2018年10月14日日曜日

「その言葉が最初から結果を含有している」……定義と暗黙知

幸せのメカニズム 実践・幸福学入門 (講談社現代新書)

レビューの感想(最初の段階)


https://www.amazon.co.jp/%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%81%AE%E3%83%A1%E3%82%AB%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0-%E5%AE%9F%E8%B7%B5%E3%83%BB%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E5%AD%A6%E5%85%A5%E9%96%80-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%89%8D%E9%87%8E-%E9%9A%86%E5%8F%B8/product-reviews/4062882388/ref=cm_cr_dp_d_show_all_top?ie=UTF8&reviewerType=all_reviews


あくまでもレビューを読んで思ったことで、本を読んで思ったことじゃない。


この本のレビューなんだけど、この本を科学的だと考えている人と、科学的ではないと考えている人の読解能力をくらべると、科学的ではないと考えている人のほうが、読解能力が高いのではないかと思う。また、どちらが科学的かというと、この本は科学的ではないと言っている人のほうが科学的なのではないかと思う。まあ、本体の本を読んでないから、『感じがする』と意味だけどな。

   *   *   *

幸福学よりも不幸学が必要なんだ。これが、わかってない人たちが多い。

   *   *   *

あとは、幸福というものが定義できないのであれば、どうすればよいのかということだ。幸福も、幸福感も定義できないのであれば、話しがはじまらない。だから、かりそめの定義が必要なのだけど、そのかりそめの定義が、トートロジーになってしまうのではないかということだ。

人に対して、どういうときに幸福だと感じるか?ということを問うたとしよう。その答えを、集計して、だいたいこういうときに、幸福だと感じるということを導き出せたとしよう。

で、その結果を元に、幸福を定義しようとすると、トートロジーになってしまうのである。

ようするに、『赤は赤である』とか『赤はレッドである』とか『赤とは700nm付近の波長を持つ可視光線である』というような感じになってしまう。けど、『赤は赤である』を抜かして、赤を言い換えたものにすぎない。

赤と呼ぶことになっているということは、言い替えを最初から含んでいるということを意味しているのである。

結果の含有。

「その言葉が最初から結果を含有している」ということ。結果というのは、主語に対して述語に相当する部分のことである。また、結果とは『言い替え』自体のことである。『赤は赤である』は、言い替えである性質をまったく持ってないという意味では、完璧だけど、『赤は赤である』ではなにも言ってないのとおなじである。

けっきょく、言葉を介した暗黙知のようになってしまうのか。けど、暗黙知の部分を言語化しようとしても、言語化できない部分がある。それが暗黙知なのだから。



2018年10月13日土曜日

「つまんないつまんない」と言う人

まじ、つまんねぇわぁ~~
だいたい、「つまんないつまんない」と言う人は、魅力がない……という説がある。一理あると思う。けど、俺は言う。「つまんないつまんない」。つまんないんだよ。ヘビメタ騒音がはじまってからずっとつまんないんだよ。強制的に、強迫的につまんないんだよ。くるしいんだよ。

2018年10月11日木曜日

ヘビメタ騒音で障害者になった(公開バージョン)


幼稚園児が、「いっち、に、の、さーー、ん、わわわわわわわわ~~~」ってやっている。これも、けっこううるさい。ひとりじゃないからね。大合唱だからね。けど、もちろん、勉強はできる。ヘビメタ騒音のなかで勉強はできない。このちがいがでかすぎる。

また、両親の寝室……母親の寝床なら、ヘビメタ騒音が鳴っていても、眠れたんだけど、自分の部屋で眠るのは、不可能なんだよな。こうなると、うるさいときは眠って、起きてから勉強するということができない。

本当に、勉強にたたるのである。

偏差値で二〇ぐらい、足を引っぱられた状態だ。そういう状態で暮らしてきた。これ意味がわかってないのである。気違い兄貴は、これの意味がわかってない。気違い兄貴、おまえのせいで、底辺の仕事にしか就けなくなったんだぞ。学問研究ができなくなったんだぞ。

