2022年1月8日土曜日

全体のなかで80%、その集団のなかで80%なら、その行為は(影響を与えなかった行為だ)ということになってしまう

未接種者が原因でクラスターが発生しているというようなイメージあたえたい人たちが多い。まあ、政府とかメディアは、未接種者が原因で、感染爆発が起こっているというようなイメージをつくりたがっている。しかし、実際には、そうではない。

 新規感染者のなかで、接種者の割合が大きいことが問題になっている。 たとえば、クラスターが発生したとするだろ。新型コロナ新規感染者100人のうち、ワクチン二回接種者が80人、ワクチン未接種者が20人だとする。これをどうとらえるか? だ。

これはまちがった考え方だけど、いちおう、ベースとしてのせておく。80人が、二回接種者で、20人しか未接種者がいないのだから、二回接種者のほうが人数が多いので、コロナに感染しやすいという考え方だ。それに対して、いちおうまともに見える反論がある。それは、全体のなかで、接種者が増えたのだから、接種者のほうがおおくても、おかしくはないという考え方だ。これは、割合に注目しなければならない。

たとえば、全体のなかで8割が2回接種者だとしよう。そして、2割が未接種者だとしよう。そして、あるクラスターが発生して、あるクラスターを構成している人数が100人だとしよう。そして、100人のうち80人が2回接種者だとしよう。100人のうち20人が未接種者だとしよう。その場合、ワクチンには意味がないということを意味している。ようするに、ワクチンには感染を予防する力がまったくないということだ。打っても打たなくてもおなじだったということだ。

このことに関して、へんな説明をする人たちがいる。たとえば、「刑務所に入っている人のうち、80%の人がパンを食べたことがあるとする。人生のなかでパンを食べたことがある人が80%いるなら、刑務所に入った人のうち、80%人がパンを食っていたとしても、おかしくない。パンを食べた人がおおいのだから、パンを食べた人が8割もいるということは、パンを食べた人の犯罪率が高いということは意味しない」というような説明だ。

ようするに「全体のなかで、その属性をもつものが80%なら、刑務所に入っている人の80%がパンを食ったことがあるにしろ、それは、あたりまえのことだ」ということを言うわけだ。けど、これは、ちがう。新型コロナワクチンを二回受けた人は、新型コロナにかかりたくなくて、ワクチンをうけたのだ。もし、全体のなかで、80%の人が、ワクチンを二回受けたとして、なおかつ、クラスターのなかの感染者の割合が80%なら、ワクチンは、まったく意味がなかったということを意味しているのである。全体のなかで80%、その集団のなかで80%なら、その行為は(影響を与えなかった行為だ)ということになってしまうのである。その行為というのは、ワクチンを打ったいうことや、パンを食べたということだ。

それから、新型コロナワクチンを二回打つということは、その人の人生のなかで二回しかないことなんだよ。パンを食べるということは、その人の人生のなかで、頻繁にあり得ることだ。毎日食べている人だっている。いまの日本で、人生のなかでパンを食べたことがない人を探すことすら難しいと言えるのではないか。人生のなかで、普通に繰り返し行っていることと、人生中で、二回しか行わない「特別なこと」をいっしょに論じるということがまちがっている。もし、そのように論じるのであれば、ファイザー社がつくった「特殊なパン」を人生のなかで二回食べたことがある人と比べるべきなのだ。ようするに、どのようなパンでもいいから、パンを食べたことがあるということと、 ファイザー社がつくった「特殊なワクチン」を二回受けたことがあるということは、まったくちがうことなのだ。

どうして、こういうことがわからないのか?

だいたい、新規感染者と言ったけど、PCR検査で、陽性者になるということは、新規感染者になるということとは、まったくちがったことだ。しかし、故意に、おなじこととして扱っているのだ。これは、ようするに新規感染者を作り出すための政策だ。PCR検査・陽性者を新型コロナウィルス感染者としてあつかうことで、感染者をむりやりに、作り出しているのだ。だから、まず、こういうところにうそがある。今回、ウソの設定を使って、話をつくった。陽性者(イコール)感染者ということ自体が、まちがっている。

そこで、たとえば、刑務所とパンの話をする人に対して、それは詭弁だということを説明したいと思ったとする。その場合、この陽性者(イコール)感染者という前提自体がまちがっているのだということも、じつは、説明しなければならないことになる。ところが、そういうことは、説明しにくいのである。

おなじようなことが、いろいろなこところで成り立っているので、どこから話し始めればよいのかまよってしまう。

反・反ワクチン派が言うことは、全部が詭弁だ。そして、国や医者が、こういう詭弁を使うものの味方になっているのである。というか、詭弁を使うものが、国や医者の味方なのだ。そうなると、いろいろなやっかいな問題が発生する。

メディアで流されている「クラスター」に関する情報はほんとうに、信頼できる情報なのかという問題がしょうじる。情報自体に偽りがある場合は、その情報をもとにした話自体(議論自体)がむだだということになる。そりゃ、そうだろう。

たとえば、クラスター100人のうち、ほんとうは、80人が二回接種者、20人が未接種者だったとする。一回接種者は0人だったとする。その場合、未接種者のほうが、感染しやすいというイメージを繰り出したいという欲望が国やメディアにあったらどうなるか。ほんとうの人数は報告せず、クラスター100人のうち、80人が未接種者、20人が二回接種者だと報告すればいい。数字を作り出すことができる。メディアで公表されたことは正しいと思っている人は、「 80人が未接種者、20人が二回接種者なら、ワクチンはきいている」と思ってしまう。

