あっ、それと、ちょっとだけ、説明しておく。基本的に、心理学の実験では、ものすごく悪い条件の実験はできないのである。
毎日、その人がきらいな音を九〇デシベルで、一三(じゅうさん)時間、聴かせる実験を一〇年間することなんてできないのである。倫理的な問題でできない。
悪い環境の実験をやるということができない。悪い条件の実験をやるということができない。だから、結果なんて出てこない。
そりゃそうだろ。
親がこれこれこういう虐待をしたら、子どもにどういう影響が出るか実験してみようと考えた人がたいとしても、倫理的な問題があるからできないのである。「楽しい楽しい」と言ったあと、「楽しい」と感じたかどうかの実験なら、こういう実験ではないので、できる。
まあ、この実験には、いろいろな問題がある。しかし、まあ、多くの被験者が、「楽しいと感じた」と自己評価したとしよう。
そして、統計的な処理をしたとしよう。
そうすると、多くの人たちが誤解をするような話が、流布するようになるのである。そうすると、実際に悪い条件で暮らしている人が、不愉快な思いをする頻度が高くなるのである。
どうしてかというと、多くの人が「楽しい楽しい」と言えば、楽しくなることは、心理学の実験で証明された?ことだと、誤解してしまうからだ。証明なんてしていないよ。
いっぽう、そもそも、実験ができないような「ものすごく悪い条件」に関しては、実験ができない。だから、人々が心理学的な実験で「証明された」と思うこともない。
うんと手短に言うと、まず、一〇〇%構文の文で言うということ自体が問題なのだ。
そして、さらに、人々が「証明した」とか「証明された」という表現を採用するときの問題もある。