作業中、自問自答の数々。かずかず……。かずかず……。
これ、十代のころからわかりがない。「けっきょく、もうどうにもならないのか」と思いながら、作業をしてしまった。
基本、引っ越し先に持って行くものを、袋に入れていた。これは、かたいケースに入れるかどうか、まよったものだ。
けど、かたいケースを買うとなると、けっこうカネが必要で、そのものに対して、わざわざ、かたいケースを用意するのは問題があるような気がした。
だから、日光をさえぎるために、布団用の色がついた袋に入れ、そのあと、色がついた袋をでかいビニール袋に入れて封印するという作業をした。
封印しないと、ダニにやられるので、だめなのだ。布団用の色がついた袋は、チャックのところから、ダニが入る可能性があるので、だめなのだ。チャック以外のところからは、ダニが入らないようになっている。
でっ、この作業をしたのだけど、どうも、この作業をしているときに、もものところをダニに刺された感じがする。
でっ、親父のダニにつけられた、右手のあとが気になり、発狂的な気分になった。キーボードを打つときにあとが(視覚に入る)ので、いやなのだけど、しかたがない。
ともかく、ちょっとしたことで、発狂的に腹が立つ。
もう、ダニ関係のことは、堪忍袋の緒が切れている。
だから、「酒粕のついた魚をだしっぱなしにしないでくれ」とあれほど言ったのに……。
酒粕のついた魚のにおいというのが、ものすごい、吸引力なんだよ。ネズミが、一心不乱になって、(酒粕のついた)魚のところに、突進してくる。命知らずのネズミたちが、みんな、集まったよ。
だからやめてくれと、さんざん言ったのに、一か月以上、においが充満した家にしちゃったんだよな。親父が……。
「くさいからやめろ」と一か月以上、さんざん言ったのに、きちがい親父が、きちがいモードで、きちがい感覚で無視するのだ。
いったい、テーブルの上に、酒粕のついた魚の切り身を、ずっと置いておくことに、なんの意味があるのか?
これ、きちがいだから、絶対に、修正できないんだよね。一度、おやじが「そうしたくなったら」……こっちがどれだけやめろと言っても、きちがい的な意地でそうしてしまう。
「くさないよぉ」「くさないよぉ」「くさないよぉ」と絶叫する。くさいんだよ。くさい。猛烈ににおっている。こういう基本的なことを否定されると、めちゃくちゃに頭にくる。
きちがい兄貴も、一度、自分のなかで「そうしたい」ということになると、どれだけ言っても、やめないんだよ。どれだけ「やめろ」と言っても、きちがい的なこだわりで、そうしてしまう。ずっと、ずっとずっとずっと、そうする。
どれだけ、やめさせようとしても、きちがいが、きちがいモードで、きちがい感覚でやりきってしまう。
これが、うちの現実だった。これに、相違がないのである。これが、ほかの人にはわからない。
「ちゃんと言えばやめてくれる」と思っているやつらばかりだ。
きちがいが、きちがいモードで、きちがい感覚でやりだしたら、殺さなければ、やめさせることができない。これが、ほんとうの話だ。
これが、うちの現実だった。これに、相違がないのである。これが、ほかの人にはわからない。