2020年11月23日月曜日

生活保護を受けるのは「はじだ」とする考え方が守っているもの


生活保護に関しては、生活保護を受けるのは「はじだ」とする考え方を植え付けて、生活保護を受ける人たちを減らしているのである。この社会において生活保護を受けるというのは、一種のペナルティーなのである。

だから、ペナルティーを受けたくない人たちが一定数、存在する。生まれたときから差があるのに、生活保護に「おちた」のは、個人が努力をしなかったからだという考え方がある。そういう考え方がなければ「(生活保護を受けることは)ばすかしいこと」にならない。

だから、たしかに「生活保護のような制度があるから、働かなければ食べることができない社会ではない」のだが、それでも、「働かなければ食べることができない」というルールは成り立っていると考えたほうが、現実の現象を説明できる。

もちろん、金を持っている親の元に生まれれば、働かずに生きていくことが可能な場合もあるが、このような場合ですら、「はずかしいことだ」と認識されているという現実がある。親の金で、ずっと生きていくことは、生活保護と同じように「はずかしいこと」なのだ。

なので、基本的には「働かなければ、飢え死にしてしまう」という考え方は、単なる妄想ではなくて、現実にそくした考え方だと言える。働かなければ飢え死にしてしまうのであれば、飢え死にしてしまうと考える個人は、たとえ、「やりたくない仕事」でもやるだろう。

だから、この場合の「選択」は、自己責任論者が使う「選択」ではない。本人が選択したのだから「しかたがない」とは言えない。本人が、自由意思によって選択したのだから、自由な選択の結果だとは言えない。不自由な選択なのだから、自由な選択ではない。自由意思ではなくて、不自由意思による選択なのだから、自由意思による選択とは言えない。

自己責任論者は、「働かなければ飢え死にする」という現実的な条件を無視して、「本人が、自由意思によって選択したのだから、それを選択した者の責任だ」と言う。
自己責任論者は「いやな仕事をしている人は、いやな仕事をすることを、間接的に直接的に選んだから、いやな仕事をしている」と言う。

しかし、それは、「働かなければ飢え死にする」という現実的な条件を無視した場合の話なので、「働かなければ飢え死にする」という現実的な条件を無視できない世界では、成り立たない。「自由な選択」ではないのである。
 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。