2020年1月13日月曜日

「お兄さんに相談すればいい」と言う人が考える「お兄さんの態度」

気違い兄貴は、気違い兄貴の意地で、気違い親父のように、頑固に無視してとりつかれたように鳴らしていただけなのだけど、ヘビメタを鳴らされているあいだ、ぼくは、勉強もできないし、好きな本を読むこともできないし、休むこともできない。ひたすら、気違いの音をものすごい音で聞かされ続ける状態になる。これは、想像以上につかれる。破滅的な気分になる。憂鬱な気分になる。「できない」ので不安な気分になる。音と、気違い兄貴の正確や態度にどうしたって、腹が立つ。鳴らされているあいだ高圧状態で腹が立つ。無視できない。そのストレスは、ぼくが、騒音を意識的に無視しても、ずっと続く。無視するとか無視しないに関係なく、ずっと、くるしい。時間を有効に使えない。
そうなると、ぼくが、「説教をされる立場に追い込まれる」。そのときは、学生だったので「無職」であることは関係がないのだけど、ヘビメタ騒音が毎日一〇年続いて、働けないからだになったあとは、ヨソの人から「無職である」ということをせめられるようになる。ヨソの人は、俺が無職であると言うことで、俺のことを、バカにする。俺の人間性とは関係なく、その人にとって、無職である俺は、バカにされて当然のひとになるのである。そいつは俺が無職のあいだバカにし続けて、「くやしかったら働け」と言うわけだ。無職のことはその時点から考えて未来の話しだから、関係がないけど、たとえば、元気がない状態で暮らしていると「元気を出せ」と説教をされるようになる。ヘビメタ騒音を浴びてないやつから、「元気を出せ」「暗い顔をするな」と言われるようになる。気違い兄貴は、そんなことは考えてない。自分がやっていることで、弟がヨソの人から「元気を出せ」「暗い顔をするな」「ニコニコしろ」「積極的に物事に取り組め」と言われるとは思ってない。そして、こういうことについて気違い兄貴に言ってもむだなのだ。それは、「明日試験だから静かにしてくれ」「明日、運動会だから静かにしてくれ」と言っても静かにしてくれなかった……一秒静かにしてくれなかった人間なので明らかなんだよ。ともかく、気違い家族に……話がまったく通じない、自分勝手な家族に、騒音を鳴らされ続けると、俺が、他の人から説教をされるような立場に追い込まれる。これは、鳴らされてない人はわからないかもしれないけど、そうなる。一日に一〇分間とか二〇分間とかそういう話しじゃない。ヨソの人は、それもわからない。一〇分間の騒音と一〇時間の騒音のちがいがわからない。そりゃ、長さがちがうということは、わかるけど、話しの重要性はわからない。どっちも、騒音でこまっている、騒音で腹立たしいという話しであって、「ひとごと」なのだから、被害の総量はその人が考えただけの総量になる。話を聞いて、その人が考えた被害の総量しか想像しない。だから、ヨソの人にとってみれば、一日に一〇時間でも、一日に一〇分間でも、聞いた話しとして!!!!!そんなにかわりはない。けど、やられた本人にしてみれば、それは、大きなちがいなのである。鳴らしている人の態度や感覚だって、ほんとうは、ストレスに大きなちがいを与える。あんな態度はない。あんな感覚はない。気違い兄貴の感覚は、自分勝手さにおいて、ほんとうに気違い的な感覚なのである。親父とおなじ。自分のことしか考えてない。「いま、自分が、デカイ音で鳴らしたい」なら、デカイ音で鳴らすことしか考えないのである。自分がすっきりできるデカイ音で鳴らすということにこだわって、ほかのひとがっていることは一切合切頭のなかにはいらない。聞いたって聞いてない状態なのである。けど、聞こえているので、腹を立てる。人がせっかく、気持ちよく、満足できる音で鳴らしているのに「静かにしろ」とか「不愉快な気持ちになること」を言ってくるなという気持ちにしかならないのである。自分が言われて不愉快な気持ちになった……そういう気持ちしかない。相手のために静かにしてやる気持ちなんて、一切合切、わかない。そんな気持ちは、一切合切、ない。やりたいぶんだけ絶対の意地で、夢中になってやり続ける。だから、まるで悪気がない状態が成り立つ。そりゃ、自分の気持ちしかないのだから、「いやなことを言われて腹が立った」という気持ちにはなるかもしれないけど、相手がどうのこうのということは、言われる前とおなじようにまったく、頭の中にない状態なのである。だから、「言われたって言われてない状態」「言われても言われなかったのとまったくおなじ状態なが成り立つ。こういう態度と……うちにいるときはこういう態度でしかないのだけど……こういう態度と……「お兄さんに相談すればいい」と言う人が考える「お兄さんの態度」はまったく異なるものなんだよ。で、「お兄さんに相談すればいい」と言う人に俺が、俺の兄貴の態度を説明すると、その人は不愉快な気持ちになる。いぶかしい顔をする。あるいは、「そんなことないでしょ」というようなことを言う。これも、ある程度決まっている。「お兄さんに相談すればいい」と言う人の頭のなかには、気違い兄貴のような態度をとる人のデータがない。「そんなことあるのかな」「そんなひといるのかな」と思う。それから、自分の提案を否定されたわけだからおもしろ気分じゃない。ともかく、「お兄さんに相談すればいい」と気楽に言う人には、うちの兄貴の性格はわからないし、うちの兄貴の性格!!!によってもたらされる、気違い的な騒音の総量がわからない。気違い的な騒音の深刻さがわからない。そういう気違い的な家族による迷惑行為がどれだけ深刻なものかわからない。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。