2019年8月24日土曜日

「あいつ、絶対、しずかさせてやる」と闘志を燃やして、帰る。

買い物行ってきた。
さみしいなぁ。あーー。「ただいま」とか言ってもだれもいないしなぁ。けど、これで、誰かといっしょに暮らしていたらどうなんだろう? あー。ともかく、ヘビメタで人間関係がズタボロだ。いっしょに生活している人じゃなくて、たんなる友達との人間関係もズタボロだ。

ただ、これで、たとえば、今日の午後二時友達と会う約束があるとする。それで、楽しいかというとそうじゃないんだよ。午後二時まで起きていられるかどうかわからない。午後二時はいまの睡眠リズムだとだいぶ眠たくなる頃なので、眠たい体を引きずって動くということになる。そうなると、ヘビメタ騒音で眠れなかった朝の状態とおなじ状態になってしまう。そうなると、いいようのない感情に襲われる。ま、あ、鬱になる。
ヘビメタ騒音の数千日がとてもくるしかった。特に、夏休みはくるしかったな。毎日、一日に一四時間のヘビメタ騒音だからな。ずっとたたられて、くるしかったよ。夏休み宿題も出なくてくるしかったよ。友達のうちに、それこそ、行ったけど、ヘビメタ騒音のなかから出ていって、へびめたそうおんのなかにもどってくるとういう状態だからくるしかった。あたかも、友達のうちに行く時間、友達のうちにいる時間、友達のうちから帰ってくる時間は、ヘビメタ騒音が鳴ってないのだから、ヘビメタ騒音の影響がない時間(対)だと思うかもしれないけど、ちがう。毎日ずっと、何時間も何時間も、十何時間も十何時間も鳴っていると、ちがう。ほんとうにくるしかった。これ、経験した人じゃないとわからないんじゃないかな。夏休みの四〇日でもいいから、一日に一三時間(じゅうさんじかん)一四(じゅうよじかん)の騒音を経験してみなよ。その騒音は、あなたが一番嫌いな音の騒音だとする。それが、一日に一四時間……これがどういうことかわかる。残りの一〇時間だって、くるしくてくるしくてたまらない状態になる。けど、他人は他人だから「すべては受けとめ方の問題だ」とか「楽しい楽しいと言えば楽しくなる」「しずかにさせることができなかったのなら、自己責任」とか「過去は関係がない」とか「だれだって、騒音ぐらいある」とか「だれだって、つらいけどがんばっている」とか言いやがる。これ! これ!
これが、俺をどんだけくるしめたか。俺の中学三年間、俺の高校三年間が、どれだけ、こういうたてまえで塗りつぶされていたか。他の人の愚痴を言えない状態でヘビメタのハンディを抱えて生きてきて、さらに、そういうことを、一八歳以降は言われなければならない状態になる。そういうことを言うやつは、実際にはヘビメタ騒音に一日に一四時間たたられたことがないやつなんだぞ。それが四〇日間続く夏休みを経験したことがないやつなんだぞ。そいつは、四〇日間、いつでも勉強をしようと思えば勉強ができる状態だったんだぞ。
それがどういうさになるか、受験競争が激しい時代を生きてきた人にはわかるはずだ。だいたい、こういうことだと、勉強もできなくなるし、働くこともできなくなる。体力がうばわれるからな。もう、書いたから詳しくは書かないけど、教師に「どうして、夏休みの宿題をやってこなかったんだ?」と聞かれて、「ヘビメタ騒音でできなかった」とこたえたにもかかわらず「そんなの、お兄さんに言えばいいじゃない。ともかくちゃんとやってきて」と言われたときの気持ちは、ない。あんなのない。どれだけ、くやしいか。気違い兄貴の気違い姿が思い浮かぶ。「あいつ、絶対、しずかさせてやる」と闘志を燃やして、帰る。で、殺す勢いでぶつかる。けど、気違い兄貴は気違い野郎だから、自分がやることしか考えてない。そして、気違い兄貴の「静かにしてやる」が親父の「ハンダゴテ」とおなじようにまったく意味がない譲歩なのだ。だから、気にしないで静かにせずに鳴らす時間と、気違い兄貴はゆずってやったつもりで鳴らす時間だけになるということになる。ゆずってやったつもりの時間は、長くて一日に一〇分、どれだけ言っても、一五〇日に一回ぐらいかそういうことをしないという割合だ。そういうけちくささ。気違い兄貴よ、言っておくけど、俺が「宿題をするから静かにしてくれ」と言ったとき、俺は兄貴を刺し殺してもいいような気分だったんだぞ。そのくらいの気持ちだったんだぞ。そのくらい真剣だったんだぞ。毎回毎回。けっきょく、しずかさせられずに、自分の人生を「ふいにしてしまった」けど。そりゃ、しずかにさせることができないなら、自滅するしかない。「できないじょうたい」になってしまう。「かよえないじょうたい」になってしまう。「はたらけないじょうたい」になってしまう。

