2021年1月12日火曜日

どーーーーーしても、くるしい。どーーしても、くるしい。

 ヘビメタが鳴ってた。ヘビメタが鳴ってた。ヘビメタがものすごい音で鳴ってた。も~の~す~ご~い音で鳴ってた。鳴ってた。くるしい。いたたまれない。くるしい。ヘビメタが鳴ってた。俺は、まるまるまる。ここで、きちがいヘビメタが、どれだけ言っても、鳴ってた。一日に、何十回「やめろ」と怒鳴り込んでいると思っているんだ。ずっと鳴らしてたじゃないか。あれで譲ったつもりとか、ほんとうに、頭がおかしい。無制限にやってたんだよ。俺がどれだけ言っても聞かなかったんだよ。お母さんがどれだけ言っても、聞かなかったんだよ。

 

この雰囲気は、きちがいヘビメタ騒音の雰囲気だ。生きているあいだじゅうずっと、きちがいヘビメタ騒音の雰囲気だ。どーーーーーしても、くるしい。どーーしても、くるしい。

俺はほんとう、まるまるまる。まるまるまる。 

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 うっ、やばい。つまらない。

こころに火がともらない。

もう、だめどす。

そういえば、オペレーティングシステムのDOSがなつかしいな。 

コマンドラインでいろいろとやったよな。

あーつまらない。

なにをどうしていいか、さっぱりわからない。俺のこころはあのときのまんまだ。これが、つらいんだよ。しかし、長い。どーしょうもなく、長い。着地点はないなぁ。

旅行なんて、昨日も書いたけど……たぶん、行かない。行ったとしても、たぶん、楽しくない。たとえばの話だけど、普通の容姿を持っている20代の女と、どこかに行ったとしても、おもしろくない。ぼくが、ほれてないとだめなんだよね。かわいい女の人でも、きれいな女の人でも、ともかく、ぼくのほうがほれてないとだめなんだよね。もう、ねえぇわ。ない。ないね。

すべてが、おちている。すべてが、代用品。すべてが、まにあわせで使っているもの。けど、それですら、もう、手に入らないというね……。ほんとう、一日ずつ、サバイバルしているだけなんだけど……もう、それで、手がいっぱい。

もう、つかれたというのがある。かりに、ひとりで傷心旅行に行くにしろ、つまらない。つまらないと思う。まるで、死場をさがすような感じになってしまう。あのときのあれが、消えない。とてもつらい。なんとかして、楽しみたい。楽になりたい。楽しみたい。ヘビメタ騒音前の、普通の気持ちが欲しい。普通の楽しさが欲しい。けど、こんなことをどれだけ言っても、だめなんだよ。そして、あたりまえだが、ライフハックはまるで役に立たない。

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せめて、本ぐらいは、夢中になって読みたいというのがあるのだけど、それですら、かなわない夢になってしまったよ。全部、空中に、ぷかぷか浮かんでいる。ちからが入らない。

 

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どうして、俺だけヘビメタ騒音なんだ。みんな、ヘビメタ騒音で苦労してない。どうして、俺だけきちがい兄貴のハンディがあるんだ。みんなきちがい兄貴で苦労してない。苦労してないから、きちがい兄貴の頑固さがわからない。いったんやりだすとロボットのように続けてしまう。ほんとうに、どれだけ言っても、やめてくれなかった。一分間ですら、ちゃんと、ヘッドホンをして我慢してくれるということがなかった。これがすべてをものがたっている。ほかの人にはないからわからないんだよ。これも、くるしい。常に俺が誤解されるようにできている。そりゃ、ダイヤだって自分の経験ではないから「知っているけど」という前置きをして「どうにかなってくれ」ということを言うようになる。長いからな。その長いあいだ、ぼくが、不利な状況で、どれだけがんばってきたか。すべてマイナスなのである。こういう経験がないとぼくの言っていることがわからない。「元気だ元気だと言えば元気になる」といった言霊信仰者は、わからない。そういう人たちは、ヘビメタ騒音の一秒ぶんもわからない。すべてが敵対するようになってしまう。言霊信仰者だけじゃない。認知療法家もどき。認知行動療法家もどき。「すべては自己責任」と言うやつ。……そういう問題じゃないということがわかってない。どれだけの連鎖が起こるかわかってない。わかってない。こいつら、ほんとうは、わかってないから言っているだけなんだからな。自分が経験したら、絶対に、口がさけてもそんなことは言えない。連鎖が、わかってない。経験的に、連鎖がわかってない。体調がわかってない。何年も、毎日、積み重なったときの、体調がわかってない。