底辺の仕事ですら、ヘビメタ騒音でだめだけどな。勉強だけじゃなく、生活体力と睡眠力にたたる。生活体力と睡眠力も、「偏差値」で言うと、三〇ぐらいさげられた状態だ。もっとか。

ヘビメタ騒音がなければ健常者なのに、ヘビメタ騒音が一四年間も毎日鳴っていたので、障害者になってしまったのだ。睡眠障害。自律神経失調症。起立性調節障害。言葉はないけど、生活体力障害。本当に慢性疲労症候群のような状態になって、何時間も続けて作業をするということができなくなった。これがでかいんだよな。

だから、通勤して普通に働くことはできない……と言っているのに、気違いヘビメタ騒音にやられたことがない人たち……一四年間毎日ヘビメタ騒音にたたられたことがない人たちが……「甘えている」とか言い出す。

俺は、ヘビメタ騒音に一四年間も毎日たたられなかったら、普通に働くことができたんだ。これが、どれだけくやしいことか……。頭にくる。気違い兄貴も、「甘えている」とか俺に言うやつも、頭にくる。ヘビメタ騒音に毎日一四年間毎日たたられてきたわけじゃないだろ。条件がちがうんだよ。話がちがうんだよ。

「俺だって、つらいことぐらいあった」「俺だって、朝、つらいときがある」……そうかもしれないけど、ヘビメタ騒音を一四年間毎日浴びてから、言ってくれ。

で、これを言うと、「なんだ!!おまえだけつらいと思っているのか!!」と発狂してしまう人がいるのだけど、まずは、ヘビメタ騒音を一四年間、浴びてから言ってくれ。

それじゃないと話にならない

。おなじ音量のレベル、おなじ時間の長さ、おなじ期間の長さだからな。一日がどれだけぶっ壊れるか、一〇年でいいから、経験してみろ。そのあとに、言え!!







これ、本当、書いちゃったけど、書くと、ごっそり、読者が減るんだよ。まえ、同じようなことを書いたとき、ごっそり、読者が減った。







それと、幼稚園の騒音だけど、耐えられない人にとっては耐えられない。むかし、横の横のうちに住んでいた人がいたんだけど、その人がまあ、結婚した。その人は、男で、嫁さんが新しく、その家にくることになった。で、しばらくはいっしょに暮らしていたんだけど、嫁さんが幼稚園の騒音に耐えらなくて、離婚したみたいなんだよな。「わたし、ここにいたらおかしくなっちゃう。ここらへんの人、よく、耐えられるなぁ」みたいなことを言ったらしい。幼稚園の騒音だけが離婚の原因ではないのだけど、幼稚園の騒音は最大の理由だ。そういうふうに、耐えられない人がいるぐらいの騒音なんだよ。特に、運動会の前の一ヶ月は太鼓の音がひどい。あれは、間近で聞かされると、たしかに、くるしい。







けど、その幼稚園の騒音よりも、何十倍も何百倍もひどいのが、兄貴のヘビメタ騒音だ。

2018年10月10日水曜日

常識でものを言いやがって。

ここで書いていてもしかたがないかなぁという気分になってきた。



自転車で行くべきか? 徒歩で行くべきか?



どうするかな?



うーん。



本当にヘビメタ騒音でつらかったな。だれに言ってもわからないことなんだよな。言えば言うほど、へんなやつだと思われる。ともかく、人生全部で、ヘビメタ騒音が一番でかかった。どんなでかい出来事よりも、ヘビメタ騒音の積み重ねのほうがでかい。とてつもなくでかい。


