2021年1月30日土曜日

ようするに、生まれの格差「下」と生まれの格差「上」があるとすると

 普通の人という言い方は問題があるけど、普通の人の範囲に入っている人にしたって、ほんとうにいろいろな差がある。その差は、言ってみれば運命的な差だ。どういう体で生まれるか? どういう親の元に生まれるか? こんなことは、本人がどうこうできる問題じゃない。そういった意味で、このふたつにはほんらい、自己責任はしょうじてない。しかし、どういう体で生まれるか とか どういう親の元に生まれるかまで、ふくめて、すべて自己責任だとする考えたがある。これは、なんて言うのかな?そういうふうに言うことによって、すべての問題を解決済みにしてしまう思考だ。いったんは、解決済みにできるのであーーる。そして、それは、言った本人ではなくて、言った本人以外の人に向けられている言葉だ。ようするに、生まれの格差「下」と生まれの格差「上」があるとすると、生まれの格差「上」が、生まれの格差「下」に、おまえが「下」なのは、おまえが「下」だからだと言っているわけだ。それは、生まれながらに「下」なのだから、自己責任なのである。

こういうふざけた言説がまかり通ってしまう現代日本……。 

かなしいことに、洗脳がすすむと生まれの格差「下」が、特に自己責任論をふりまわしはじめるのである。どうして、洗脳がすすむかというと生まれの格差「上」にはパワーがあるからだ。権力があるからだ。「しくみ」をたもつうえで、格差「上」は格差「下」に、自己責任論を信じていてもらったほうがつごうがよいのだ。だから、いろいろな方法で、洗脳しようとする。これは、意図的な洗脳ではなくて、だいだい無意識的に繰り返されてきたような洗脳だから、たちが悪い。というか、普通の洗脳よりもより普遍的で強い洗脳になってしまうのである。ようするに、上のほうも、洗脳しようとしているわけではなくて、本人も、普通にそう思うようにできている。下のほうも、自分で納得するようになっている。共同幻想として維持される。もっとも、共同幻想の元のようなちからとして、うまいこと機能しているんだよな。共同幻想全体は、個々の共同幻想の集合体ではないのである。

まあ、わかりにくい説明になっている思うけど、自己責任論が出てくるのには、「土壌」があって、その「土壌」が問題なんだということ。まあ、その「土壌」のほうは、どうでもいいとして、ともかく、格差「下」が自己責任論を信じて生きてしまうのは問題がある。けど、そのほうが楽だと言えば楽なんだよな。あきらめがつくわけだから……。自分の責任だとほんとうに信じ込むことができるのであれば、「不条理」という圧力からは「かたとき」であれ、解放されるのだから。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。