2026年7月14日火曜日

●「体力エネルギーなんて関係なく、できると言えばできる」■社会※2026/07/14 10:56

ちょっと、気楽に話したいと思う。基本、ラフな話になってしまう。

ようするに、厳密な話ではない。

だから、そういう前提で読んでほしい。

たとえば、AさんとBさんがいたとする。Aさんは標準的な体力がある人だとする。Bさんは、ものすごく、体力がない人だとする。

この体力というのは、体力測定で測れるような体力ではなくて、生活するための体力だ。

とりあえず、体力ではなくて、体力エネルギーと言っておこう。

Bさんは、病気になって、自力でトイレに行くのも、やっとだという状態だとする。Aさんは、普通に働いている。

で、Bさんの体力エネルギーというのは、一だとする。Bさんがつかれているときの体力エネルギーは、〇・一だとする。

Aさんの体力エネルギーは一〇〇だとする。そして、Aさんが「つかれた」と感じるときの体力エネルギーが九〇だとする。Aさんは、つかれていても、ちょっとやる気を出せば、たいていのことができる状態であり、当然、Aさんがつかれているときも、自力でトイレに行くことぐらいは、簡単にできることだ。

だから、そもそも、基準がちがうのである。

けど、両方とも、「つかれた」という言葉で、自分の状態を表現しているとする。

その場合、Bさんがつかれている状態というのは、Aさんが経験したことがないつかれている状態なのだ。Aさんがつかれているとき、Aさんの体力エネルギーは九〇ある。Bさんは、通常の状態で、体力エネルギーが一で、Bさんがつかれているときは、体力エネルギーが〇・一ぐらいになってしまう。

Aさんが「(自分は)つかれている」と表現しているときの体力エネルギーが九〇で、Bさんが「(自分は)つかれている」と表現しているときの体力エネルギーは〇・一だ。

九〇〇倍の差がある。

AさんとBさんは別の個体なので、AさんにBさんの『つかれ方』が伝わるわけではない。その場合、Aさんには、Bさんのつかれは、わからないということになる。

わからないということが、前提として成り立つ。

しかし、「つかれている」という表現で状態がわかるという前提で、AさんとBさんが生きているとする。その場合、Aさんが「つかれている状態」として想像できるのは、自分がつかれている状態のときの状態なので、体力エネルギー九〇の状態なのだ。

だから、Aさんは……Bさんが「つかれている」と言ったときも、だいたい九〇ぐらいの状態なのだろうと仮定して考えてしまう。

しかし、実際には、九〇〇倍の差がある。

ぜんぜんちがう「つかれ」について、語っているということになる。

ライフハック的な言い方は、条件を無視したものなのである。「言えば言ったことが、現実化する」……条件なんて関係がない。「思えば、思ったことが、現実化する」……条件なんて関係がない。「努力すれば、成功する」……条件なんて関係がない。「感謝をすれば、運があがるので、幸福になる」……条件なんて関係がない。「掃除をすれば、運があがるので、幸福になる」……条件なんて関係がない。

ほかにも、条件を無視した言い方は、いろいろとある。「すべては、受け止め方の問題なので、受け止め方をかえればいい」……条件なんて関係がない。「すべては、自己責任だ」……条件なんて関係がない。

ライフハックの言い方というのは、基本的に、条件を無視した言い方になるのである。しかし、条件はある。 

たとえば、「できると言えばできる」ということについて考えてみよう。

「できると言えばできる」のだから、どんなことだって、どんな状態だって、できると言えば、できるのだ。

「できると言えばできる」という言い方は、最初から、「条件」を無視した言い方なのである。「努力をすれば成功する」という言い方も、最初から「条件」を無視した言い方なのである。「できると言えばできる」という言い方にも「努力をすれば成功する」という言い方にも「体力エネルギーのちがい」という条件はまったく出てこない。

だから、これらの文について、Aさんが正しいと思っている場合は、「体力エネルギーなんて関係なく、できると言えばできる」と思っていることになり、「体力エネルギーなんて関係なく、努力をすれば成功する」と思っているということになる。

まあ、「努力をすれば成功する」という言い方については、そのうち、機会があったら、考えるとする。いまは、「できると言えばできる」という考え方だけについて、考えるとする。

Aさんが考える「人間がつかれている状態というのは、体力エネルギー九〇の状態」だ。だから、つかれているにしろ、じゅうぶんに動ける状態だ。余力があるのである。

その場合、Aさんは、そういうじゅうぶんに動ける状態のつかれしか経験したことがないので、Bさんのつかれも、そのようなものだろうと思ってしまう。

Bさんが「つかれて動けない」と言えば、そのようなつかれた状態を想像して、Bさんに対して「そんなのはあまえだ」と言うのである。

実際に、Aさんが、Bさんに「そんなのはあまえだ」と言ったとする。

つかれていたって、「できると言えばできる」のである。Aさんのなかではそうなのである。

Aさんは、「Bさんがつかれたと言った」ということを理解できる。しかし、Bさんのつかれについては、理解しているようで理解していない。

あくまでも、自分が体力エネルギー九〇のときに感じるつかれについて考えているわけだ。だから、Bさんが「できない」と言えば、Aさんは「そんなのはあまえだ」「できると言えばできる」と思ってしまう。実際に体力エネルギー九〇のときは、できると言わなくても、できるのである。
 

Aさんは、じつは、Bさんが感じているつかれについて考えることができないのである。経験していないので、経験から、考えることができない。しかし、自分が、Bさんが感じているつかれについて正確に理解していないということについて、無頓着なのである。

だから、ほかの人が経験したことがないような「つかれ」を感じている人は、不利な立場に追い込まれることになるのである。Bさんのまわりの人が、みんなAさんみたいな人だったら、「そんなのはあまえだ」「できると言えばできる」と言われることになる。

特殊な環境で、不可避的な条件によって、どうしても、つかれる状態というのがある。それが、たまりにたまってしまうということもある。ほかの人が、このつかれを感じないのであれば……つまり、ほかの人がこのつかれを経験したことがない人なのであれば……どれだけ言ったって、ほかの人の理解なんて得られないのである。

だから、きちがい家族によって、疲労がつみかさなるような状態で暮らしていると、ほかの人から、むなくそ悪いことを言われるということになる。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。