他の人にはわからない、精神病質的な兄による長期にわたる長時間のヘビメタ騒音という問題が、でかすぎる。他の人にはわからない。そりゃ、一日だって、一時間だって、経験したことがないから。一時間でも経験すれば、それがどれだけ、体力や気力をうばうものかわかる。一時間、ヘビメタ騒音にさらされながら、勉強を続ければ、どれだけ、その音のなかで勉強することがむずかしいかわかる。本当に、短期記憶がすべて、吹き飛ばされる。〇・三秒で、短期記憶が吹き飛ばされるので、まともに考えることができない。ヘビメタ騒音のなかでやったことは、重たい雰囲気がつきまとうようになる。おぼえたものも、ヘビメタ騒音のなかで見ると、忘れて?しまう。はっきりとおぼえたものも、ヘビメタ騒音のなかで読んでしまうと、おぼつかなくなる。マイニチそんなことがつづいていいわけがないだろ。学生時代ずっとそういう状態で良いわけがないだろ。「学生時代ずっとそういう状態で良いわけがないだろ」……これが、気違い兄貴はまったくわからないのである。親父が、自分のあずけたハンダゴテが使えないと言うことを理解しないようにわからない。本当におなじなんだよね。気違い親父が、自分が強制的に持たせたハンダゴテで、兄貴が恥をかいたということが、どうしてもわからないように、兄貴のヘビメタ騒音で、俺が学校で恥をかくということがわからない。どれだけ言ったって、わからない。そのものずばりを、どれだけぶつけても、わからないものはわからないのである。で、わからないまま、やり続ける。自分がやっていることをゆずる気持ちは、一%もない。〇・〇〇〇〇〇〇一%もない。しかし、「ゆずる気持ちは〇・〇〇〇〇〇〇一%もない」ということがわかってないのである。実際〇・〇〇〇〇〇〇一%もゆずらなかったしても、ゆずってやったということになってしまう。これも、親父とおなじだ。親父は絶対にゆずらなかったけど、ゆずってやらなかった」という気持ちはないんだよ。まったくない。逆に「ゆずってやった。ゆずってやった」「ちゃんとやってやった。ちゃんとやってやった」と思っている。気違い兄貴もおなじなんだよ。自分が実際にゆずってないのに、ゆずってないといこうとがわからない。それは、言われないから、わからないのではなくて、何万回言われてもわからないのである。そして、ゆずらずに鳴らす。ゆずらずに鳴らしているとき「ゆずってないだろ」とどれだけデカイ声で言っても、親父のように無視して「わからないまま」なのである。こういうしくみが、どれだけの人にわかるというのだ。こういうしくみで、迷惑行為をやられたとき、どういう気持ちになるか、他の人はまったくわからない。わかるわけがない。そんな「じんがい」の行為が、わかるわけがないから。頭がおかしい家族がいない人は、そういう人の意地がわからない。脳みそのしくみがわからない。実際にやられなければ、そういう態度でやりきるひとがいるということがわからない。常識でものを言いやがって。

   *   *   *

洗濯物を干した。

ぼくのこころは、暗い。



これ、二十歳のときの暗い気持ちと同じなんだよな。



あーあ。

2018年10月9日火曜日

と言っても、記憶喪失だったり認知症だったりするわけじゃないのである

気違い兄貴の場合は、親父とおなじで、激しく意地を張ってやっていることは、やってないことになってしまうのである。「まったく」やってないことになってしまう。そもそも、「つもりがない」ことになってしまう。そういう人がいるということが、他の人にはわからない。これは、ぼくにとっては、事実なんだよ。そして、そういうふうにやられてきたんだよ。まあ、「そういうふうにやられてきた」というようなことを言うと、やられた人が「やられた」という現実をつくっているなどと言い出す人がいて、議論をしなければならないことになる。

気違い兄貴のしくみは、わりと複雑だ。もう、だいぶ書いてきたから、ここをずっと読んでいる人にとってみれば既出なんだけど……。「『まったく』やってないことになってしまう」と言っても、記憶喪失だったり認知症だったりするわけじゃないのである。これが、わかりにくいところなのである。これ、本当に、めんどうなんだよな。だいたい、本人だって本当に「つもりがない」気持ちでいるわけだからさ……親父とおなじで。



昨日、寝る前に考えたときは、すらすらっと説明することができたのだけど、いまはできないな。まあ、既出だからなぁ。既に書いたことをもっとスマートにまとめあげただけだから、書く必要はないか? まとめだからなぁ。所詮はまとめ。

兄貴や親父の場合、神経症的な『否認』と、それを支える脳の構造が問題であると思われる。



2018年10月8日月曜日

俺とまったくおなじ経験をした人以外、その言葉を口にするな!


