2020年2月1日土曜日

しかも、家族。


いろいろと他の人から誤解を受けてつらかったという気持ちになった。いろいろなシーンが浮かんでくる。ほんとうに、ヘビメタ騒音以降、他の人に誤解されまくりだ。

他の人は、俺じゃないから、ヘビメタ騒音がどれだけすごい音でなっているかわからないし、ヘビメタ騒音がずっと鳴った場合、どれだけ、体に影響が出るかもわからない。

わかってないところでものを言う。

俺にわかったようなことを言った人たちが、今世の記憶を保持したまま、一一歳のときから、ずっと、自分が一番きらいな騒音にさらされる人生を歩んだら、きっと、「こういうことだったんだな」ということがわかると思う。

佐藤にしたって、自分で体験すれば、来世の佐藤にとっての一番嫌いな音……俺にとってのヘビメタ騒音が……どれだけ「からだにのこるか」わかる。わかるようになると思う。

ヘビメタ騒音が人生全体にどれだけでかい影響を与えるかわかる。わかるようになると思う。

ヘビメタ騒音の結果、ひととあらそわなければならなくなるというのがわかる。わかるようになると思う。

こいつら、ほんとうに、まったくわかってないんだからな。想像しろ。まあ、想像してもわからないか。うちの兄貴は、この人らの想像の範囲外にいる。だから、想像しようと思ってもわからない。

「そんな人、いるのかな」なんて、疑問を持つ。

じゃあ、来世で、うちの兄貴のような家族に、たたられてごらんよ。わかるから。『こういう人もいるんだな」というのがわかる。気違い兄貴がどれだけの意地でやっているかわかってない。

普通の人は、それ自体がわかってない。気違い兄貴の意地なんて他の人にわかるわけがない。気違い兄貴の「やってない」感覚だってわかるわけがない。兄貴は、あれだけデカイ音で鳴らしているのに、デカイ音で鳴らしてないと思っているということ自体がわからない。

そんなことはないだろうと『普通の人は』思う。

聴覚が正常なら、デカイ音で鳴らしているときはでかい音で慣らしているという認知が生じるはずだと思っている。ところが、どっこい、そうじゃない。そして、普通の人以上に、気違い兄貴がその点についてわかってない。

わかってないから、どれだけ「やめてくれ」と言われても、まったく気にしないでずっとずっと鳴らし続けることができる。普通は、気にする。普通は気になる。

どうしたって、本人が「これはないな」と思うほどデカイ音で鳴らしていれば、「デカイ音で鳴らしすぎている」ということが気になるし、そういう状態で鳴らしているとき「やめてくれ」と言われたら「やめてくれ」と言ってきた人のことが気になる。

「やめてくれ」と言ってきた人が、こまっているということがわかる。自分の騒音でこまっているということがわかる。けど、気違い兄貴は、まったくわからない。親父のように、怒っておしまいだ。

これ、ほんとうにうちの親父と、ウチの兄貴の反応がまったくおなじなんだよな。あれは、ほんとうにわかってないよ。自分の腹が立ったという感覚しかない。自分にとって不都合なことを言われたから、腹が立った……それだけ。相手のことなんて、微塵も考えない。考える脳みそがない。

だから、自分が腹を立てたあと、ずっと馴しづけても、なにも感じない。「相手がこまっているのだろう」ということが頭の中にまったくない。そういう状態でどれだけ言われても、まったく悪気がないまま、迷惑をかけてないつもりで鳴らし続けることができる。

こういう人間にやられたことがない人はわからない。

しかも、家族。

『家族なんだから、話せばわかってくれる』と普通の人は考える。『ちゃんと言わないから、お兄さんがわかってくれないだけなんだ』と考える。『エイリさんがちゃんといわないからだめなんだ』と考える。そして、「お兄さんに言えばいい」と助言をする。その助言についてぼくが、上(右に修正)で述べたようなことを言えば、不可思議な顔をする。今度は、助言してくるやつが、俺の言うことを認めない。こういうしくみになっている。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。