2022年4月24日日曜日

じゃあ、おこったらすぐに、「楽しい楽しい」と言えばいい

 いろいろと、いやなことを思い出す。あやまっておく。あのとき、ごめんな。ヘビメタ騒音でめちゃくちゃな状態で、がんばってハイにしていると、ああいう状態になってしまう。やってくれと言われたからやった。けど、やばかった。あーあ。俺がたのんだことじゃないからな! と言っておこう。けど、まあ、そういうことをぬいたとしても、ヘビメタ騒音にやられたあとの日中というのは、気張っていてもくるしいんだよ。ポジティブシンキングで乗り越えようとすると、へんな状態になってしまう。浮かれた状態というか……。あんまりいいこと、ないんだよな。ともかく、ヘビメタ騒音そのものと、きちがい兄貴の態度自体が、いろいろな、不可避的な影響をあたえる。こっちが意識してがんばると、どうしても、あんまりいい結果にならない。考えてみれば、言霊やポジティブ思考ということを言っている人は、きちがい兄貴にやられたわけじゃないんだよな。きちがい親父にやられたわけじゃない。きちがい的な家族と毎日一緒に住んでる状態を経験してない。長期にわたって、経験してない。せいぜいのところ、上司がへんな人だったというようなことだろ。会社を辞めれば、その上司との関係は切れる。けど、家族の場合はちがう。そして、成人するまでの一八年間で、ものすごく、影響をうけてしまうのである。で、そういうことを、言霊やポジティブ思考ということを言っている人は、無視してしまう。無視しするというよりも、わからないのだ。だから、話として理解しているけど、自分の経験じゃない。他人の身の上に起こったことだから、そもそも、話を聞くまで、ゼロの影響しかないのである。話は話であって、たいしたことじゃない。まあ、言霊にこっているひとは、言霊理論を否定されればおこるけどさぁ。じゃあ、おこったらすぐに、「楽しい楽しい」と言えばいい。「楽しい楽しい」といえば、楽しくなるのだから……。「言霊が成り立たないと言われたので楽しく感じる」と言えば、楽しくなるわけだから……。だいたい、言霊ということを言う人たちは、「どんな状態だって」と言う。「どんなにくるしくても、楽しいと言えば楽しくなる」というのが、その人たちが普段、主張していることだ。なので、言霊理論を否定されたら、「エイリさんと話すと楽しくなる」と言えばいいのだ。言霊理論が正しいなら、楽しくなる。

ポジティブシンキングというのは、どんどん人を自分勝手にするところがある。もちろん、本人は、いい意味で使っているのだろうけど……。

 

あーー。もう、いいよ。

俺はもう、つかれた。

地合いが黒だったということを考えるのであれば、プラグマティズムの影響をうけた理論というのは、めぐまれた人たちが勝手に言っているだけの、ざれごとだ。きれいごとだ。きちがい的な家族にやられたことがない、めぐまれた人が、自分勝手なことを言っているだけ。

 

いったい、なんだったんだ? ぼくの人生は?

ほんとうに、普通の人にはないハンディでくるしかった。ほんとうに、人々は勝手なことを言う。勝手。そんなの、きちがい家族のハンディがないから言えることだ……と思ってしまう。実際、そういうことを言う人たちには、きちがい家族のハンディがない。きちがい家族のハンディをあまく見ている。生まれたときからずっと十数年間一緒にいきる人間がきちがいだったら、どうしたって、影響をうける。しかし、そういう家族がいない人からすると、「影響をうけるからダメなんだ」「影響なんてうけないと決心すれば、影響なんてうけない」というような意見をもってしまう。 これ、ほんとうに、本人に体験がないから言えることだから……。まるでちがうんだよな。こんな不公平な世界は、ない。そして、ロクでもない精神世界の人たちが、これまた、「生まれる家は自分で選んだ」「自己責任」「魂が契約した」「不幸な出来事が起こるとは生まれるまえから計画されていた」「魂を磨くために必要なことだった」というようなことを言うわけ。実際に、きちがい家族のもとに生まれた人は、袋叩きだよ。ふくろだたき。ふくろだたきなんだよ。ほんとうに、どいつもこいつも、きちがい家族のもとに生まれなかった人は、きちがい家族のもとに生まれた人をせめることばかり言う。こんなことが、道徳的なことであるはずがない。たましいがよろこぶことであるはずがない。これ、こういうことを言っている精神世界の人たちは、自分のたましいをよごしているよ。ぼくの考えではカルマはないけど、カルマという考え方が好きな人に言っておくと、(こういうことを言うことで)カルマをうみだしているよ。

 

 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。