解放してやったんだよ。解放してやるしかないだろ。もう、「つきあう」必要はないよ。俺は、働けない。「つきあう」必要はない。君は働いて、自分のキャリアを積めばいい。俺にかまう必要なんてないんだよ。


どうして、俺が通勤して働けるかどうかがそんなに問題になるか? 働けなくてこまるのは俺だけだろ。「おいてきぼり」にはできない? だから、『無理だ』『できない』と言っているだろ。俺がどういう気持ちで、『無理だ』『できない』と言っていると思っているんだ?

心配してくれるのはありがたいけど、無理なんだよ。これ、本当に、ヘビメタ騒音を経験した人と経験してない人とではちがう。もう、生きている世界がちがう。ヘビメタ騒音が積み重なった世界が、どれだけくるしいか? みんな、こんなことになっちゃんだよな。気違いが鳴らすと、そうなる。

これ、本当に、気違い兄貴の感じ方は気違い親父の感じ方とおなじなんだよな。で、世間の人の感じ方も、わりと似たようなところがある。俺だけが、クレパスに落ち込む。経験がちがいすぎる、認知がちがいすぎる。『俺だって、これこれ、こういうことをされた』『俺だって、こういうつらい思いをした』……それは、事実だろう。事実だろうけど、それは、『通えない』状態をつくりだすものではなかった。『通えない』というのは、『どうやっても通えない』ということだ。どうやっても、どれだけ努力しても、無理なことなんだよ。これ、ちがうんだよな。一回だけのことを考えているみたいなんだよな。一日だけ、ヘビメタ騒音が午後一一時一一分まで鳴っていたというわけではない。積み重ねがある。ヘビメタ騒音がおなじようにつづくという積み重ねがある。それは、負の積み重ねだ。ぼくは毎日、それに、死にものぐるいで耐えていたんだ。死にものぐるいの努力をして耐えていたんだ。もう、一三年間つづいて、限界だったんだよ。終わってなかったの! 家に帰れば鳴ってたんだよ。どんだけくるしい思いをして、学校に通っていたか。一日ずつ死にそうだったよ。毎日、死にそうだったよ。ヘビメタ騒音がきつくて死にそうだった。他の人にはそれがない。俺とまったくおなじ経験をした人だけ、『どうやっても通えないなんてことはない』と言え。俺とまったくおなじ経験をした人以外、その言葉を口にするな!

やつらができるのは、あたりまえだ。俺だってできた。俺が、ヘビメタのなかで、どういう気持ちで生きていたと思っているんだ? これ、ヘビメタが鳴ってないときも、ずっと、ヘビメタノ影響を受けている。兄貴の気違いヘビメタの影響を受けている。それは、不可避的なんだよ。これも、やられたことがないやつが、『影響を受けるかどうかは本人の資質次第』というようなことを言う。けど、ちがうんだよ。これ! そういう頭がおかしい無慈悲なことを言うやつと、俺が空想のなかで、独り相撲か? それ、ヘビメタ騒音が鳴っている最中もそうだったから。ヘビメタ騒音が鳴り終わったあと、眠れない状態でもがいていたときもそうだから。 ほ・ん・と・う・にちがうのに、何千日もやられたことがない人はわからない。あの音のでかさで、やられたことがない人はわからない。

2018年10月7日日曜日

先に行けないと言うなら、俺は、しりぞくしかないだろ


俺がどういう気持ちで「働けない」と言っていると思っているんだ? どういう気持ちでぇ!!!!どういう気持ちでぇ!!!!どういう気持ちでぇ!!!!どういう気持ちでぇ!!!!

何千日の積み重ねがあると思っているんだ? 負の積み重ねがあると思っているんだ?? 数千日、俺がどういう気持ちで、どういう身体状態で、ヘビメタ騒音の中でがんばってきたと思っているんだ。

たえて、「かよった」と思ってるんだ。もう、無理なんだよ。

「かよう」ことは、不可能。いまだって、インターネットがなければ、働けないんだよ! 通勤ができない。俺が、どれだけくるしい思いで、起きて、学校に行ってたと思っているんだ。図書館に行ってたと思っているんだ。あの時だって鳴ってたんだぞ。



あー、俺を置いてきぼりにして、先に行けないと言うなら、俺は、しりぞくしかないだろ。『働けない』のだから。『そこをなんとか』とか……。『できない』と言っているだろ。俺がどういう気持ちで、『できない』と言っていると思っているんだよ!!! どんな気持ちで言っていると思っているんだよ!!!



