで通学していた七年間。(六年と半年)足かけで七年間。六年と半年死にものぐるいで通っていたから、通えないからだになってしまった。そういう話しだ。矛盾してない。

幼稚園の子供が絶叫しても、勉強ができないということはない。聞こえるは聞こえるけど、うるさくて勉強できないという感じではない。どうしてかというと、離れているから。幼稚園とうちでは、うちの庭と幼稚園の園庭のぶんだけ離れている。けど、幼稚園の校舎は、かなり境界線に近い位置にある。それでも、幼稚園生が絶叫しているからといって、奇声をあげているからといって、勉強できないほどではないんだよ。この距離ですら、そうなんだよ。実際、僕は、幼稚園生の声には、元気をもらっている。別にうるさいと思わない。実際音量的にも、ヘビメタ騒音とは比べものにならないほど、静かだから。けど、それは、距離の問題でそうなっている。耳元で幼稚園生が毎分毎秒、絶叫していたら(奇声をあげていたら)うるさいと思うのである。勉強できないほどうるさいと思うのである。ヘビメタ騒音の音のでかさが、幼稚園の園舎の中でどのくらい聞こえるのかわからないけど、僕の位置を中心にして考えると、ものすごく大きな違いがある。たとえ、幼稚園生の絶叫が、耳元では騒音であったとしても、庭の分だけ離れているから、そんなに聞こえない。別に、邪魔だとは思わない。幼稚園生が絶叫する声の音が、物理的におなじだったとしても、距離で聞こえ方がぜんぜん違う。幼稚園の園舎の方が、当時の隣の家よりも、近いんだよね。どの隣の家よりも近い。どの隣の家といっても、二軒しかないけど。
いま、複数の幼稚園生が園舎の中で、同時に絶叫していたとしても、「元気があるな」ぐらいにしか感じないけど、耳元で(毎分毎秒続けて絶叫されたら)やっぱり、腹が立つと思う。そういう違いがある。うちのヘビメタ騒音に関しても、そういう違いがある。兄貴が鳴らしている時間、園舎には人がいない状態だったけど、園舎の中にいるのであれば、兄貴のヘビメタ騒音はそれほど気にならない音なのかもしれない。離れているから。「聞こえはするけど、うるさくて勉強ができない」というような音ではないのだろう。園舎の中にいれば……。兄貴がうちでヘビメタを鳴らしていて、その時僕が、幼稚園の園舎の中で勉強できるなら、それほど問題にはならなかったんだろうな。兄貴のヘビメタは、耳元で絶叫されているとおなじだから。距離の問題なんだよ。それに幼稚園だって、つねにうるさくしているわけだから、幼稚園が、うちを騒音で訴えるということはないんだよ。兄貴の部屋でならしているヘビメタが、園舎なかでどのくらいの音で聞こえるのかわからない。けど、園舎の中で絶叫している子供の声を考えると、そんなにでかい音では、聞こえないんじゃないかなと思う。ともかく、よそのうちで聞こえるヘビメタ騒音と、俺の部屋で聞こえるヘビメタ騒音は、違うと思う。幼稚園と僕の部屋の距離というのは、わからないけど、一〇メートルぐらいだ。一〇メートルでこの違いだ。


……そりゃ、夏休みだって冬休みだって、普通に休みだからな……

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。