2020年2月3日月曜日

今世のそういった記憶を保持したまま、この世で一番嫌いな音を聞かされ続ける人生を来世ですごしたなら


ちょっと掃除をしたあと、洗濯をして、洗濯物を干したあと、また、掃除をした。しかし、だるい。もうれつにだるい。これはもうだめだな。

ヨソの人たちが考えるヘビメタ騒音と、俺が体験したヘビメタ騒音がちがいすぎる。俺が体験したヘビメタ騒音について、俺が述べるわけだけど、俺が述べたことによって『ヨソの人たち』のなかにできあがるヘビメタ騒音のイメージと、俺が体験したヘビメタ騒音のイメージはちがう。

これが、いろいろな「いさかい」の原因になる。


なんてたって、『鳴ってたって、たいしたことはない』と思う人たちにとっては、俺の「障害」がゆるせないことになるわけだから……。俺が、俺の、障害を考えて、「できない」と言うことを、彼らはゆるさないわけだから。

どうしてなら、そんなに深くてデカイ障害になるわけがないと思っているからだ。だから、俺が言っていることは、まちがっているように感じるのである。

要するに、彼らにとって見れば、ヘビメタ騒音は「できない」理由にならない。

しかし、今世のそういった記憶を保持したまま、この世で一番嫌いな音を聞かされ続ける人生を来世ですごしたなら……おくったなら、こういうことだったのかとわかるはずだ。

けど、そんなのはなくて、今世でのできごとしか脳みそにないわけだから、『ヘビメタ騒音でできなんてことはない』『過去のことは関係がない』『鳴り終わっているのであれば(いまの状態には)関係がない』と思ってしまうわけだ。

いま、2020年02月02日13時26分09秒
日曜日の午後一時二六分で、日曜日の午後一時二六分は、鳴っていた。何年間も、十何年間も、日曜日の午後一時二六分は鳴っていた。そして、午後七時一〇分から、午後七時四〇分までの休みはあるけど、他の時間はすべて、気違い的にデカイ音で鳴っている。

ヨソの家じゃ、絶対に一分だってあり得ないような音で鳴っている。で、俺の部屋は、騒音地獄になっている。もちろん、二〇メートル離れたところでどのように聞こえるのかは知らない。けど、俺の部屋は、騒音のうずだ。

以前、幼稚園の園児の出すキーーという音について考えてみたことがあるのだけど、やはり、距離によってだいぶちがう。それこそ、受けとめ方がだいぶちがう。

これは、実際に距離によって物理的な音のデカさが変わっているから、受けとめ方に差ができる。

気違いヘビメタ騒音は、幼稚園生の絶叫でいうと、耳元で絶叫している音よりもデカイ音だ。で、それは、一〇メートルも離れれば、『許容できる音』になる。

実際、平日は、ずっと、二百何十人の幼稚園生の絶叫にさらされる。もちろん、全員が同時に奇声を発してるいるわけではなく、数十人が同時に奇声を発生しているレベルだと思う。

一人だけに注目すれば、奇声をできるだけ全力で発生しているときと、黙っているときがあるわけだけど、数が多いと、誰かが奇声を発生しているとことになる。しかし、外壁を隔てて、一〇メートルぐらいの距離があるために、ヘビメタ騒音よりは、静かだ。ずっと、静かだ。



気違い兄貴のヘビメタ騒音は、二百人の園児が「みみもと」でぜっょきうしているのよりもうるさい。そういう、ドタバタした音だ。いてもたってもいられない。落ちけつない。どれだけ落ちつこうと思っても落ち着けない。ともかく鳴ってたら、くるしい。


『ヘビメタ騒音がどれだけ鳴っていると言ったって、たいした音じゃない』『ヘビメタ騒音が鳴り終わったのであれば、そんなのは関係がない』と思っているやつは、ただ単に想像力がたりないだけだ。そういう人の経験に対して、だぶん、過小評価する傲慢な体質なのだろう。頭の体質。


関係がないわけないだろ。ほんとうに頭が悪いなぁ。

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毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。