2021年1月2日土曜日

「感覚器ごとずれている人がいない」のだから、俺が、ウソを言っていると思うしかない


きちがい兄貴は、ほんとうにでかい音で鳴らしているのだけど、でかい音で鳴らしているという認知がない。どうして、ないかというと、でかい音で鳴らしたいからだ。これは、「裏切り」なんだよ。ほんとうにまったくわかってない。よその人は、これが、裏切りであることがわかってない。「認知」の裏切りだ。「感覚器」の裏切りだ。感覚器が正常であれば絶対に、認知できることを、「ふつーーに」認知しない。これは、「普通の感覚器」の信頼を裏切っている。普通のルールとマナーを裏切っている。だから、腹が立つんだよ。一方、よその人は、そういうことをされたことがない。きちがい兄貴やきちがいおやじといった、「精神病質者」である家族がいない。一緒に住んでいる人のなかにそういう人がいない。そうなると、わからいまま、俺を断罪することになる。そういう人がいないという前提で、俺の話を聞くから、俺が言っていることが矛盾していると思う。そりゃ、その人の常識のなかには、きちがい兄貴やきちがいおやじのように「感覚器ごとずれている人がいない」のだから、俺が、ウソを言っていると思うしかない。「俺が言っていることがほんとうだとしても、そんなのは、関係がない」ということになる。そりゃ、そいつには、関係がないことだからだ。俺には、「そんなのはおかしい。もし、そうだとしても、そんなことはどうでもいい」と思っているような態度をとる。「他人はかえられない」とか「受け止め方を変えればいい」とかと言う発言は、そういう気持ちがあらわれている。そういう発言は、そういうことを思っているから言える発言なのである。例としてあげておいた。……けど、俺が、細かいルールを破ることは、認めてないのである。そういう人たちは、俺の話のなかに出てくる逸脱行為は無視するのだが、俺の細かい逸脱行為は無視しない。『話で聞いただけの』……きちがいおやじの逸脱行為やきちがい兄貴の逸脱行為をゆるすのと同様に、俺の逸脱行為をゆるのかと言えば、ゆるさない。たとえば、遅刻することは認めない。これは、感覚器を裏切っている逸脱行為よりも、逸脱してない。これが、どういうことだかわかるか? わかるわけがない。ものすごいルール違反とたいしたことがないルール違反をくらべた場合、ものすごいルール違反はゆるすが、たいしたことがないルール違反はゆるさないということになる。

 

よその人は、うちのなかでおこっている大きなルール違反を許容しているのに、自分にかかわる範囲では、小さなルール違反を許容しないのである。俺が遅刻をしたって、「相手はかわらないから、自分を変えるしかない」と思えばいいだけはなしなのである。この場合の相手は、俺だ。自分を変えて、相手の遅刻を非難しないようにすればよいのである。話がずれているように思うかもしれないけど、「働かないこと」も同じだ。働かない相手を変えるのはむりだから、自分がかわればよいのである。働かない相手に説教をしたくなる自分をかえればよいということになる。


感覚器がずれているタイプの精神病質者が、家族にかける圧力が、半端じゃない。うちのなかで、感覚器がずれているタイプの精神病質者にやられた人が、よその人から、誤解を受けるようになっている。そして、ルールに対するギャップや、ルールに対するギャップに関する不公平感が生まれる。この不公平感は、並じゃない。復讐心にちかいものになる。そして、それは、こだわらざるをえないものになる。いつも、こころにひっかかっているものになる。ならないわけがないのだ。これも、感覚器がずれているタイプの精神病質者が家族ではない人にはまったくわからないことなのだろう。俺がなにを言っているかまったくわからないだろう。

感覚器がずれているタイプの家族は、大きなルール違反をしている。それをまず認めなければ、話にならない。そのルール違反が即座に!!!修正されなければ、話にならない。

きちがいおやじやきちがい兄貴が「うち」でやったことは、でかいことだ。とてつもなくひどいことだ。けど、関係がない他者には「ひどさ」がわからないようになっている。まず、自分に直接関係があるか、それとも、直接関係がないかということよりも、逸脱行為のひどさに注目しなければならないのである。逸脱行為の程度に注目しなければならないのである。けど、普通の人は、「聞いた話」で自分が直接迷惑をこうむらないのであれば、どれだけひどい逸脱行為でもたいした逸脱行為だとは思わないという特徴がある。そして、自分が「直接」かかわっているのであれば、些細な逸脱行為でも、怒るという特徴がある。

 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。