うんっ、むーー、しかし……どうするかな?
まあ、見届けるしかないか。ここまできちゃったし……。
あまりにもひどいことを何回も経験すると、失望した状態になる。からだも失望した状態になる。まあ、元気がなくなるわけよ。……もうちょっと、誤解を恐れずに、短縮して概要だけを言っておくか。基本的に言うと、過去の悲しいことに鈍感になると、物事を感じる力自体がなくなって、楽しみを感じられなくなる。感情の鈍化というべきか? 感情全体が、「はたらかなくなる」ことで、悲しみのほうの攻撃を「ゆるくする」。そうすると、悲しみだけではなくて、楽しみのほうも、鈍化してしまうのだ。悲しみのほうだけ、鈍化させて、楽しみのほうは、鈍化させずに残すということはできない。
意志教の人たちは、自分のからだなのだから、自分の思い通りに動かせると思っている。意志教の人たちは、自分のこころなのだから、自分の思い通りに動かせると思っている。しかし、人間の場合は、広範な範囲において、そうではない。ほんとうは、人間はそういうふうにつくられていない。にもかかわらず、意志教の人たちが、自分の考えは正しいと思うのには理由がある。それは、経験がないという理由だ。経験があれば、そうなる。けど、経験がなければ、そうならない。けど、そういうことを言うと「俺だって、つらいことはあった」「何度も、ピンチをこえてきた」と意志教の人は言うだろう。けど、これは、経験がないからこそ、言える言葉だ。経験がある場合は、言えない。言えなくなる。ただ単に、経験がないからわかってないという状態を維持しているにすぎない。一生のなかで、そういう経験がないのであれば、 「自分のからだなのだから、自分の思い通りに動かせる」「自分のこころなのだから、自分の思い通りに動かせる」というのは、意志教の人たちにとっては、真実だ。しかし、それは、人間にとっての真実ではない。人間という集合のなかに、経験をした人間と経験をしてない人間が含まれている。なので、経験をしてない人にとって真実であることも、経験をした人にとっては真実ではない。
しかし、ここで問題が起こる。経験をしてない人が主流で、経験をしてない人が社会を動かしている。闇の世界を含めて、支配者層の人は経験をしてない。普通の社会においても、支配者層の人は、経験をしてない。もちろん、支配者層の人だって、「俺だって、ものすごくつらい経験をした」と言うのである。いうけど、わかってない。経験がない。
ともかく、経験がない人たちが支配している社会なので、経験がある人たちは、しいたげられる。きれいごとのなかで、処理される。これは、「正義」がないということだ。経験がある人は、経験がない人にしいたげられ、死んでいくしかないということになる。これが、「地合いが黒である」社会の特徴だ。その社会にうまれてしまったら、のがれることができない。これからは「地合いが白」になるので、経験がある人たちも生きられるようになる。しかし、混乱期はある。だいたい、引き寄せとか、言霊ということを言っている人たちは、精神世界系の人たちで、その人たちは自分が「白側に属する」と思っている。白側に属しているという意識のもとで、引き寄せのや言霊を肯定する。これが、白なのかというと、じつは白ではない。たとえば、彼らの言葉を使うのであれば、波動が高い人がやることなのかどうかというと、波動が高い人がやることではない。
引き寄せや言霊は、「地合いが黒」である社会のなかで成り立つ、「きれいごと」だ。「白く見えること」だ。しかし、ほんとうは「白」ではない。おなじなのである。黒い人たちがたてまえで言う「きれいごと」とおなじ意味を持ってしまうのである。なので、そういうことも、やがては修正されるだろう。
引き寄せや言霊だけではなくて、カルマという考え方もおなじだ。このあいだ説明した「生まれるまえに魂が契約をした」という考え方もおなじだ。「生まれるまえに魂が契約をした」という考え方についてちょっとだけ説明しておこう。この世に、AさんとBさんがいるとする。Aさんが自分勝手な気持にかられて、Bさんを殺したとしよう。普通なら、Aさんが悪いことをしたということになると思う。けど、「生まれるまえに魂が契約をした」という考え方をする人たちは、自分では善悪を超越した気持ちになっているので、この世における善悪は関係がないという立場にたつのだ。ようするに、AさんとBさんは、ともにうまれるまえに、契約をしたと言うのだ。もちろん、生まれるまえなので、Aさんの魂とBさんの魂が、契約したということになる。「生まれるまえに魂が契約をした」という考え方をする人は、契約したのだから、問題はないと考える。生まれる前のAさんとBさんが、契約したことだから、BさんがAさんを殺したとしてもなにも問題はないと考えるのだ。「生まれるまえに魂が契約をした」という考え方をもっている人は、たましいのレベルで契約したことを実行しただけだから、Bさんは、まったく悪くない。あるいは、Bさんは悪いことをしてないということを言うわけだ。けど、「生まれるまえに魂が契約をした」という「事実」はその人たちの頭のなかにしかない事実だ。事実でもなんでもない。妄想。けど、そういうことを言う人たちのなかでは、真実であり事実であるわけだから、その人たちはそういうふうに考えて、実際の事件に対してもそういう見解を述べるということになる。ぼくの考えでは、これは、傲慢な行為だ。
問題なのは、白側からこういう見解が出てくるということだ。白側の人は「わかったつもり」になって「宇宙を貫く真実」について語る。「霊界」について語る。「霊界の意味」について語る。だから、白側の人にとっても、 「生まれるまえに魂が契約をした」という考え方は、比較的容易に、納得できるものなのである。しかし、これはまちがっているし、いい行為じゃない。