2020年11月21日土曜日

「やりたくない仕事をしている人はやりたくない仕事をすることを選んだ」のか??


たとえば、自己責任論者は「やりたくない仕事をやっている人は、やりたくない仕事を選んだ」ということを言う。

けど、ぼくは、「生まれの差」があるから、やりたくない仕事をしている人だっていると思うのだ。生まれた状態で差があるのだから、やりたくない仕事をする人間だっているだろう。

どうして、生まれの差を無視して、その時の状態だけを考えて、「やりたくない仕事をしている人はやりたくない仕事をすることを選んだ」と、言うのか?

働かなければ、やがて餓死するという状態なら、働く場合だってあるだろう。生活保護にたよるという選択肢も日本にはある。

これは、いいことだと思う。けど、ここでは、話を楽にするために生活保護や生活保護に似た制度がない社会を考えることにする。

働かなければ、餓死してしまう社会で、働くことは、事実上の強制であり、選択の結果ではない。

働かなくても、餓死することがない社会の場合は、働かなくても生きていけるのだから、そういう社会で、働いている場合は、働くことを選択したと言える。

また、働かなくても食べることができるから、働かないことを選択したという場合は、たしかに、自分の選択で働かないことを選んだと言える。

しかし、それは、働かなくても生きていける社会だからだ。

働かなければ生きていない社会で、働いている人は、働くことを選択したわけじゃない。生きるために、したかたがなく、働いているだけだ。ほかに選択肢がないのだから、そうせざるを得ない。これを、積極的な選択のように言うのは、ごまかしだ。

たとえば、自己責任論者は「やりたいことをやる一日にするか、やりたくないことをやらされる一日にするかは、本人次第だ」と言う。

やりたくないことをやらなくても、生きていける社会なら、たしかにその通りだと思うけど、やりたくないことをやらなければ生きていけない社会ならば、別にその人は「選択して」やっているわけではないと思う。ようするに、自分で決めていることではない。

けど、さらっとそういうことを言ってしまう人は、「生まれの差はない」と思っているのである。けど、「生まれの差は」ある。それから、働かなくても生きていける社会ではないのだから、働かないという選択は、事実上できない。

そりゃ、持たざる者が、働かなければ、死んでしまう世界なのだから、生きようとしたら、働く以外に選択肢はない。

繰り返しになるが、上記のような「本人次第だ」というような意見というのは、「生まれの差がある」ということと「働かなければ生きていけない」という状態を無視している。

生まれの差はなく、あるいは、あったとしても小さな差なので無視することができる……1

生まれの差はあるかもしれないけど、その差は本人の才能と努力で、いくらでも、縮めることができる……2

競争は公平に行われているので、誰かが圧倒的に不利であるというようなことはない……3

働かなければ生きていけない社会だが、それは、あたりまえのことなので、無視できる……(4)

(1)(2)(3)(4)というような、暗黙の前提が成り立っているのである。しかし、これらは、自明なことではない。

我々は、生まれたときから差がある社会で生きている。我々は、働かなければ飢え死にしてしまうという世界で生きている。上記の前提は成り立っていない。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。