もしも、かりに、俺のことを大好きな美少女が、俺のことの世話をしてくれても、もうだめだなぁ。けっきょく、ヘビメタ騒音時代にだめになって、そのまま、だめな状態が続いている。この世の感覚が、ヘビメタ騒音の感覚なんだよね。ほんとうに、やられた。日曜日の午前一〇時五三分。毎日日曜日のこの時間は、きちがいヘビメタがガンガン鳴っていた。夕方になっても鳴っていたし、夜になって鳴っていた。こういう状態だった。勉強なんてできないよ。勉強もしていないのに、きちがいヘビメタ騒音対抗で、つかれまくっているのである。自分が好きなことをして、つかれるのとはちがうよ。ぜんぜん、ちがう。つかれの質がちがう。けど、俺とおなじ、騒音生活をしたことがない人が、「俺だって苦労した」「俺だって騒音ぐらいあった」と言う。「苦労」という抽象化。「騒音」という抽象化。ぜんぜん、ちがうことについて語っているんだよ。これだって、「ぜんぜん、ちがうことについて語っているんだよ」と言ったら、相手は、おこってしまう確率が高い。そんなもの……。きちがい兄貴は、きちがいヘビメタを、よそでは鳴らせないようなでかい音で、ガンガン鳴らすことで、こういうやつらとおれの対立をつくっている。もちろん、きちがい兄貴が気付くはずがない。こういうことについて、言っても、きちがい親父のように、ふくれて、きちがい親父のように無視するのである。きちがい親父のようにわかっていない状態が続く。わかっていないまま、きちがい兄貴が、きちがい騒音を鳴らし続ける。こんな毎日でいいわけがないだろ。
ヘビメタで、死んじゃう。こんな毎日でいいはずがない。
どうしても、つらい。いまでもつらい。昨日書いたけど、歳をとればとるほど、つらさがでかくなる。もう、絶対に取り返しがつかないことだ。俺は、たぶん、このまま、死ぬのだろう。けっきょく、ヘビメタ騒音にやられたまま、死ぬ。影響が浄化されないまま、死ぬ。癒されないまま、死ぬ。ほんの少しでも、癒しがあったらなぁ。ほんの少しでも、楽しい気分でいられたらなぁ。
ヘビメタ騒音ベースに、ネズミ騒動が付け加わって、もう無理だということになった。