2021年8月5日木曜日

普遍的な法則として語られてしまう場合には、そういう要素や、そういう要素から生じた現実が無視されてしまう

 基本的なことを言ってしまえば、きちがい家族にやられて、こまっている人は、きちがい家族に感謝しても、しあわせになれない。きちがい家族にやられて、ほかの人たちから誤解をされている人は、ほかの人たちに感謝しても、しあわせになれない。

社会のなかでやられまくった底辺の労働者は、ほかの人に「お金をあげて」もしあわせになれない。いままで、社会のなかでやられまくった底辺の労働者は、ほかの人に「親切にしてあげて」もしあわせになれない。

だれが、と言うことを考える必要がある。しかし、たとえば、「感謝することでしあわせになれる」と言った場合の対象範囲は、人間なのである。なので、無意識に問題があるきちがい家族に虐待されている人も含まれてしまう。

たとえば、ある人(家族の一員)が、めちゃくちゃにでかい騒音を鳴らし続けているのだけど、その人(家族の一員)は特にでかい音で騒音を鳴らしているというつもりがない場合、その人(家族の一員)に感謝をしても、親切にしてあげても、鳴らされている人はしあわせにならない。

騒音を何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も鳴らされていると、関係のない他者とのあいだにトラブルが発生しがちになる。その場合も、感謝をしたり、親切にしてあげても、しあわせになれない。問題がちがう。くるしみの根源がちがう。

「感謝をすればしあわせになれる」「人にあたえることでしあわせになる」というような話は、対象が人間だ。しかし、やられまくっている人間には成り立たないことなのである。 

たとえばの話をするけど、くるしんでいる人間が「感謝をすればしあわせになれる」「人にあたえることでしあわせになる」ということを真に受けて、感謝をしたり、人にあたえるとどうなるか? トラブルが発生して、もっとくるしむことになる。

あるいは、問題の根源がかわらずに、くるしみ続ける。別に、そういうことをしたから、いい気持になったり、しあわせを感じるということがない。

それは、無意識的な人の悪意にさらされ続けて実際にトラブルが生じている人間だからそうなるのである。無意識的な人の悪意というのは、その悪い行為をする人のなかでは、あたりまえのことだから、その無意識的な悪意にしたがった行動というのは、無意識的に繰り返されることなのである。


迷惑をかけられた人が、こまって、「こまるからやめてくれ」と言ってきたとしても、そんなのは、発狂して無視しておしまいなのである。相手の言っていることを理解するということがないから、相手がこまっているということを認めないまま、ずっと、相手にとって「迷惑な行為」をし続けることになる。

あたりまえもなにも、人が呼吸をするように、迷惑行為をするのである。その人は、そういう原理で動いているから、ほかの人の働きかけとは関係なく、そういう人であり続けるのである。やり続ける。

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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。