日本という「しくみ」のなかで、ヘビメタ騒音をやられて、どうしても社会生活ができなくなるということがわかってない。それが、どれだけのことかわかってない。ヘビメタ騒音で、社会的に抹殺された。立場がない思いをしてきた。それだけでも、ゆるされることではない。俺はあいつをまるまるまる権利があるんだ。ゆるせない。

そして、「ゆるせない」ということを言うと、坊さん気取りが、あほなこと言ってくる。なまはんかな精神世界の住民が、まったくわかってない状態で、あほなことを言ってくる。「つまらない」と言えば「つまらない」と言う「から」つまらなくなると、言ってくるあほが出てくる。「くるしい」と言えば「くるしい」と言う「から」くるしくなると言ってくるあほが出てくる。そして、きちがいヘビメタが鳴っている。どんだけつらいか。どんだけ、追い込まれるか。どんだけ、バカにされるか。きちがいヘビメタが鳴ってなかったら、そんなことになってないんだぞ。きちがい兄貴が、きちがい兄貴ではなく、普通の兄貴だったら、そんなことになってないんだぞ。 

どんだけ、うちのめされて、くらすことになるか。どんだけ、バカなやつに、バカにされるようになるか。ほんとうにきちがい騒音の効果がわかってない。みんなまるまるまる。まるまるまる。

 

バカなやつに気を使って、「そうですね」と言ってやる余裕はもうないよ。ヘビメタ騒音一年目で、ない。ほんとうに、この世でぼく以外の人は、きちがい家族による、しつこいヘビメタ騒音を経験してない。ほんとうに、爆音なんだからな。あんなのにさらされていいわけがないだろ。たまたま、家の前がでかい幼稚園だったから。たまたま、よその家が離れていたから。距離が一〇メートルちがえば、音のでかさはぜんぜんちがってくる。これもわからないんだろうな。俺の部屋は、爆音なんだよ。あの中で勉強はできない。勉強だけではなくて、好きな本を読むこともできない。テレビを見ることもできない。やったって、「騒音付き」だ。この「騒音付き」の負の効果がわかる人が、すくない。

 

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中学のとき放送委員だったんだけど、ヘビメタ騒音でボロボロになっていると、トラブルがしょうじる。あの場合、ヘビメタ騒音で「できない」という要素を除いて考えると……あるいは、「ヘビメタ騒音」という要素を除いて考えると、完全に、ぼくが悪いということになる。俺がふざけた態度で失敗したということになってしまう。そういうことが、積もりすぎ。そういうことが積もって、たとえば、「そいつ」との有効な人間関係なんてたもてるわけがない。そいつというのは、俺が迷惑をかけた人だ。ほんとうに、ヘビメタ騒音でいっぱいいっぱいだから、普通ならできることができなくなってしまうのである。普通というのは、ヘビメタ騒音が鳴ってない生活なら……ということだ。毎日毎日ヘビメタ騒音が鳴ってなかったら、普通に覚えることができた。そういうことが、おぼえられなくなる。トラブルが生じたあとに、ヘビメタ騒音が鳴っているからむりだ」ということを言っても、相手は認めない。そういうことが、積もりすぎた。「そんなのは、中学時代のことだから関係がないだろ」と思うかもしれない。けど、いまもおなじなんだよ。いまもおなじなんだよ。これも、俺が水銀中毒の話をして、ヘビメタ騒音中毒は水銀中毒とおなじだということを言っても、鳴りやんだら関係がない」「(水銀のように)効果が続くはずがない」と考えるやつだって出てくる。こいつらは、バカだからわかってないだけだ。こいつらがわかるようになるには、タイムマシンで、小学生時代に戻って、小学生時代から、毎日毎日、何時間も何時間も、自分がこの世で一番嫌いな音にさらされ続けるという生活をおくるしかない。そうしないと、わからない。自分がどれだけおろかなことを言っているか、そういう経験がないとわからない。どれだけ広範な障害がしょうじるかわからない。毎日のヘビメタ騒音が、人間としての能力をどれだけ押し下げるかわからない。わかってない。

