2019年11月23日土曜日

「過去のことは忘れる」というマインドフルネス的言葉と記憶障害(1)

(実はこの前に長い話があるのだけど、それを書いてしまうと、傷つく人が出る可能性があるので、書かない)

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「過去のことは忘れる」という場合は、『自分にとって不都合な過去のことは忘れる』ということであって、別に、自分にとって不都合なことでなければ、忘れる必要がないのである。楽しい過去でも、その他の楽しい記憶が自分の成長を妨げるものであるのであれば、楽しい過去の記憶もいまの自分にとって「不都合なこと」になるのである。それは、『不効率』といってもいい。

過去の楽しい記憶があるから、いま現在のことに力が入らないということであれば、いま現在の自分にとって『過去の楽しい記憶』は『不都合なもの』であり『不効率なもの』なのである。いま現在の自分にとって、その楽しい記憶が『不都合なもの』であり『不効率なもの』になってしまうから、楽しい記憶であっても必要がないということになってしまうのである。

『楽しい過去を思い出す』ということが、現在の自分にとって『不必要なもの』であると現在の自分が判断しているなら、『楽しい過去を思い出すこと』は時間のむだなので、避けるべきことなのである……その人にとっては!! 

それは、実際に過去のことを忘れるということではない。ちゃんと日常生活に必要な分は、覚えている。『いま現在の効率』『(究極まで効率を考えた)時間の使い方』を考えるから、過去のことについて考える時間がむだな時間になるのである。

しかし、実際には、そういうことをやっている人は、『過去』について、ちゃんと、記憶している。

なので、ちゃんと仕事ができる状態を維持している。健忘症や認知症の記憶障害というレベルで『過去の記憶がない』わけではない。
たとえば、誰かと話して『明日の午後二時に●●病院に来てください』と言われたとする。あるいは、『明日の午後二時にミーティングをするので、第一会議室に来てください』と言われたとする。それを忘れてしまったらどうなるか? 

日常の業務に差し障りが出るレベルで『過去の記憶がない』ということになる。なら、「明日の午後二時に第一会議室に行く」というようなメモを書いておけばよいということになる。

しかし、メモを書いたということを忘れたらどうなるか? 適切な時間にも目を見ることができないので、第一会議室に行けないということになる。じゃあ、メモを書いたということは覚えておけばよいということになるかも?しない。

けど、書いたにしろ、今度はどこにメモを置いたか覚えていなければ、『書いたことは覚えているけど』肝心のメモがどこにあるかわからないということになってしまうのである。

メモを書いたという記憶も、メモを机の上に置いたという記憶も、実は、『過去の記憶』に他ならないのである。

この場合の記憶は、『現在の自分にとって』有益だから、『過去の記憶なんてどうでもいい』『過去の記憶なんてどうでもいい』なんてことにはならないのである。

いま現在の会議に参加するには、過去においてその会議について情報を得たから、その会議に参加しているのだ。そして、その情報を忘れなかったから、その会議に参加しているのだ。

別に、どうでもいい会議であればどうでもいいけど、これが重要な会議だったらどうなるか? 重要な会議なら出る必要があるのではないか。

現在の自分にとって重要な会議に出れるということは、その会議に関する情報の記憶があると言うことなのである。なので、『過去のことなんてどうでもいい』とは言えない。

この人たちが言っている『過去のことはどうでもいい』とか『過去のことは忘れる』というのは、自分にとって不都合な過去のことはどうでもいいということであり、いま現在の自分にとって『必要ではない』過去の記憶は忘れるほうがいいということなのである。

別に『過去のことは忘れる』と言っても、すべての過去のことを忘れてしまうわけではない。

だいたい、会議の時間のことについて述べたけど、『時間の読み方』だって、おぎゃーとうまれた時点ではわからない。おぎゃーとうまれた時点で、時計の読み方を知っているわけではないのだ。一日は二四時間で、一時間は六〇分だということを知っているわけではない。

午後二時の会議に出るには、午後一時五八分には、自分がいつもいるオフィスの部屋を出なければならないというのは、時間を計算していることになるから、時間の計算もできないとなると、そもそも、そういう行動をとれないということになる。

時間の概念も時間の計算もともに、過去の記憶を保持しているから可能なことなのだ。

たとえば、会議室ではなくてその会社に行くことを考えるとする。その場合、自分のうちからその会社にいまでの時間を考えなければならない。会社の会議室に午後二時に行くには、少なくても、午後一時には家を出なければならないということは、時間の計算方法がわからなければわからないことなのだ。そして、これは、記憶の成果だ。学習というのは、記憶に他ならないのだから。つまり、『過去なんて関係がない』とか『過去のことは忘れる』というような『格好いい』言葉さえ、過去の記憶がなければ発することができないものなのである。

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ともかく、ヘビメタ騒音でくるしい。
いまもくるしい。気違い兄貴のやつ、まったくつもりがないまま、鳴らしたのか。何万回も言ったのに、何万回ももめたのに、「まったくつもりがないまま」なのか。親父と兄貴なら、そういうことも可能だろうな。態度を考えると、気違い兄貴の場合、ほんとうに、ひどいことをしているつもりがまったくないんだろうな。気違い的な意地でひどいことをしまっていたのに……。いま住んでいるところでやってみろ。一〇分でわかるよ。それを、一日に十数時間やっても、家族なら、まったく気にしないでいることができた。そういう「家族」なんだよ。



わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。