さてさて、どうするかな。不満や、いやなことを思い出すということはあるけど、夜のような、不安はない。
これ、最近、夜の不安がすごいのだ。
いまは、平気だけど、いつくるか、わからないところがある。夕方ぐらいからくることもある。じつは、明るいうちからくることもある。なんらかのきっかけがあると、ものすごく、不安になる。
あとは、全般的に動きたくないという気持ちがある。じつは、寝床からも出たくない。動きたくない気持ちを押し切って、出てきて、動いているわけ。
ものすごく不安ではないときも、鬱はある。まあ、これをどうにかしたいのだけど、どうにかするのは、無理かもしれない。いくつかの条件がそろわないと、どうにかできる状態にすらならない。
ヘビメタ騒音以降の人間関係というのが、不愉快なものばかりなのだ。もちろん、ヘビメタ騒音期間中の人間関係も、だんだんとくずれていった。くずれるしかないんだよな。
けっきょく、親友ですら、実際に経験したわけではないので、「自分だったらどうにかなる」という前提でものを言ってくるようになる。
きちがい兄貴が、俺の言っていることを無視して、頑固にきちがいヘビメタをありえないほど長い時間鳴らしたことによって、ぼくの人間関係が、ボロボロになるのだ。
これ、よその人は、理解しない。
ここでずっと書いていることを理解できる人が、ほとんど、いない。
けっきょく、ほかの人にとって、ヘビメタ騒音の問題は、たいした問題じゃない。
自分が実際に経験しなかったから、どういう影響を与えるのか、自分の体を通して、知っているわけではないので、『軽く』見るのだ。
あるいは、完全に無視してしまう。
「なんだ!そんなの」という反応をするやつが多かったよ。「そんなのは、お兄さんに言えばいい(ちゃんと言えば、わかってくれる)(ちゃんと言わないからダメなんだ)」という反応をするやつも、多かったよ。
ほかの人にとっては、そういう問題でしかない。
ところが、ぜんぜんちがうのだ。
最大限の努力をしても、不可避的に、ボロボロになるしかない問題なのだ。
これがわかっていないんだよね。
ほかの人から「なんだ!そんなの」と言われることも、「そんなのは、お兄さんに言えばいい」と言われることも、俺にとって、いやな体験なんだぞ。たとえばの話だけど、俺と同等の騒音を、経験した人が、 「なんだ!そんなの」と言ったり、「そんなのは、お兄さんに言えばいい」と言うと思うか。
言わない。ようするに、俺と同等の騒音を経験したことがない人が、「なんだ!そんなの」と言ったり、「そんなのは、お兄さんに言えばいい」と言ったりする。
何度も言うけど、ほかの人からほかの人から「なんだ!そんなの」と言われたり、「そんなのは、お兄さんに言えばいい」と言われたりすることは、俺にとって、不愉快なことなんだよ。
これは、きちがい兄貴が、きちがい的なこだわりで、騒音を鳴らさなければ、発生しなかったことなんだよ。きちがい兄貴が、こいつらが理解できないことをした。
きちがい兄貴が、こいつらが「影響」を理解できないことをした。こいつらの家族は、きちがい兄貴みたいなことを、こいつらにしていないのである。
だから、こいつらは、自分の身を通して、経験していない。自分の身を通して経験していないので、「そんなのは関係がない」とはっきり言うことができる。
はっきり言っているけど、それは、間違ったことを、はっきりと言っているだけだ。
言霊主義者とおなじなのである。言霊主義者の場合は、このうえに、「言えば言ったことが(言霊の力によって)現実化する」という妄想的な思考があるから、言えば問題が解決するようなことを言う。
「できないと言うからできないのだ」「無理だと言うから無理なのだ」と、間違ったことを言うだけだ。
基本的に間違ったことを言っているのだけど、言霊主義者が、間違ったことを言っているということを認めるということは、ほとんどない。
こういうレベルの思考力なのだ。
こういうレベルの認識なのだ。
もちろん、言霊主義者が、ぼくの経験をほんとうに理解してくれることなんて、ない。
ぼくが経験したようなことから発生する問題は、『言えば解決してしまうような問題』だからだ。
こんなのは、ない。
どれだけの影響があるか、ほんとうに、普通の他人は、理解しないのである。そして、きちがい兄貴の性格についても理解しない。そして、きちがい親父の性格についても、理解しない。
きちがい親父やきちがい兄貴が「はずれ値」で、普通ではないことを、毎日する人間だから、普通の人には、理解できないのだ。
どれだけ、こいつら……きちがい兄貴やきちがい親父の……影響を受けるか、ぜんぜんわかっていない。実際に、こいつら家族が普通の家族で、きちがい兄貴のよう家族ではないから、きちがい兄貴のようなことを、こいつらの家族がこいつらにしない。
実際に、こいつら家族が普通の家族で、きちがい親父のよう家族ではないから、きちがい親父のようなことを、こいつらの家族がこいつらにしない。
だから、こいつらは、普通に生きていける。
別に俺より優れているから、実際にきちがい兄貴が鳴らしたような騒音を経験しているけど、普通に生きているというわけではない。
普通に、通勤できる体で、通勤して仕事をして、生きているというわけではない。ひとつの理由としては、きちがい家族の騒音を経験していないから、普通の体を維持して、普通の仕事ができるだけだ。
こいつらだって、ほんとうに、きちがい兄貴相当の騒音を毎日十数年間にわたって、鳴らされ続けたら……特に、学生時代に鳴らされ続けたら……通勤ができない体になるのだ。
もちろん、証明なんてできない。
けど、ほんとうに、ぼくが経験した騒音生活を、こいつらがした場合、こいつらも、通勤して働くということができない体になると……ぼくは、確信している。
そういうものなのだ。毎日、ものすごくきらいな音が、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も、爆音で、続く場合、どうしても、どうしても、通勤・通学ができない体になる。
ところが、実際やられたことがない人は……実際にやられていないやつは、やられていない体で、「お兄さんの騒音」ということについて考える。
考えるだけ。
実際に、同程度の経験がないので、実際にあったヘビメタ騒音の影響を無視してしまう。実際なかったから「自分なら平気だ」と考えてしまう。
ほんとうに、毎日続くということは、こいつらが考えているようなことではないのだ。
無視できる音ではない。影響を受けないようにしようと思えば、影響を受けないようにできる騒音ではないのだ。
至近距離で、きちがい家族がきちがい感覚で鳴らしている騒音だ。普通の人が普通の感覚で鳴らしている騒音とは、ぜんぜんちがうんだよ!!!
影響を受けないわけがないだろ。
こいつらのことも、ほんとうに、ゆるせない。
きちがい兄貴のこともゆるせないけど、「影響を無視したやつら」のことも、ゆるせない。