2026年8月29日土曜日

●「人間は働くべきだ」という考え方を放棄するべきなのである■社会※2026/08/29 7:42

 Aさんがいたとする。Aさんは、働いている。

Aさんが働ているときに、Aさんは「人間は働くべきだ」と他人に言った。

Aさんが、定年退職して、無職になったとする。

Aさんは、人間なのに、働かなくなってしまったのだ。

Aさんは、人間だから、働くべきだ。

自分が、他人に対して、「人間は働くべきだ」と言ったのだから、もちろん、Aさんは、死ぬまで働くべきだ。

ぼくには、Aさんが人間に見える。実際、人間なのだろう。

だったら、Aさんは、Aさんの考えに従って、働くべきだ。ところが、「自分は、もう、じゅうぶんに働いたから、いい」と言って働かないのだ。「自分は、もう、じゅうぶんに働いたので、働く必要はない」と考えているようなのだ。

それなら、「人間は働くべきだ」という考えを放棄したのかというと、そうではないのだ。

Aさんは、「自分は働かなくてもいい」と考え、「自分は人間である」と考え、「人間は働くべきだ」と考えているのだ。こんな矛盾した思考がAさんのなかには成り立っている。

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Aさんが、働いているとき、なんとか病という病気になったとする。そうしたら、「Aさんは、自分はなんとか病という病気だから、働けない」と言い出す。

自分の場合は、「ちゃんとした理由があるから、自分は、人間だけど働かなくてもいい」ということになるのだ。

しかし、「人間は働くべきだ」という考え方を否定しているのかというとそうではなくて、「人間は働くべきだ」と考えたままだ。

ようするに、自分は例外だけど、人間は働くべきだと考えいるのだ。

しかし、自分が人間である以上、自分が例外だとしても、「人間は働くべきだ」という言い方は、放棄しなければならない言い方なのである。

だいたい、「人間は働くべきだ」という言い方には「自分は例外だけど」という言葉が入っていない。これは、「自分は例外だけど」という条件が入っていないということになる。

条件が入っている言い方で言うか、条件が入っていない言い方で言うかということは、重要なことなのである。

ところが、Aさんは、いい加減な人間で、まともなことが考えられないので、重要なことを無視してしまう。

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相手の理由を理由として認めないのであれば、「そんなのは、言い訳だ」「そんなのはあまえだ」と言うことができるのである。自分の理由の場合は、理由として認めるのである。

しかし、相手の理由は、理由として認めない。

きちがい的な家族によって、きちがい的な騒音を浴びせられる日々が一〇年以上続いたので、働けなくなったという理由に関しては、Aさんは理由として認めないのである。

エイリが言う、理由は、理由として認めないのである。

この、理由として認めないということを、言わずに、なおかつ、理由として認めないという意思表示をすることができる言葉が、「そんなのは、言い訳だ」「そんなのはあまえだ」という言葉なのだ。

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働けない理由については「そんなのは、言い訳だ」「そんなのは、あまえだ」とかえす方法のほかに「(理由に)こだわるからダメなんだ」「(理由を)気にするからダメなんだ」とかえす方法もある。

これも、けっきょく「(それは)理由にならない」と思っているということを意味しているのである。

相手の理由を、理由として認めないという態度がある。

そういう態度のあらわれが 「(理由に)こだわるからダメなんだ」「(理由を)気にするからダメなんだ」という言い方だ。

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働けるか、働けないかということについて、自分が相手の理由を認めるかどうかということが重要なのだ。

きちがいヘビメタ騒音の場合は、とてつもなく特殊なので、多くの人が、働けない理由として認めなかった。これは、きちがい兄貴がやったことが、きわめて特殊だから、多くの人が、自分の身で体験したことがないことなのだ。そうなると、自分の身で体験したこととは、理解度がちがってくる。自分の身で体験したことではないので、長期間続く、特殊な騒音の影響を理解しない。

「通勤ができなくなる(通勤して働くことができなくなる)」ということについて、多くの人が理解できないので、多くの人の頭のなかで、「ヘビメタ騒音は、通勤ができなくなる理由ではない」ということになっていたのだ。

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人間のモデルを考えよう。「モデル」だ。

このモデルは、自分のことに関しては、自分の認知とメタ認知が(時系列的に)成り立っているので、自分の理由に関しては、「働かなくてもいい理由になる」と考えるとしよう。

