2019年11月17日日曜日

影響のデカさが普通のひとにはまったくわからない


気違い兄貴のヘビメタノやり方というのが、普通のひとにはわからないし、気違い兄貴のヘビメタを一日中浴びたとき、どれだけの影響が出るか普通のひとには、まったくわからない。

けっきょく、そういうことのギャップが、いろいろなことに影響を与える。佐藤氏の誤解だって、けっきょくは、気違い兄貴のヘビメタのやり方と気違い兄貴のヘビメタの影響の度合いについて、佐藤氏が理解してないということからしょうじることにすぎない。しょうじることにすぎないのだけど、でかすぎる。

ほんとうにヘビメタ騒音がなければ、貧乏でも特待生で進学できた。

影響のデカさがわかってない。中学時代、高校時代とヘビメタ騒音にずっとたたられ続けるということの意味が、他のひとにはわからない。

気違い兄貴にもわからない。気違い兄貴がまったくわかってないということに関しては、怒りを感じる。

そりゃ、気違い兄貴なんて、ほかのまったく関係がない人よりも、無頓着なんだから。

それは、もう、ほんとうに親父の態度、そっくりなんだよな。親父がかかわっていることに関する親父の態度とおなじ。気違い的な意地を張ってやったからしょうじることに関する親父の態度とおなじ。

本人はまったくやったつもりがないのである。「まったくやってない」と認識しているひとの態度おなじなのである。気違い兄貴も、自分がこだわってこだわって、どんな時間も、自分のこだわりの音で鳴らしているのに、「そんなことはまったくやってない」という認知が成り立っている。気違い的な意地でやりきったことに関しては、ほんとうにまったく関係がない人のつもりでいるのだ。

一方で、たとえば、「鳴らした」ということに関しては、気違い兄貴は、記憶があるのである。ものすごくデカイ音で鳴らしたという記憶はない。

どうしてなら、ものすごくデカイ音で鳴らしているとき、「たいした音で鳴らしていない」という認知が成り立っているからだ。だから、鳴らしたという記憶はあるけど、デカイ音で鳴らしたという記憶はないということになる。

けど、もうひとつ言っておくと、たとえ、デカイ音で鳴らしたにしろ、「まったく鳴らしてないのとおなじ態度」なのである。これは、まったく鳴らしてない場合とおなじ気持ちでくらしているということだ。そのくらいに、関心がない。どれだけ言われても関心がない。関心がしょうじない。自分がやることは決まっているので、それを絶対の意地でやり続ける。

けど、相手に与えた影響というのはほんとうに、無視しているのである。ゼロだと思っているのである。どれだけ何万回、強く言われたって、「やったってやってないのとおなじ」態度なんだよ。おなじ認知が成り立っている。

そのくらいに、相手のことについて考えることができない。これは、気違い親父の態度とおなじだ。一家にふたりそういう人がいるんだぞ。これがどういうことかわかるか?

気違い兄貴が、以後に夢中になるならまったく問題はないけど、気違い兄貴が、デカイ音でヘビメタを鳴らすことに夢中になったら、こっちの生活が壊れてしまう。その深刻さが、また、他のひとにはまったくわからない。俺がどういう気持ちで暮らしているかわからない。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。