2025年7月8日火曜日

「過去は記憶の中にしかない」と思えば、過去の影響が無効になると思っている。

「過去は現在に影響をあたえない」という考え方について、ちょっとだけ言っておこう。たとえば、ある人がいたとする。Aさんだとする。Aさんは、病気になり、左足を切断したとする。今現在、左足がない状態でくらしているとする。

過去は、現在に影響をあたえている。

どうして、左足を切断したという過去の出来事が、現在に影響をあたえないと考えるのか?

まったくわからない。

「過去は現在に影響をあたえない」という考えをもてば、Aさんの左足はもとどおりになるのか?

なるわけがない。

過去の出来事が、現在の状態をつくりだしている。影響はある。

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「過去は記憶の中にしかない」という考え方の場合もおなじだ。

記憶の中にしかない?

なにを言っているんだ?

過去において、Aさんの左足を医者が切断したので、Aさんの左足がない状態になっている。Aさんが、「過去において自分の左足を切断された」という記憶をもっていたとしよう。 

左足を切断されたという出来事は、記憶の中にしかないのだろうか?

そんなことはない。

切断されたので、切断された状態になっている。現在、左足がない状態なら、過去において、左足を切断されたという記憶は、記憶の中にしかないことであり、現在の状態にはえぃきょうをあたえていないということではないのである。

ちゃんと、現在の状態に影響をあたえている。現在の状態を形作っている。

「過去は記憶の中にしかない」という、頭がおかしい説を、Aさんが信じれば、Aさんの左足はもとどおりになるのとでも言うのか?

「過去は記憶の中にしかない」という考え方をAさんが受け入れたとしても、考え方を受け入れたので、Aさんの左足が元に戻るということはない。

過去の出来事が、現在の状態に影響をあたえているのである。

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こいつらは、あたかも、「過去は記憶の中にしかない」と思えば、過去の影響が無効になると思っている。

妄想だ。

過去は記憶の中にしかないということはない。

たとえば、BさんとCさんがいたとする。

BさんがCさんの上司だとする。Bさんが、Cさんにあの書類を提出するように」と言った。そして、ある時点(アルファ)で、CさんがBさんにあの書類を提出した。手で渡したとする。

CさんがBさんにあの書類を渡したということが、記憶の中にしかないことなら、今現在、Bさんが、Cさんから受け取った書類は、Cさんの手元にはないことになる。

実際に、Cさんから、Bさんに、書類が移動した!

手渡したという記憶は、Cさんの記憶の中にしかないことなのか?

Cさんが、Bさんに、あの書類を渡したという記憶がなかった場合、記憶にないのだから、いまだにCさんの手元に書類があるということになるのか?

移動したのだから、記憶に関係なく、書類は、Bさんの手元にあるということになる。Bさんが、Cさんから受け取った書類をどこに置いたかは、別の問題だとする。

じゃあ、BさんがCさんから受けった書類を「Bさんの机」についている引き出中に入れたとする。そして、Bさんがそのことを忘れてしまったとする。

そうしたら、「Bさんの机」についている引き出のなかの書類は、記憶とともに、焼失してしまうのだろうか。

そんなことはない。

引き出しの中に入れたという記憶がなくても、引き出しの中に入っている。ただし、だれも、Bさんの引き出しのなかから、書類を出さなかったということにする。

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ようするに、過去の出来事が、現在の状態をつくりだしているのである。

過去の出来事が、過去の記憶の中にしかないなら、移動もしていないはずなのである。過去の記憶がなくなったとしても、移動した結果が残っているのである。

どうしてかというと、過去において実際に発生した出来事だからだ。過去の出来事というのは、現在の状態に影響をあたえるのである。

過去の出来事の記憶を喪失したとしても、過去の出来事が発生したということは、現在のありかたに影響をあたえているのである。

過去は記憶の中にしかないなんて、よく言えたものだな?

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だいたい、この人たちは、今現在とかこの瞬間という言葉を使うと、ほんとうに、時間の長さがない瞬間を思い浮かべてしまうのである。

だから、「今現在しか存在しない」ということを言うのである。「過去は記憶の中にしかない」ということを言うのである。

今現在というのは、じつは、時間の長さがあるものなのだ。どれだけ時間を短く区切っても、「今現在」という瞬間を切りだすことができない。過去のある時点から、仮に表現する現在までの時間の長さのことを、今現在と言っているにすぎない。

今現在と言った瞬間に?それが、過去の出来事になってしまうのだ。「い」と言った瞬間に「い」と言ったということが、過去の出来事になってしまうのだ。

だから、今現在と言っても、時間の幅があるものだ。時間の長さがあるものを、今現在と言っているのだ。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。