もう、一三年つきあわせてしまったしな。君が前に進めないというのであれば、絶交するしかないだろ。知っているはずだぞ。

2018年10月6日土曜日

どれだけ言っても、一分もやめてくれなかっ

どうも、再起不能っぽいんだよな。

やられ方が違うからなぁ。

ヘビメタ騒音をやられてからずっと、地べたを張っているような状態だ。どうしても、暗い。憂鬱だ。激しくだるい。どーにもならない。

いまの時間帯はヘビメタ騒音が鳴ってたんだよ。で、ヘビメタ騒音が鳴っている感じがする。いまでも、なっている感じがする。



どれだけ言っても、一分もやめてくれなかった。どれだけ俺が、ヘビメタ騒音でこまっているときも、一分もやめてくれなかった。これが、何千日もつづいてみろ。どれだけ、元気な人だって、元気をなくして暗くなる。しかも、一目見て、『元気がない』ということについて、他人から文句を言われる状態になる。これが、現実だ。これが、この世の現実だ。鳴らされている生活が続いている状態で『元気を出せ』とか言われるのが、どれだけつらいか。どれだけつきあいきれない気持ちになるか。つきあいきれねぇーよ。つきあいきれない。



もう、そういうことが積み重なりすぎた。積み重なりすぎた。

2018年10月4日木曜日

あなたは、一人で「ゆるすゆるす」と一日に何十回も、何百回もベットの上で言って、満足なのか?

来年の今頃は、飛び跳ねている感じがする。飛び跳ねていろいろなところに行っている感じがする。ただ、そういうシーンが浮かんだだけなんだけど……。まあ、これは、わからない。いまの体調を考えると、「あり得ないこと」だけど……。







ビデオテープの整理をしていた。あとは、網戸のシートを買って、網戸ではなくて、網をはろうかと思っている。戸ではないけど、ゆるめにはって、内側から、小さな戸を開けられるようにする。物置みたいなところなんだけど、そういうふうに改造しようかな?







あとは、洗濯をした。







どうなるかな? ヘビメタ騒音でくるしいわけよ。こっちに書いてもしかたがないわけだけど……。どこに行くのも、なにをやるのも、実はヘビメタ騒音でくるしい。なにをやっているときも頭のリソースの八割は、ヘビメタ騒音にさかれている。占領されいる。







これ、俺以外の、だれにもわからないんだよな。俺以外の、だれにもわからないことなんだよな。むなしい。本当に、どれだけやられたか。そして、「どれだけやられたか」と毎回言っている俺に対して、他の人は、あんまり言い思いを持たないわけだろ。それが、五〇〇〇日、一〇〇〇〇日、二〇〇〇〇日つみかさなってごらんよ。


これ、本当に、ヒトゴトなら、過去のことはどうしようもない」とか「暗いことを言うな」というふうに言えるわけだけど、実際、自分が五〇〇〇日以上やられて、動けなくなったらどうなんだよ? 学生時代とわかいときと、ずっとヘビメタ騒音の毎日がつづいて、人生のスタートが切れなかったらどう思うんだよ? あきらめがつくのか? やられてないから、考えられないだけだろ。やられてないから「『ゆるす!ゆるす』と言えば、ゆるせる」なんて言っているだけだろ。本当に、どれだけのことが?? これ、本当に、やったやつが、ハッピーに生きていて、自分が不幸のどん底にいて、『ゆるす!ゆるす!』なんて、寝床で何回も何回も言っている姿を想像したことがあるのか? と言いたくなる。ぼくが仮に、へんな考えにとりつかれて、ぼくになにも悪いことをしていない、あなたに石油をかけて、火をつけて、半殺しにしたとする。いや、それだけじゃなくて、こう……毒を注射器を使って注入して、動けなくしたとする。一生、だるくて動けないという障害を背負うことになったとする。それで、本当は、好きな女子とつきあって、好きな学問をして、自分の才能を生かせる研究するということができたのに、できなくなってしまったとする。そして、好きな女子が去って、自分の病室で、横になっていたとする。何年間も何年間も。まあ、病院にはいれないかもしれないけど……。病院にずっと入院してたとする。その場合「ゆるすゆする」なんて言って、ゆるせるのか? 一人で病院ベットの上で「ゆるすゆるす」と言って、それで、ゆるせるようになるのか? 自分のことはそういう目に遭わせた『ぼく』君が、反省して、刑務所から出てきて……元気に暮らしていたとする。あるいは、未成年のときそういうことをしたとする。まあ、ともかく、やった本人は、やったことに関係なく、元気なんだよ。それで、普通に女とつきあって、結婚して暮らしてたとする。やった人は幸せに普通に暮らしているということを話しに聞いたとして、それであなたは、平気なのか? あなたは、一人で「ゆるすゆるす」と一日に何十回も、何百回もベットの上で言って、満足なのか?