ヘビメタ騒音は騒音だけど、騒音だけの問題じゃないと言っているだろ。これだって、わからないやつにはわからない。「そんなのは自己責任だ」というやつにはわからない。

ところで、「そんなのは自己責任だ」というようなやつは、ほんとうに、しょぼいやつ。こいつらは、ちょっと、自分の意見が批判されただけで、人格攻撃をしてくるやつらばかりだ。ぜんぜん「すべては、自己責任」と思ってないやつばかりだ。「そんなのは自己責任だ」と言う人は、ぼくがそいつを、なぐってなぐって、なぐってなぐって、一生、下半身不随になったとしても「それは、自己責任だ」と言えるような人間じゃなければだめなのである。ところが、どうだ? 実際には、「議論の範囲で」自分の言っていることがちょっと批判されただけで、人格攻撃をしてくる人間だ。俺は、議論の範囲でその人が言ったことを批判したけど、あくまでも議論の範囲だ。人格攻撃なんかしてない。けど、こういうやつにかぎって、ヘビメタ騒音のことをせめてくる。「ヘビメタ騒音、ヘビメタ騒音って、おまえがきちがい」とヘビメタ騒音のことについてせめてくる。かりに、ぼくの「議論の範囲での」批判が、本人にとって「ふゆかいなもの」だったとしても、それは、自己責任なんだぞ。普段から「すべては自己責任だ」と言っているのだから。どうして、批判されて不愉快になったということは、「自己責任」じゃないんだよ? ほんとうに、俺から見ると、そいつの言っていることは、いろいろなところで、間違った前提があった。こういうことも考えたほうがいいという意味で、議論の足しになると思って言ったことなのに、いきなり、はげしく人格攻撃をしてくる。それが、普段「すべては自己責任」などと他人に言っているやつのレベルだ。まあ、すべてのひとがそうであるとは言ってない。「ばかりだ」と言っているだけで、割合的には多いと思うな。「批判されたのは、自己責任だ」と思える人は、少数派。一生涯、からだが、動かないようになるようなことをされても、「すべては自己責任だ」とずっと続けて思える人は、少数派。一瞬の問題ではなくて、ずっと、生きているかぎり続く問題なんだぞ。そういう問題でも、ずっと「自分に落ち度はなかったけど、殴られたのは自己責任だから、自己責任」とベットの上で思える人は、少数派。ほかの自己責任論者は、実際の場面で、ちょっと批判されただけで、猛烈に怒って、「自己責任だ」とは考えない。怒って怒って、攻撃をしてくる。議論にならないだろ。労働の問題、アルバイトの問題、採用の問題について話したかったのに、人格攻撃をしてくる。

 

ところで、ヘビメタ騒音問題というのは、こういうふうに、「弱点」になってしまうのである。軒並み普通の人が、ついてくる。そういう弱点になってしまうのである。労働の問題は労働の問題として議論しなければならないのに、ちょっと自分の「傲慢な気持ち」に傷がついただけで「こいつはゆるせない」という気持ちになってしまう。「ヘビメタ騒音とか言っているやつだから、頭にくる」という気持ちになってしまう。

 

軒並み普通の人と言ったけど、そういう、軒並み普通の人が、「すべては自己責任」とか言っているんだよ。自分の実生活とは、切り離されているわけ。自分の感情とは切り離されているわけ。実際には、自分がうぬぼれた発言をしたから、俺に批判されただけなのに、それを「自己責任」とは思わずに、俺の人格攻撃しないと気がすまないような状態になってしまうやつなんだよ。そんなやつが、いっしょうがい」続くハンディを背負って、「自己責任だ」と思えるわけがないだろ。自分の問題として「すべては自己責任」という言葉の意味がわかってないだけなんだよ。 

すべては自己責任」など言っているやつは、「いっしょうがい」続くハンディを背負った場合のことは考えてないのである。ハンディと言ったけど、「いっしょうがい」続くいたみでもいいよ。「いっしょうがいつづく」不自由さでもいいよ。自分のほうに「落ち度」がないとして、自分が「いっしょうがいつづくようなハンディ」を他人に押し付けられたとしても、それを「自分の責任だ」とずっと考えられるやつだけ「すべては自己責任だ」と言ったほうがいい。しかも、これ、他人に言っているだけで、自分に、適応されてないんだよな。まず、自分に適応するべきでしょ。もし、自分に適応している人だったら、俺に自分が言っていることを批判されたとしても怒るということはないんだよ。ほんとうにまったくわかってないな。そういうレベルなんだよな……。多くの人の「自己責任論」のレベルは……。自分がまったく悪いことをしてないのに、誰かによって、生涯続くようなハンディを与えられた場合、ほんとうに「自己責任だ」と思えるかどうか、考えたほうがいいよ。他人に「すべては自己責任だ」など軽々しく言うやつは!!

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。