ヘビメタ騒音なしで、あの子と仲良く、暮らしたかったなぁー。あの子と仲良くーー。きちがいヘビメタ騒音なしで……。あっちから言ってきたとしても、ヘビメタ騒音が鳴っていたら、だめなんだよ。「ヘビメタ騒音が鳴っていたら、だめなんだよ」とぼくが言っても、ぼく以外の人は、そういうふうに考えない。「騒音と女の子とつきあうことは、関係がない」とか言い出す。ヘビメタ騒音が生活のすべてなんだよ。かたときも、はなれないんだよ。
ほんとうに、どれだけ言っても、(きちがい兄貴は)やめてくれなかった。どれだけ言っても、やめてくれなかった。一分間だって、しずかにしてくれなかった。きちがい親父とおなじように、「ゆうずう」がきかないのである。たとえ、一分間だって、自分が、「がまんする」のはいやなのである。自分が我慢しないで「しずかにしてやる」という意地悪をする。しかも、ほんとうに、それでいいと思っている。意地悪だとは考えてない。けど、きちがい兄貴だって、きちがい親父に「そういうこと」をやられれば、腹をたてるんだよ。そして、一分間でも、しずかにさせられたら、腹がたつんだよ。きちがい兄貴が、やってやりたいことを、やらされたら、きちがい兄貴は、猛烈に腹をたてるんだよ。これは、殺すとか、殺されるとかという問題だ。どうでもいいもんだいじゃないのである。たとえ、一分間だろうが、いのちがかかっている。そういう問題だ。意地がかかっているのである。やったから……やり続けることができたから……押し通してやれたから……本人はそれを感じないだけだ。こっちがその状態をひっくり返すには、殺さなければならないのである。これは、大げさなことじゃない。事実だ。ほんとうはそういうことなのである。きちがい兄貴のヘビメタ騒音は、ほんとうはそういうことだ。きちがい兄貴がきちがいで、自分の意地をとおしたから、そういう問題だと思ってないだけだ。けど、きちがい兄貴だけではなくて、きちがい親父も、この問題にまったく関係がないほかの人も、そういう問題だとは思ってないのである。たとえば、佐藤はそういう問題だと思ってない。
あの子だって、最初のうちは、理解をしめすかもしれないけど、そのうちに、親友みたいに「ちゃんとしてくれ」と言い出すかもしれない。それがいやなんだよ。もーーれつに、いやなの。
まあ、そういうことが関係なにしろ、どうなるかわからないことであるにしろ、ヘビメタが鳴ってたんだよ。あの子にあったとき、ヘビメタが鳴っている期間中だったの。現在進行形で、毎日、鳴ってたんだよ。きちがい兄貴を殺さないと一分間だって静かにさせることができない状態で暮らしていたんだよ。精神的、よゆうなんて、あるわけが、ない。そんなのは、あるわけがない。
ヘビメタは、すさまじく、すべてが暗黒世界にかわってしまったよ。
きちがい兄貴のヘビメタにやられていないやつ……きちがい兄貴が横に住んでいなかったやつは、ヘビメタ騒音の過酷さがわかってない。どういう生活になるか、わかってない。不可避的に、ボロボロになる。わかってない。わかってない。わかってないところで、えらそうなことを言う。おまえがその口で言うな!! おまえが!!! ただたんに、きちがい家族がいなかっただけ。ただたんに、きちがい家族がきちがいヘビメタに夢中になって、がんがん鳴らさなかっただけ。それだけなんだよ。