しかも、これ、なんて言うのかな? スピ系の人や常識的な人?は、「やみおちした」なんて言うんだよ。自分を守りたい人は、怒っている人から離れたいと思う。自分を守りたい人は、自分には関係がない人をうらんでいる人を、遠ざけたいと思う。それは、人間の本能みたいなもので、しかたがないところがある。けど、「ゆるすゆるす」と言いながらも、どうしてもゆるせない気持ちを持っているあなたのことを、他の人が「やみおちしている」とかのんきに言ったら、あなたはどう思うのか? 「知りもしないくせに」と思わないか?

2018年10月3日水曜日

ヘビメタ騒音をどうにかしたかった

つかれているのに眠れないので、やばい精神状態になっている。

つまんない。



今日はもうだめなのがわかっているのだけど、眠れない。

まあ、散歩がてらに買い物でもしてきたほうが良いのではないかと思うけど、外に行く気かしない。



やっぱり、昨日の睡眠があんまりよくなかったんだな。



やっぱり、他の人にはない、ヘビメタ騒音でめちゃくちゃだ。こんなのはない。あれ以来、つかれたままだ。ずっと、地獄だ。一度も救われた気分になったことがない。



まあ、ここに書いてもしかたがないか。



ヘビメタ騒音をどうにかしたかった。
ヘビメタ騒音をどうにかしたかった。
……それだけなんだ。これ、気違いヘビメタ騒音に毎日 何年間も何年間もたたられたことがない人には、わからない。根本からわからない。だから、俺がへんなことを言っているように思うのだろう。けど、俺はやはりくるしい。ヘビメタ騒音でくるしい。いまも、ヘビメタ騒音でくるしい。

ここには書けないのだけど……。小説あつかいにする必要があるからな……。フィクションあつかいにしないと書けないことがある。

ともかく、他の人にとっては、過去の出来事なんだろうけど、ぼくにとってはそうじゃない。それは、過去の出来事だということを否定しているわけではない。現在に影響を与えている過去の出来事だということだ。本当に、気違い兄貴を「もやさなければ」やめさせることができなかった。他の人が過去の出来事だと言う場合は、その過去の出来事は、現在に影響を与えない過去の出来事だと言っているんだよ。だから、「こだわる必要がない」ということになる。けど、やけどでたとえると、小さなやけどと大きなやけどの違いがある。小さなやけどは、治ってしまうだろ。けど、大きなやけどは、跡が残る。かりに、上半身全部にやけどの跡が残ったらどうだよ? それは、その人の気持ちにずっと影響を与えないか? 全身やけどの場合は、死んでしまうだろうけど……全身やけどに近いやけどをした場合であって、なおかつ生き残った場合、やけどの跡は、小さなやけどのようにきれいに治ってしまったりしないわけだから、気にすることはあると思うな。「過去の出来事にすぎない」と言う人は、そういうことを完全に無視して、「過去の出来事なのだから現在に影響を与えるはずがない」という信念を言っているんだよ。そして、「自分だってやけどをしたことがある」ということを言う。その人が言う「やけど」というのは、小さなやけどなのである。だから、「いま現在」気にしないのは、あたりまえだ。けど、「やけど」はやけどだ。「騒音」は騒音だ。だから、おなじだという立場に立つ。前から言っているけど、可逆的か不可逆的かということが重要なんじゃないかなと思う。あとは、「期間の長さ」だ。やられた期間の長さ。どうして、やられた期間の長さを無視してしまうのか。一〇代のあいだずっと毎日やられたことが……一日に何時間も何時間も……やられたことが、影響を与えないわけがないだろ。二〇代前半までずっと毎日やられたことが人生全部に影響を与えないはずがないだろ。どういう了見で、「過去のことは過去のことだから、現在には一切合切関係がない」などということを言っているのか、俺には見当もつかないね。そりゃ、すぐに治ってしまう小さなやけどなら、俺だって、こだわらないけどな!