ほかにも、調整のしかたはある。たとえば、接種したかどうか不明という項目をつくることで調整ができる。国民の8割が接種したという状態であり、なおかつ、ワクチンパスポートを実用化しようとしているのに、不明者がいるということはおかしい。そんなの、調べればわかるはずだ。不明者の人数を増やせば、感染者には未接種者が多いというイメージを作り出すことができる。

そもそも、国やメディアが「クラスター」をつくりたがっているというところがある。「新規感染者」を絶対の意地で増やそうとしているのである。これは、そういう意図がある。偶然に、クラスターが発見されたということではなくて、クラスターは、がんばって、意図的に作り出しているものなのである。

そもそも、PCR検査をしなければ、クラスターなんて、発生しない。そもそも、PCR検査をしなければ、新規感染者もいないということになる。PCR検査には、特定の感染症を判定する能力がない。PCR検査で、ある人がある特定の感染症にかかっているかどうか、判定することができない。PCR検査というものは、そもそも、そういうものではないのである。全部が全部、でっちあげ。

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刑務所にいる人のうち80%がパンを食べたことがある。だから、パンを食べる人は凶暴な人だとか、あるいは、パンを食べる人は犯罪を犯しやすいという、推論はまちがっている……という話だ。その推論はまちがっているのだけど、こういう発言をする人たちがどうして、こういう発言をするかというと、新規感染者のなかで、ワクチン接種者が多いとしても、それは、パンを食べた人が犯罪を犯しやすいという話がまちがっているようにまちがっているというようなことを言いたいから、パンと刑務所の話をするのだ。パンじゃなくてカレーでもいいけど。

けど、ワクチンとパンはおなじではない。こういうところに、ひっかけがあるのだ。これはちょっと説明するのがむずかしい。

まず指摘しておかなければならないのは、人数ではなくて、割合を問題にしなければならないということだ。けど、人数を問題にしてしまう人たちがいる。そして、そういう人に対して、「刑務所にいる人のうち80%の人がパンを食べたことがあるからと言って、パンを食べる人は凶暴だとは言えない」ということ言う人たちがいるのだ。これは、あっているのだけど、刑務所とパンの話ならあっているということだ。けど、こういう人たちがほんとうに言いたいのは、刑務所とパンの話ではない。ワクチン接種者と新規感染者の関係について言いたいのだ。 どういうふうに言いたいかというと、刑務所とパンの話とおなじように、ワクチン接種者と新規感染者のあいだには、比例的な関係しかないということだ。ワクチンを接種した人の割合が大きいように見えるけど、それは、ワクチンを接種した人の割合が大きくなったから、ワクチン接種した人の割合が大きいわけではないということを言いたいのだ……。そして、ワクチンは効果があると言いたいのだ。人数は多いように見えるけど、ワクチンには効果があると言いたいのだ。しかし、母集団の接種者の割合が80%であり、クラスターの接種者の割合が80%なら、じつは、そのワクチンには意味がないということを意味している。彼らは、人数が多く感じるだけで、実際にはワクチンの効果があると言いたいから、……誤謬の一例として……わざわざ刑務所とパンの話を出しているのだけど、じつはワクチンの効果がないということを言ってしまっている。これは、日本人の接種者の割合が実際に80%で、例に出てくるクラスターのなかの接種者の割合が80%だということに起因している。

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たとえばの話だけど、たとえば……刑務所にいる人のうち80%が、あるパンを一週間以内に食べたなら、そのパンが人を凶暴にする可能性があると推論するべきだ。パンじゃなくて、その特定のパンだよ。刑務所って、どこの刑務所だか知らないけど……。

じゃあ、たとえばの話だけど、刑務所にいる人のうち100%がコメを食べたことがあるとする。ならば、コメには人を凶暴にする力があるのかどうかということを考えてみよう。この場合、刑務所にいる人ではない人がコメを食べているかどうかが問題になる。たとえば、刑務所にいる人のうち100%がコメを食べたことがあり、刑務所にいない人のうち100%がコメを食べたことがあるのであれば、コメと「狂暴化」は関係がないということになる。この、刑務所に入っている人のうち……というように、どこの刑務所だかわからない刑務所の話をするということ自体がまちがっている。けど、そういうたとえ話をひっぱりだしてくる人は、あることを言いたいのである。そのあることというのは、これとおなじように、ワクチンが感染者を増やすということはないということだ。これは、この時点ではわからない。ただ単に、仮想的な例について考えているだけだからだ……。

しかし、実際には、ワクチンが感染者を増やしている。だから、実際には、まちがいだ。 ワクチンを接種すると、感染者が増える。何回も接種すると、感染者が増えた状態が続いてしまうのである。これ、外国の例になるけど、ワクチン接種率が高い国ほど、感染爆発が起こっている。ワクチンをまったく打たずに、イベルメクチンだけで対処したインドの州は、はやい段階で、感染者がゼロになっている。このインドの州の人口は約二億人だ。インドには州があり、ワクチンを導入することができた金がある州は、感染者率が高くなる。台湾も、ワクチンを打ってから、感染が拡大した。感染者が増えまくった。その国のなかのワクチン接種率と、その国のなかの感染者率は、正比例の関係にある。ほんとうなら、その国のなかのワクチン接種率があがったら、その国のなかの感染者率はさがらなければならない。ところが、そうなってないのである。

 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。