2020年9月14日月曜日

「働いてくれ」と言われたら「自殺してくれ」と言われたのと同じ


これ、もう、だいぶ前に何回か書いているのだけど、ある人にとっては、働くということは、どれだけ頑張っても、一週間か一ヶ月で自殺することになるから、さけなければならないことなのである。

 

だから、そういう人に対して、『働いたほうがいい』と言うのは、『自殺したほうがいい』と言うことと同じだ。切迫している状態がわからないのである。あるいは、経験に基づいて「もうだめだ」と言っているのに、その経験が……何万回と繰り返された経験がわからないから、経験に基づいた発言だということを、……無視してしまうのである。

だから、つねにギャプがある。「できない」と言っても「もう、できない」のか「最初から、できない」のかは違うと言っているだろ。「もう、できない」と言って、通学通勤をやめた人は、「最初から、できない」わけではない。何千回、何万回とやっている。その、何千回何万回やった人が、限界のところで「もう、できない」と言っているのだから、できないんだよ。あと何回かやったら、自殺するしかないんだよ。そういう切迫した問題なんだよ。だから、そういう人に「働け」と言うのは、くるしんで自殺してくれと言っていることと同じなんだよ。


本当に、誰だって、一一歳のときからずっと、毎日、ヘビメタ騒音にさらされたら一九歳のときには、通学も通勤もできなくなるのに、そういう経験がない人にはわからない。理解できない。

 

いっくら騒音が鳴ってたって、通学も通勤もできるだろと考えてしまうのだ。

けど、それは、積み重なった騒音疲労を無視した考え方だ。

本当に、違う。

けど、普通の人は違いがわからない。どうしてかというと、ヘビメタ騒音かヘビメタ騒音相当の騒音を経験してない人には、それに対応した騒音疲労がないからだ。

だから、「無理だ」ということがわからない。「無理だ」ということは、無視して、「できるのだからやればいい」「やるべきだ」という考え方を披露することになる。けど、それは、経験がないから、……あるいは経験に基づいた認識がないから、言えることだ。

日本人は「人は働くべきだ」と考えているので、働けるように(みえる)人が働いていないということは、ゆるせない。

だから、二〇代から五〇代ぐらいの男性が働いてないということを聞くと「働くべきだ」と自動的に思ってしまう。「働くべきなのに働いていない」「それは、けしからんことだ」と自動的に考えてしまうのである。

だから、説得して、相手を働かせないと、落ち着かない。相手が働くまでは、会えばば、説得をし続けるということになってしまう。これは、不幸なことなのに、説得を試みるほうには、「不幸なことだ」という認識がない。

ヘビメタ騒音で無理だと言っているのに、説得を試みる人との付き合いは、切るしかない。そりゃ、そうだろ。会えば「苦しんで自殺してくれ」と熱心に説得してくるやつと、会う気がするか?

 

ヘビメタ騒音「で」できないと言っているだろ。

「働いてくれ」と言っている方は、自分が相手に「自殺してくれ」と言っているつもりはない。けど、相手の方は、「自殺してくれ」と言われたと、認識するのである。他の解釈はない。どうしてなら、働いたら、……自殺するしかないというのは、すでに決まっていることだからだ。一意に決まっている。「働いてくれ」と言われたら「自殺してくれ」と言われたのと同じなんだよ。

「働いたら、自殺するしかない」という考え方に、疑問をもつ人もいると思う。働いても自殺しないようにすればいいからだ。

けど、それができないと言っているんだよ。
「働いたら、自殺するしかない」という考え方は、非合理的な思考に思えるかもしれないけど、経験に基づいた正しい考え方なのである。正しい考え方度思えない人たちが、正しい考え方だと思えないのは、経験がないからだと思う。


「『働いたら、自殺するしかない』というのは、非合理的だ」と言う場合、「働いたら自殺するしかない」という考え方を持っている人が、経験した仕事でなければいいと思っていると思う。

 実際、そういう場合もある。けど、ぼくの場合は、通勤することが必要なのであれば、どんな仕事もだめなので、通勤することが必要な仕事はだめだということになる。もちろん、仕事と通勤する必要がある仕事は、違う。通勤しない仕事だってあるではないかということが言える。しかし、あのときのぼくは、通勤する必要がある仕事にしかアクセスすることができなかった。通勤する必要がない仕事にアクセスすることができないのであれば、仕事がないのと同じだ。 


*     *     *


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。