そういうことではないと、ずっと言っているのに……。そうじゃないと、ずっと言ってるだろ。

2018年10月2日火曜日

「相手をかえるのではなくて、自分がかわるしかない」などと言う人


   *   *   *



いまも鳴っている時間だ。時間帯だ。過去、ずっと毎日鳴っていた時間帯だ。兄貴がどれだけ俺の足を引っぱったかわからない。気違い兄貴が、となりの部屋で、囲碁に夢中になっているのであればまったく問題はない。けど、人が怒鳴る声より何十倍も何百倍もデカイ音でヘビメタを鳴らすことにこだわって、ヘビメタを鳴らしていた。人が怒鳴る声よりも何十倍も何百倍もデカイ音でエレキギターを鳴らしていた。ヘッドホンをすれば良いのに、ヘッドホンをすると「感じが出ない」という理由で、入試の前日だろうが、すべての時間、そので買い音で鳴らすことにこだわりつくて、鳴らす。気違い兄貴は、「ゆずってやったつもり」があるらしいのだけど、そんなのは、うそだ。気違い親父の譲歩とおなじなんだよ。まったく意味がない譲歩だ。そういう意味がない譲歩をされるとこっち(やられたほうが)こまるんだよ。腹が立ってしかたがない状態になるんだよ。ずっと鳴っているわけだから、ずっと気になる。気違い親父は、親父と接触している時間だけ、腹立たしいわけだけど、気違い兄貴派の場合は、気違い兄貴と接触している時間だけではなくて、気違い兄貴が鳴らしている時間はすべて腹が立つ。その腹が立つというのは、「音がうるさいから」だけでなく、「親父のような、そういう態度で鳴らしているから」腹が立つのだ。そういう態度というのは、本当はゆずってないのに、ゆずってやっていると思って、頑固に、デカイ音で鳴らしているにもかかわらず、デカイ音で鳴らしていないと思っている態度だ。ともかく、兄貴の場合は、親父と接触した時間しか、腹が立たない状態なのだけど、俺の場合は、ちがう。それは、兄貴がやったことが、壁を突き抜けてくる騒音を鳴らすということだからだ。親父と接触して腹が立っても、親父が視界から消えれば、それで、いちおうは「現在進行形で腹が立つ原因」はなくなる。これが、本当は、気違い親父に一〇分間接触してしまうと、一日中、腹が立って腹が立ってしかたがない状態になってしまうのだけど、気違い親父の場合は、そのあとずっと、騒音という、物理攻撃をしてくるわけじゃない。そこがちがう。壁で姿は見えなくなっているけど、そういう気違い的な態度で、自分の言っていることを否定したやつが、こだわりつくして、激しくでかい騒音を鳴らしているのだから、腹が立った状態というのが、ずっと続くことになる。これ、ヨソの人は「他人は思い通りに動かない」というようなことを言うわけよ。だから、「相手をかえるのではなくて、自分がかわるしかない」というようなことを言うわけよ。それは、一理あるのだけど、絶えず物理攻撃を受けている場合はちがう。それから、頭がおかしい人が世の中に入るわけで、その頭のおかしい人にやられている場合はちがう。そして、その頭のおかしい人が「家族」である場合はちがう。実際に、「相手をかえるのではなくて、自分がかわるしかない」というようなことを言う人は、気違い的な家族から毎日毎日、何時間も何時間も物理攻撃を受けてきた人ではない。だから、そういうところで「よゆう」がある。はなから、話していることがちがうのである。これも、本当に、ヨソの人にはわからない。気違い的な人……特に家族が、どういう態度で、やるか、ヨソの人にはわからない。「うち」のなかで、気違い的な家族がどういう状態で自分の意地を押し通そうとするか、ぜんぜんわかってない。どういう態度なのか、わかってない。どういう状態なのかわかってない。だから、キレイゴトを言える。この「相手をかえるのではなくて、自分がかわるしかない」というのは、キレイゴトだ。しかし、なんて言うのかな? そういうことを言う人のほうがうける。そういうことは、キレイゴトだと言うひとよりも、そういうことを本当にそうだと思って言う人のほうがうける。そういう人たちは、精神病質者の無視がわかってない。そういう人たちは、精神病質者の意地がわかってない。本当に現実を全否定だからな。「やったってやってない」だからな。どれだけ言われても、気にしない。気にしないとなったら気にしないわけで、本人が怒ってしまったら、どれだけ言ってもつうじない。この「つうじなさな」が尋常じゃないんだよ。そういうことが、本当にはわかってない。どうしてかというと、そういう家族が実際には、いなかったからだ。俺の兄貴や親父のような人にたたられながら……「相手をかえるのではなくて、自分がかわるしかない」などと言う人がいたら、その人は、人じゃなくて、神様か天使だ。あるいは、自殺してしまう人だ。本当に、人を自殺に追い込むようなことを、軽く言うな。本当のことがわかってないから言えるだけなんだよ。こんなの……。わかってたら、絶対に言えない。家族が精神病質者で、その精神病質者が異常なこだわりで、ヘビメタをデカイデカイ音で鳴らしている場合は、そんなことは、言えない。口が裂けても言えない。そういうことを言うこと自体……がどれだけひどいことかわかっている。そういうことを言うこと自体というのは、どういうことかというと、そういう尋常じゃない家族にやられている人に向かって「相手をかえるのではなくて、自分がかわるしかない」と言うことだ。こういう人たちは尋常じゃない家族にやられている人を追い込む。もちろん、そういうつもりはないのだろう。けど、追い込む。もともと、そういうことを言う人たちは、精神病質者が家族の一員であった場合というのを、想定してない。ただ単に「意見が違う健常者」しか、想定してない。ぜんぜんちがう。

