2021年1月10日日曜日

そういう親がいる場合は、子供に症状が出るから、簡単にわかるか?

 まともな人、おかあさんしかいない。俺を除けば……俺から見れば……。きちがいおやじときちがい兄貴は自動ロボットのように、やりたいことをやりやがる。こっちに迷惑が掛からない行為ならべつにそれでいいけど、こっちに迷惑がかかる行為をやり始めた場合は、ものすごく、こまる。死にたくなる。

ほんとうに、きちがいだから、絶対の意地でやって、絶対の意地で認めない。「あたりまえ」と「やってない」が同居しているような矛盾している状態で、やりやがる。ほんにんはもちろん、そのほうが「おしとおす」ことができるわけだから、便利なわけだよ。都合がいいわけ。さらに、「やってない」ことになっているわけだから、もっと、都合がいい。

けど、やられたほうはこまる。

で、やっている本人がまったく気にしてないんだよな。「何万回、こまるからやめろ」「いいかげんにしろ」とこっちが言っても、本人は気にしない。気にしないとなったら、絶対の意地で気にしない。もちろん、そういう……意識的な……意地があるわけではないのだけど、あたかもそういう意地があるかのような状態で、自分がやっていることを無視して、やり続ける。

絶対の意地でやり続ける。

殺さなければやめさせることができない。

殺さなければやめさせることができない状態!!!をいつでも、相手に押し付ける。これ、末端関係がないように思えるかもしれないけど、おやじの「はんだごて事件」だって同じなんだよ。絶対に認めないし、認めないということも認めない。

そして、頑固に自分の意見??……意見ですらないのだけど、とりあえず、意見ということにすると……意見を押し付けて、ゆずらない。

けど、これが、「おしけつた」ことになってないのだ。

だから、おやじが押し付けたハンダゴテを学校にもって行って、ひどい目にあったということをどれだけ言っても通じない。これが、帽子でも、消しゴムでも、鉛筆でも成り立つのが、「うち」だ。まえまえから、うちの常識なのである。「そういう家族」が「そういうモード」でやりはじめたら……どれだけ言っても、そのきちがい家族が言うことを聞かずにやりきるということが、うちの常識。

けど、よその人はそういうことがわかってないから、よその人の常識でものを言う。で、その、よその人の常識というのは、うちの常識に合致してないのである。うちの現実に合致してないのである。だから、昨日からおなじことを言っているけど、やられたほうが、よそでも、やられるということになる。せめられるということになる。

けど、それなら、それでよそで、せめられてこまったということを説明すればいいということになるだろ。よその常識だとそうなるだろ。

けど、うちの常識だとそうならない。自分意地を通している……家族の一員が、そういう説明を受け付けない。自分の無意識的な欲求にとって、不都合なことは、絶対の意地で認めないのである。

で、認めないということも認めないから、本人としては、まったくなにもやってないということになってしまうのである。

そして、続ける。

いつもいつも、そういうモードなんだよ。

機嫌が悪いときだけ、怒りやすいとかそういうわかりやすい話じゃないんだよ。……会社でいやなことがあったときだけ、子供に当たり散らす親も問題だけど……そういうわかりやすい親とはちがうんだよ。

で、認知療法は、そういうわかりやすい親にやられた場合は、有効なのだけど、そうじゃないんだよ。あるいは、アドラー心理学は、そういうわかりやすい親にやられた場合は、有効なのだけど、そうじゃないんだよ。

アドラーはフロイトの弟子なんだけど、ほんとうに、フロイトが言ったことがまるでわかってない人なのだ。フロイトの成果をすべて、ゴミ箱に捨てたやつだ。わかってないのだからしかたがない。これは、言っちゃうと、問題があるけど、アドラーの「わかららなさ」は、きちがいおやじのわからなさとちょっと似てるんだよね。

もちろん、アドラーの場合、きちがいおやじとは正反対の親に育てられたから、無意識関係のことがわからないということなのだけど、それでも、わからなすぎる。

フロイトの言っていることを理解しなさすぎる。アドラーだけじゃなく、認知療法家もそういうところがある。彼らにしてみれば、そういうきちがい家族の態度も、簡単に無視できることなのである。けど、実際にはちがう。

それは、アドラーを認知療法家が育った家ではなかったことなので、彼らがまったくそう言うことを理解してないということの、あらわれだ。無理解だから、わかってないのである。ほんとうに……。無理解だから、「簡単に無視できること」だと思っていやがるだけなのである。

 

話はずれるけど、一般的な心理学者は、ときどき、きちがい家のこどもを、苦しめることを言う。たとえば、子供が問題を起こす場合は、親との交流に問題があるとする。

そして、たとえば、親と一緒にいる時間が短い子供は、親と一緒にいる時間が長い子供よりも、問題を起こしやすいという研究結果をまとめたとする。そうなると、それなら、「親といる時間を長くすればいいのだ」ということになってしまう。 

そういう提案にしたがって、たとえば、親に対して「子供といる時間をつくってください」「子供といる時間を長くしてください」ということが書いてあるプリントを配るというようなことが、学校で行われてしまう。実際、そういうことがあったんだけど、俺は、ぞっとしたよ。小学生でもわかる。

時間の長さの問題じゃないのである。たとえば、きちがい行為をするきちがい的な親といる時間が長くなったらどうなる? こどもが神経症においつめられるに決まっているじゃないか。どうして、こういうことがわからないのか? 虐待というのは意図的にやっている虐待と、無意識的にやっている虐待がある。

きちがい脳の持ち主だから、いつもいつも、きちがい的な行為をして、子供に迷惑をかける親がいる……いるんだよ。そういうのは、特別だから、無視していいのか? 一括して、プリントを「親」に配るなら、きちがい的な親にもプリントを配るということになる。事前に、よりわけてくれるわけじゃないじゃないか。そもそも、きちがいおやじがきちがいおやじだということは、学校にばれてない。

そういう親がいる場合は、子供に症状が出るから、簡単にわかるか? わからないよ!!!

むしろ、学校は積極的に無視すると言ったほうがいい。学校側は、めんどうなことが起こるといやだから、そういうことは、積極的に無視する。だいたい、自動的にへんなことをする……意地を張ってやりたいことをする親の感覚というのが、「立派な親に育てられた人」にはわからないのである。で、教育や心理学は、そういう人たちに牛耳られている。

ともかく、きちがいおやじみたいなやつがいるということがわかってない、心理学者や心理療法家が、めちゃくちゃに「こまった主張」をしやがるのだ。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。