2020年11月4日水曜日

健常者に育てられた人は、毒親に育てられた人のことがわからない


ほかの人はどうなんだろうな? 不愉快な記憶が突然、鮮明によみがえるというのはないのか? あるとして、その頻度は? 回数は?「なんかいやなんだよな」という予感はあるんだよ。けど、そこにいくしかないというような状況だったりする。

なんか、あんまり、外に出たくないときに……買い物だって、めんどうなときはなるべくなら、したくないわけで……「外に出たくない気持ち」とそういう不愉快な記憶が連動しているらしくて、ふと、思い出してしまうんだよな。で、そういう不愉快な記憶……ひとがらみの不愉快な記憶というのが……わりとあるんだよ。回数がある。それは、ゼロ歳児のときからそうなんだよ。さすがに、ゼロ歳児のときの記憶はないけど……。母親の話を聞くと、俺はゼロ歳児のときから、きちがいおやじにたたられている。やられている。どうも、ほんとうに、きちがいおやじがだめなんだよな。あいつは、俺の不幸の源だ。がんだ。

これも、ほかの人とはぜんぜんちがうんだよな。毒親という用語だと、はっきりいって、程度が弱い。これ、だけど、ほかの用語を使うといろいろと問題があるんだよな。頭がおかしい親というのはいる。その、頭のおかしさのタイプがあるんだよ。頭がおかしい親はいるんだけど、その頭のおかしい親の中で、さらに、タイプがわかれる。だから、Aという頭がおかしい親の特徴と、Bという頭がおかしい親の特徴が一致するわけじゃない。けど、「毒親」という用語を使うと、なんか、同じような親(同一タイプの親)であるような印象を与えてしまう。毒親よりも、頭がおかしい親のほうが、どちらかというと、正確だ。なんか、毒親というと、ひとつの毒親というタイプがあるような印象を与えてしまう。

まあ、ともかく、いちおう健常者に入るほうの親のほうが多数はなんだよ。で、健常者である親に育てられた人は、頭がおかしい親に育てられた人のことは、わからない。健常者どうしでも、人間関係のトラブルはある。いっしょに、何十年か、あるいは、すくなくても、十数年暮らしていれば、それは、いろいろなトラブルがあるだろう。そして、そのトラブルは、形式としては、毒親とのトラブルと同じように見えるのである。けど、それは、形式としては同じように見えるというだけで、本質的にはちがうものだ。けど、健常者に育てられた人は、そのことがわからない。これは、学者でもカウンセラーでも同じだ。ほんとうはわからないから、観察対象になるのである。そして、基本的には、間違ったことを言うやつらが出てくる。これも、部分的には正しいわけで、ぜんぶ間違っているわけではない。けど、こういう人たちは、いろいろな間違いをおかす。

けど、まあ、これはいいや。これは、いちおう、認知療法、行動認知療法、アドラー心理学について書いたところで、説明している。理論的に、「ことがら」を間違って理解している。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。