2019年9月29日日曜日

ヘビメタ騒音のときとおなじ状態になってしまう。


どうするか考えている。
このあいだの、幼稚園の練習がどうもこたえているみたいなのである。こたえた。動けないときに、おなじメロディーの騒音を聞かされるのは、俺としてはもう、いっぱいいっぱいなので、こたえた。おなじ状態になってしまうんだよな。
ヘビメタ騒音のときとおなじ状態になってしまう。

図書館で感じたことといい、俺はもうダメかな。ほんとうにくるしい。いま、ヘビメタ騒音は鳴ってないのだけど、ほんとうに、鳴っていた時とおなじようにからだがくるしい。

俺は訴えかける夢を見た。気違い兄貴がまるで関係ない人として、へらへらわらっていた。なんて言うのかな? あの態度。頭がおかしいから、自分との関係がまるでわからないんだよな。親父とおなじなんだよな。相手が真剣に言っていることがまるでわからない。自分のほうの、『やりたい気持ち』のほうが勝っている。勝っているというか、『やりたい気持ち』が無意識的にあると、すべてのことを遮断してしまうのである。意識のほうは、すべてのことを遮断してしまう。無意識的に、相手が自分にとって不都合なことをいっているということは、わかるから、それに反応して怒り狂うばあいがあるのだけど、それ以外は、日本語がまったくわからないといった感じで、わからない。相手が言っているとがまったくまったくわからない。意識的なレベルでは相手が言っていることを理解してないのである。無意識的なレベルでは、『なにか不都合なことを言われた』という理解がある。けっきょく、相手が必死になってうったえている『意味』が根本的にわからない。どれだけ言われたってまったく言われなかったのとおなじなのである。こういう態度……。ほんとうは気違い兄貴が張本人なのに、当の気違い兄貴はまるで関係がない人としてずっと暮らしている……。こういう気違い状態がうちでは『普通に』成り立ってしまう。これは、親父の場合でもそうなんだよ。自分が押しつけたことで、相手が学校で恥をかいてこまっているというのが、どれだけ日本語で説明されてもわからない。「なんだ!!そんなの」と怒り狂うだけなのである。怒り狂うのであれば『意味』は通じているはずなんだけど、それが、『なんとなく、よくはわからないけど自分にとって不都合なことを言われた』というようなレベルの伝わり方なんだよ。相手がこまっている』ということが、本気でわからない。何万回いわれてもわからない。親父もそうなんだけど、兄貴もそうだ。これ、ほんとうに頭の構造でそうなっているとしか思えない。で、気違い兄貴は関係がないひとして鳴らし切るからこまる。気違い兄貴が鳴らしている騒音でこっちがこまっているのに、気違い兄貴にどれだけ日本語で言っても、まるで、話が通じないのだ。『なにか不愉快なことを言われた』ということで怒るけど、それ以外は通じないので、こっちがこまることをしているという意識がしょうじない。兄貴がやっていることで、弟がこまっているということがまったくわからない。一万回、二〇万回いわれても、その都度、怒るだけで、まるでわからないんだよ。だから、親父とおなじようにまったく関係がない人として、鳴らし切る。鳴らし切っているのだから、わかるはずなのにわからない。鳴らしているとき、弟が『こまるからやめてくれ』『勉強するからやめてくれ』『うるさいからしずかにしてくれ』と何十回も絶叫しているのに、……真剣に言っているのに……まるで、わからないままなんだよ。自分が鳴らしてないのとおなじ気持ちでいる。そのくらいに、自分とは関係がない話しをされているような状態のままなんだよ。自分がやっていることで、相手がこまっているということを、一万分の一も認めない。で、やりきる。けど、やったつもりがない。

やられてない人は、『騒音なんてだれだってある』とか『過去のことなら関係がない(影響を与えるはずがない)』ということを言うわけだけど、ほんとうに、「そんなんじゃない」のである。ぼくは、ヘビメタ騒音にやられてもう、いっぱいいっぱいだから、幼稚園の運動会の騒音にも破滅破綻を感じるけど、もともとはそうじゃない。気違い兄貴のヘビメタ騒音にやられる前はそうじゃないのである。もう、一生分の騒音を気違いヘビメタで経験してしまったので、ほんのちょっとの騒音でも、入りきらない。ラクダのワラとおなじで、一本のワラで、あしが曲がってしまう。(ラクダにいっぱいワラをのせたので、限界なんだけど、ラクダはなんとか立っていた。けど、最後の一本をのせたら、倒れてしまったということの比喩)。
酒が強いひとが、酒を飲み続けて、限界値をむかえたので、それ以降は、アルコールを分解することができなくなってしまったというのとも似ている。アルコールを分解できなければ、アルコールは基本的に毒なので、毒として機能する。だから、いろいろな症状がでる。人間が一生で処理できるアルコールの量というのはだいたい決まっている。個人差はある。けど、だいたい決まっている。ずっと何十年も、アルコールを飲んで、処理機能の余力を使い切ってまったので、(むかしはいっぱい飲めたのに)いまはちょっとでも飲むと、体が強烈にだるくなってしまうというようなことが発生する。むかしは、飲めた人なんだよ。けど、肝臓を使いすぎて、肝臓がだめになってしまう。それと同じような感じで、もう、俺は『騒音』というものに対して耐性がない。むかしはちがうんだよ。ヘビメタ騒音で……ヘビメタ騒音一五年間……で、使い切るまでは、体制が残っていた。けど、もうない。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。