ほんとうにきちがいは、最大限の悪意がなければできないことを、悪意なしでやるんだからな。きちがい家族に、たたられたことがないやつが、わかったようなことを言うな。えらそうなことを言うな。きれいごとを言うな。きちがい家族にたたられたことがないから、えらそうなことを言える。きちがい家族に、毎日連続で、悪意なしにたたられたことがないから、きれいごとを言える。
俺にえらそうなことを言ってきたやつは、みんな、きちがい家族にたたられたことがない連中だ。それだけで、まったく条件がちがうということがわからないのか? 「できる」のは、たたられてないからできるんだぞ。俺だって、きちがい兄貴にたたられるまえは、通学できた。毎日決まった時間に起きることかできた。これ、ほんとうに、普通の騒音じゃないし、普通の状況じゃない。これ、ちがうんだよ。たたられてないから、通学、通勤ができるだけなのに、えらそうに……。俺は通学ができた。けど、ヘビメタ騒音に破壊された。それは、最大限の努力して、がんばってがんばって、根性を出して根性をして、ずっと毎日やって、破壊されたんだ。けど、きれいごとを言うやつは、「根性を出してやればいい」「通勤ができないなんて言うのはあまえだ」と言う。「できるできると言えばできるようになる」と言う。「いつもニコニコしていればいい」と言う。「鏡の法則が成り立っているから、まず、ゆずればいい」と言う。きれいごとが成り立つなら、兄貴がやめてくれなければならないんだよ。きちがい兄貴が、きちがい兄貴ではない、普通の兄貴になってくれなければならないんだよ。「勉強するから静かにしてくれ」と俺が言ったら、しずかにしてくれなければならないんだよ。それが成り立つなら、俺の側が、「きれいごとに」あわせることかできる。きれいごとにあわせられなくなったから、こまっているのに、きれいごとを、おおいかぶせてくる。きれいごとが成り立たないから、毎日、ぎりぎりの努力をしてボロボロになっている、さらに、きれいごとをおおいかぶせてくる。きれいごとで、きちがい兄貴を、きちがいではない兄貴にすることができるのか?
おまえは!! そういうきれいごとを言う人は、俺のきちがい兄貴を、きちがいではない、普通の兄貴にすることができるのか? できないのであれば、だまっていろ!!!
おまえ、ほんとうに、あの朝を、数千日、経験してみろ。連続で数千日、経験してみろ。そんな、きれいごと、絶対に言えなくなる。「これはちがう」ということがわかる。そういうの……きれいごとやたてまえが……毎日毎日、きちがいヘビメタの音でふっとんじゃう。どれだけくるしい時間が続くか、ほんとうにわかってないな。わかってないやつが、「俺だってくるしいことはあった」とか「俺だって、騒音ぐらい経験した」とかということを言う。けど、きれいごとを言える状態なら、ほんとうに、たいした苦しみじゃなかったということだ。今現在、きれいごとを言える状態なら、過去における騒音は、たいした騒音じゃなかったということだ。そんなにひどい音ではなく、短い期間の騒音だったということだ。もし、俺とおなじぶんの騒音を、経験していたら、絶対に!くちがさけても!!!そんなことは、言えない。ボロボロになって、通えない状態になっている。本人が通える状態で、きれいごとを口にすることができるのであれば、それは、たいした騒音じゃなかったということだ。破壊されてないだろ。睡眠回路を破壊されてないだろ。人生ぜんぶを破壊されてないだろ。そんな、限定的な騒音と、俺の騒音……きちがい家族による、大音量の連続騒音を、いっしょにするな!! 俺に対して、失礼だ。俺とおなじ期間の長さ、俺とおなじ騒音を経験した人であって、なおかつ、通勤通学ができる人だけ、俺にきれいごとを言え!! 未成年で、家族にやられた。これが重要だ。俺とおなじ期間の長さと書いたけど、それだけではなくて、最低でも、一一歳から二〇歳まで、毎日、きちがい的な騒音を鳴らされたやつだけ、俺に説教をしろ。説教をできるたちばならばな!!!