それから、もうちょっと言っておくと、そういうことを言う人は、相手をかえようとしている。もちろん、かわるかどうかはわからないけど、かえようとしている。「相手をかえるのではなくて、自分がかわるしかない」などと言って、相手の考えをかえようとしている。あるいは、相手の行動をかえようとしている。もちろん、わからなかったら、そのままなんだろうけどさ。相手というのは、「相手をかえるのではなくて、自分がかわるしかない」などと言うときの相手だ。「相手をかえるのではなくて、自分がかわるしかない」とAさんに言っているときは、Aさんが相手だ。

2018年10月1日月曜日

「認識」の差がもたらすもの


俺は、だるいままだ。

けっきょく、ここ一年で、一日ぐらいしか、「からだの調子がいい」状態が続かない。一日しかない。そりゃ、できれば、調子がいい状態のほうがいいけど、本当につかれてだるい。



ヘビメタ騒音を経験したあとのだるさは、異次元のだるさだ。他の人にはわからない。「つかれ」と言っても、「つかれ」の種類が違う。「だるさ」と言っても「だるさ」の種類が違う。

他の人にはわからないんだよな。わからないところで、ものを言う。常識にあわせてものを言う。そうなると、ぼくは、侮辱されたと思うわけ。それは、根拠がある。ヘビメタ騒音でソウナッテイルのに、ヘビメタ騒音を経験してない人が、経験してない状態で、経験した俺に、だめ出しをするわけだから、腹が立つ。わかるかな? わかんないだろうなぁ。すべては、ヘビメタ騒音の負の効果がどのくらいあるかということに関する「認識」の差がもたらすものだ。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。