2026年8月26日水曜日

●「自分だって残業をしたことぐらいある」■騒音※2026/08/26 6:36

 相手の立場になって考えるということができないので、相手の「体力消費」「時間消費」「累積疲労」を無視してしまうのである。

そして、「つかれ」という抽象的な言葉を使って「つかれ」について考えるので、自分にも同等のつかれがあると仮定してしまう。

あるいは、「つらさ」とという抽象的な言葉を使って「つらさ」について考えるので、自分にも同等のつらさがあると仮定してしまう。

名前だけ店長のことについて考えてみよう。名前だけ店長の疲労は一五年間毎日つみかさなった疲労なのである。

しかし、相手の立場になって考えることができない人は、名前だけ店長の 「体力消費」「時間消費」「累積疲労」を無視してしまう。

だから、一五年分の、「体力消費」「時間消費」「累積疲労」がない状態で、名前だけ店長が、今存在していると仮定して、考えてしまう。

ようするに、名前だけ店長の側には、一五年分のつかれが蓄積しているのだけど、相手の立場になって考えることができない人は、一五年分のつかれを無視してしまうのである。

そして、一五年分のつかれが、今の名前だけ店長の状態とは、関係がないという思考をしてしまう。

いやーー。関係、あるでしょ。

名前だけ店長とおなじ経験を持たない個体だから、名前だけ店長の「累積疲労」を無視しているだけだろ。累積疲労がすでにあるということは、その日の「体力消費」「時間消費」にも影響を与えるのである。

不可避的に影響を与える。

どうしてかというと、名前だけ店長が、名前だけ店長の体を使って生活しているからだ。なんでこれが、わからないのか?

名前だけ店長なのに、一五分のつかれとは関係がない一日があると思っている。「一日のつかれ」は、「一日のつかれ」なのである。想定されているこの一日のつかれは、一五年分の「累積疲労がない」人の「一日のつかれ」のである。

こんなの、ない。

ある人がいたとする。Aさんだとしよう。Aさんは、過去五年にわたって、月に一日だけ、二時間の残業をしたとする。 Aさんは、残業をした。それなら、名前だけ店長とおなじ分の残業をしたということになるのか。

ぜんぜん、ならない。

なるわけがない。程度がちがう。頻度がちがう。持続期間がちがう。ぜんぜん、ちがう。

けど、「残業をした」というところまで、抽象度を上げるなら、Aさんも、「残業をした」ということになる。Aさんも名前だけ店長も「残業をした」ということになる。

けど、つかれ方に影響を与える持続時間や持続期間について考えると、Aさんの残業と名前だけ店長の残業はまったくちがうものだと言える。実際にちがう。

ところが、Aさんが相手の立場になって考えるということができない人だと、名前だけ店長の「累積疲労」について考えることができない。

そして、考えることができないので、普通に、自然に無視することになる。名前だけ店長の「累積疲労」は、名前だけ店長の側には、たしかにあるものなのだけど、Aさんの側には、名前だけ店長の累積疲労がないことになる。

だって、Aさんは、名前だけ店長の累積疲労を無視しているのだから、名前だけ店長の側に、名前だけ店長の累積疲労があるとは思えない。

そして、Aさんが、言霊主義者なら「無理だと言うから無理なんだ」「できると言えばできる」とふざけた発言をするようになる。

Aさんが言霊主義者ではなくても、Aさんは、名前だけ店長の累積疲労を無視しているので、名前だけ店長の一日の疲労と、名前だけ店長の一日の時間消費について考えて、「できる」と言ってしまう。

そりゃ、名前だけ店長だって、一五年間やっていることだから、一日のなかで、無理をすればできることなのだ。

しかし、その分の時間消費と体力消費はある。一五年間の蓄積疲労がない状態なのであれば、無理をすればできることなのである。

しかし、実際の名前だけ店長には、一五年分の蓄積疲労がある状態なので、名前だけ店長には、できないと言っているわけだ。

けど、名前だけ店長の蓄積疲労が見えない人にとっては、「そんなのは関係がない」ということになる。自分だって残業ぐらいした」。

「自分だって、残業をしたときつかれた」とか「自分だって、つかれたことがある」とかというとを言えば、名前だけ店長とおなじ一五年分の蓄積疲労がある状態で暮らしているというとになってしまうのだ。

そういう仮定で、ものを言う。

しかし、Aさんには名前だけ店長とおなじ一五年分の蓄積疲労」なんてない。

ないから、「無理だと言うから無理なんだ」「できると言えばできる」と無慈悲な発言をする。

ないから、自分のつかれと名前だけ店長のつかれが同レベルのつかれだという前提に立って「自分だってつかれている」「自分だって残業をしたことぐらいある」と言ってしまう。

くそ発言だ。

前提が間違っている。

Aさんは、名前だけ店長と同レベルの残業なんてしていない。Aさんは、名前だけ店長と同レベルの疲労なんて経験していない。

俺に対して「自分だって、騒音ぐらいある」とか「自分だって、騒音が鳴っている状態を経験したことぐらいある」とかと言うことは、名前だけ店長に「自分だって残業をしたことぐらいある」と言うのとおなじように、失礼なことなんだよ。

俺に対して「自分だって、つかれている(けど、ちゃんと、通学している)(けど、ちゃんと通勤している)」と言うことは、名前だけ店長に「自分だって、つかれている」と言うのとおなじぐらいに、失礼なことなんだよ。

 いや、もっともっと失礼なことだと思う。

間違った前提で、クソを言うな。間違った前提で、無慈悲なことを言うな。侮辱するな。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。