そして、自分の場合は「働かなくてもいい理由があるから」働かなくてもいいと考えるのだけど、自分は人間であるという考えも放棄しないと考える「モデル」だ。

そして、「自分は人間だけど、働かない」という考えと「人間は働くべきだむと言う考えが矛盾しているということに、気がつかないという「モデル」だ。

こういうモデルが、成人人口の九割を占めるという社会考えると、今の社会の現象をうまく説明できる……ような気がする。

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矛盾に気がつかないというのは、重要なことだ。

矛盾に気がついた場合は、言うことがかわってくるからだ。

これは、そのまま、「自分がなにを正しい」と考えているかということに影響を与える。ほんとうは、矛盾に気がついて、考え直し、矛盾した考え方を修正するべきなのだ。

ようするに、「自分が働かなくても、人間だ」という考え方を正しいと考えるのであれば「人間は働くべきだ」という考え方は間違った考え方だということになる。

だから、「人間は働くべきだ」という考え方を放棄するべきなのである。 

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自分の矛盾に気がつかない人と、どれだけ「人間は働くべきなのか、働かなくてもいいのか」と言うことについて話しても、無駄だ。けっきょく、自分の身の上に、働かなくてもいい理由が、発生したとその人が考えるなら、「自分は人間だけど、働かなくてもいい」ということになってしまう。その人のなかで、「自分は人間だけど、働かなくてもいい」ということになってしまう。けど、その人が「人間は働くべきだ」と他人には言うのである。

こんな、矛盾した人間を相手に、まともな話ができるわけがないだろ。

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「自分は人間だけど、自分にはちゃんとした理由があるから、働かなくてもいい」という考えたが成り立っているのだ。ちゃんとした理由かどうかということは、「自分」が決めるのである。

その場合、他人の「理由」はちゃんとした理由ではないと考えるなら、自分のことは棚に上げて、他人には「人間は働くべきだ」と言うことができる。相手が相手の理由について言及したら「そんなのは、言い訳だ」「そんなのはあまえだ」「そんな理由にこだわるから、だめなんだ」「そんな理由を気しするからだめなんだ」と言って、他人が働けない理由に関しては、ちゃんとした理由だと認めない。

ちゃんとした理由ではないので、ちゃんとした理由がない他人に、「人間は働くべきだ」と言っても、問題がないのである。

他人の場合は「ちゃんとし理由ではない」と考えてしまうのである。自分の場合は「ちゃんとした理由だ」と考えてしまうのである。

こういう、自分勝手な思考。こういう夜郎自大な思考。

もう、やになっちゃうなぁーー。いやになっちゃうなーー。

しかも、経験の範囲で言えば、(ぼくが)どれだけ説明しても、こいつらは理解しないのである。矛盾したことを言っているということを、理解しない。

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「自分以外の人間は働くべきだ」と言うべきなのに「人間は働くべきだ」と言ってしまう。おかしい。「自分は例外だけど、人間は働くべきだ」と言うべきなのに「人間は働くべきだ」と言ってしまう。おかしい。「人間は働くべきだ」と言っているのに「自分の場合は」「ちゃんとした理由があれば」「働かなくてもいい」と考えている。おかしい。おかしい。矛盾している。

「自分は人間ではない」と考えているのであれば、矛盾していないけど、「自分は人間だ」と考えているのだろ。矛盾している。おかしい。矛盾しているのに、まったく気がつかないなんておかしい。

自分は、そのうち退職するつもりなのに、他人には「人間は働くべきだ」と言うのは、おかしい。自分がすでに退職して、働いていないのに、他人には「人間は働くべきだ」と言うのは、おかしい。矛盾している。

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「人間は働くべきだが、ちゃんとした理由がある場合は、働かなくてもいい」「ちゃんとした理由があるかどうかは本人が判断すればいい」と言えばいいのに、「人間は働くべきだ」と言ってしまう。「本人」というのは、ちゃんとした理由があるかどうか判断する人のことだ。

その人が、ちゃんとした理由があると判断したら、「自分」には、その人にちゃんとした理由があるようには見えない場合も、その人「本人」がちゃんとした理由があると判断したのだから、働かなくてもいいということになる。

「人間は働くべきだが、ちゃんとした理由がある場合は、働かなくてもいい」「ちゃんとした理由があるかどうかは自分が判断すればいい」という場合は、「人間は働くべきだが、ちゃんとした理由がある場合は、働かなくてもいい」と言っている人本人が判断するということになる。

たとえば、Aさんが「人間は働くべきだが、ちゃんとした理由がある場合は、働かなくてもいい」「ちゃんとした理由があるかどうかは自分が判断すればいい」と言っているなら、Aさんが、自分のことも他人のことも判断するということになる。「ちゃんとした理由があるかどうかは自分(Aさん)が判断する」ということになる。

まあ、「人間は働くべきだ」と他人に言ってしまう人は、じつは……「人間は働くべきだが、ちゃんとした理由がある場合は、働かなくてもいい」「ちゃんとした理由があるかどうかは自分が判断する」という意味で、「人間は働くべきだ」と他人に言っているんだろうな。ほんとうに、やっかいな連中だなぁ。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。