「ハンダゴテとおなじように」と書いたけど、実際には「ハンダゴテを持ってくるのとおなじように」ということだ。親父も兄貴も、どっちとも、「やってやった」という気持ちになる。これ、一秒でもほんとうに我慢させられたら、煮え湯を飲まされたのとおなじ気分になる。だから、一秒すぎたら「こんなことやってられるか」と怒り狂った状態になって、がむしゃらに無視してやり出す。けど、そのあと、一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、七時間、八時間、九時間、一〇時間と、一〇時間ならしたにしろ、一分も鳴らしてないのとおなじ気分なんだよ。一回も「静かにしてくれ」といわれなかった気分なんだよ。矛盾しているようだけど、「やってやらなくてもいいのに、静かにしてやった」と思い込んでいるような状態なんだよ。

   *   *   *

「がむしゃらに無視してやり出す」と書いたけど、これ、ほんとうに、気違い兄貴と気違い親父で、態度がおなじなんだよ。状態がおなじなんだよ。あのとき、「無視している」つもりはないのかね? それは、ぼくにはわからないけど、完全に無視した状態になって、無視していることも無視した状態になっているとしか言いようがない。おかは真っ赤だよ。だから、無意識的には、言われたことがわかっている。言われたないようがまったくわかってないのとはちがう。けど、あたかも、(時間がすぎれば)(ようするに、自分がやりたいようにやりきれば)まったく言われなかったような感触になってしまう。

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やっぱり、この人生はおかしい。どうして俺だけ、気違い兄貴と気違い親父のハンディがあるんだ。気違い兄貴の騒音と気違い親父の奇行をくらべると、気違い兄貴の騒音のほうが、俺に与えた影響がデカイ。一兆倍ぐらいちがう。たとえ、気違い親父にやられたとしても、気違いヘビメタ騒音がなければ俺は自分の力で自分の人生を選び取ることができた。

気違いヘビメタが鳴っていた人生……。こんなのはあり得ない。気違いヘビメタが鳴っているということは、自動的に「たにんになめられる」ということなのである。ヘビメタ騒音が鳴っている以上「はねかえす」力がない。ヘビメタ騒音の連続のなかで「はねかえす」力がなくなってしまう。

ヘビメタ騒音はタンル騒音の問題じゃないのである。実際に気違いヘビメタにたたられたことがない人は、そのこところがわからない。実際にあの気違いの音が続いたらどうなるか、からだでわかっている人しかわからない。わからないところで、「わかったようなことを」言う。もし、地球上にぼくひとりしか、体験的にわからないのであれば、ぼくは、他の人すべてを敵にまわすことになる。これは、自動的にそうなる。こんなのない。実際にあの気違いの音が続いた人間……ぼくと、それ以外の人間……。俺だけが圧倒的少数。こんな世界、ない。やつらは、ヘビメタ騒音なしの基準で、説教をする。キレイゴトを言う。役に立たないアイディアを言う。ヘビメタ騒音なしの基準で俺の行動を判断する。ヘビメタ騒音なしの基準で俺の履歴を判断する。こんなのはない。全部判断がまちがっている。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。