2019年9月16日月曜日

正義は勝つんじゃないのか?


俺がいまこうなっているのはたしかだ。おかしいな。正義は勝つんじゃないのか?
ともかく、ボロボロだ。こんなのはおかしい。

どうしても、ヘビメタ騒音でくるしい。どうしてもくるしい。いま、くるしい。どうしてもくるしい。ヘビメタがはじまってから陸続きでどうしてもくるしかった。

世間の人にたいしてだって、なんて言うのかな? ふがいない思いをしなければならない。気違いヘビメタで、「失敗している」わけだから。こんなの、かっこう悪くて、てれわらいだ。あるいは、無言でたえている。

他の人にはなかなかわからないと思うけど、ヘビメタ騒音でくるしい。あれ、ほんとうに、一日中くるしい。あれほんとうに、一生中、くるしい。くるしくないときがないからな。ヘビメタをやられたあと、くるしくないときがない。

一秒もない。

鳴っていない時間も含めて、ヘビメタ騒音でずっとくるしい。他の人にはこれがわからない。「鳴ってない時間がくるしいなんて、そんなの言い過ぎだ。人のせいにするな」と思う気違い野郎もいることだろう。こいつはわかってないだけだ。

こいつだって、四六時中……ほんとうに四六時中ずっと鳴らされればわかるよ。しかも俺はあのとき、未成年だったんだぞ。子供だったんだぞ。学生だったんだぞ。ゆるせない。

けど、まあ、「ゆるせない」なんて書くと、「やみおちしている」とか思って人が離れていくんだよな。

けど、実際ぼくとおなじことが、ほぼぼくと同じ時期に起こって、ちゃんと生きられる人間なんているのかよ? ぼくはこれでも、ちゃんと生きているんだぞ。そとでは、働けないけど。だいたい、そとで働けない……ヘビメタ騒音でそとで働けないということが「弱点」になってしまうだろ。

ほかのやつがほかのひとにいじめられていたとき、俺は助けてやったのに、助けてやったやつは、俺がやられているとき?別に助けてくれるわけじゃないんだよな。こういうのは、多かったな。まあ、好きで助けたわけだから、別にいいのだけど……。

……それにしても、そとで働けない、引きこもりだ、ながらく無職だったということは、いまだに「せめられる」ポイントではある。

あー、それにしても、入試の時、気違い兄貴がキチガイ的な意地でヘビメタを鳴らして、どれだけこまったか。他の人の前に「おちた人」「高校おちまくりの人」として登場しなければならないんだぞ。

女の子の前に立たなければならなくなるんだぞ。かりに、女の子がものすごく心配してくれたにしろ、「やっぱり、かっこうわるい」「ばつがわるい」。俺が学校でどれだけはずかしい思いをしても、俺が学校でどれだけかっこうわるい思いをしても、気違い兄貴は、「まったく無関係な人」として、問題であるヘビメタ騒音をやりきる。

「やったってやってない」が成り立っている。どれだけ俺が「こまるからやめろ」「恥をかくからやめろ」と言っても、まったく関係がない人として、鳴らし続ける。鳴らすことしか考えてないから、どれだけ言われても、自分とその発言の関係がわからないのである。

これは、気違い親父とおなじなんだよ。

たとえば、これはもう、何回も書くけど、気違い兄貴が、「親父が押しつけたハンダゴテのことで」学校で恥をかいたというとを親父に言っても、親父はまったくわからないんだよ。「つかえるつかえる」の一点張りだ。自分にとって不都合なことは認めない。

普通なら、……普通の人間であれば……あやまらなければならないところで、怒り狂う。逆ギレなんていう、なまやさしいものじゃない。

逆ギレは、普通に流れがわかる。

どうして、逆ギレしているのか、普通の人は、見ていればわかる。けど、気違い兄貴や気違い親父の場合、そういうレベルにも到達してないのである。逆ギレレベルにも到達してない。ほんとうに、自分と「相手が言っていること」の関係性が、とことんわかってない。

だから、まったく迷惑をかけたつもりがしょうじないのである。どれだけ迷惑行為をしても……意地を張ってこだわってこだわって、逆上してやっても……ぜんぜん迷惑をかけたつもりがしょうじないのである。

で、本人が一日中やりたかったら、絶対の意地で一日中やるのである。一秒だってゆずることができないのである。そういう意地だ。

けど、「意地を張って、一秒もゆずらずにやった」ということがまったくわかってないのである。どんだけ、こまるか?

「話し合えばいい」なんて言う人にはわからない世界の話しだ。だから、俺がよけいにこまるのである。普通の人は、「話し合えばいい」「家族なのだから相談すればいい」と思っている人たちだからだ。

どんだけ、ズレているか。そして、けっきょく、家のなかのことだから、学校にいる人とかはじめてあった人にはわからない。(兄貴の場合、近所の人にはわかるけど)。

それだって、近所の人からすれば、「あの家の人は」「あの家は」ということになっていて、俺が兄貴の騒音を「承認」しているように思われてしまう。「承認」というのは、ようするに、「やってもいいと思っている」ということだ。さらに、そとから見た場合、だれが本当に鳴らしているのかわからない。ひょっとしたら、もと北側の奥さんは、俺が鳴らしていると思っていたかもしれないんだぞ。あの人は俺のことが気に入っていたから、文句を言わなかったのかもしれない。

ともかく、くるしい。これ、ほんとうに、騒音が鳴ってない時間、どれだけくるしい思いをしているか、他の人にはまったくわからない。ハンディがありすぎる。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。