2021年8月6日金曜日

(2)親切を、積み重ねても、その人の「つらい現実」はかわらない 

(2)

どうして、こういうことを言う人たちは、はめ込まれた条件や、それまでの文脈を無視してしまうのかと、疑問に思う。

一般的な傾向について、語っているにもかかわらず、絶対法則について語っているつもりになってしまう。対象となる人が、じつは限られているにもかかわらず、対象となる人が全人類だという前提でものごとを語ってしまっている。対象が限られているということがわかってない。

底辺ではいつくばって生きている人は、他人に「おカネ」をあげても、しあわせになれない。しあわせを感じることができない。そういうことを言えば、「おカネ」じゃなくてもいい。ものだって、いいし、親切にしてあげることだっていいと言ってくると思う。

最初は、「おカネ」の話をしているわけだし、三〇億円寄付したとか、全財産を寄付したとかと『感動の美談』としての条件を備えている。そういう話が話題になるのは、派手だったり、めったにないという意味でかわっている話だからだ。

いつの間にか、「おカネ」の話ではなくなって、親切にしてあげるということでもよいのだということになってしまう。「おカネ」に関して言えば、「おカネ」をどれだけあげたかという競争になってしまう。親切でもおなじで、どれだけ人に親切にあげたかという競争になってしまう。

親切だって、本人と、対象の人で感じ方や考え方がちがうので、かならずしも、相手も自分もしあわせになるとはかぎらない。かぎらないにもかかわらず、一〇〇%そうなるという前提でものを言っている。

対象が人間で、一〇〇%そうなるという前提で話をしているなら、頭がおかしい家族にやられて、不幸である人も対象になっている。

じゃあ、頭がおかしい家族にやられている人が、頭がおかしい家族に親切にしてあげれば、それでしあわせになるかというとならないのである。不幸なことに、頭がおかしい家族にやられている人が、頭がおかしくない普通の他人にしんせつしてあげた場合も、しあわせになれない。

そりゃ、最初は、たしょうのしあわせを感じるかもしれないけど、普段、頭がおかしい家族にやられているために、そのしあわせ感が続かない。他人に親切にして感じたしあわせ感が「一」だとすると、普段普通に家族にやられていることで生じる不幸感が「一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」ぐらいなので、すぐに、しあわせ感が不幸感に打ち消されてしまう。

これは、頭がおかしい家族にやられている人だけではなくて、社会のなかでやられてきた人にもあてはまる。

ひとことで言って、社会のなかでやられ続けてきた人は、他人に親切にすることでは、しあわせになれないし、他人にお金をあげることでは、しあわせになれない。まあ、他人に親切にした場合、時と場合によっては、しあわせを感じることもあると思う。*1

しかし、そういうことを、積み重ねても、その人の「つらい現実」はかわらない。これ、かわらないのである。

しかも、「親切にしてやろう」という気持ちが強い場合は、意図的な親切になりがちなので、あんまりいいことにはならない。最初は、親切にしてあげて、Win-Win関係になったにもかかわらず、親切にしてあげることが習慣になって、けっきょくは、親切にしたほうが親切にされたほうに利用されるというようなことだって、発生する。

これが、人間社会。

だいたい、きちがい的な家族にやられている人や、損な役割を押しつけられている人は、ほんとうは、根がやさしくて、人に親切なんだよ。

搾取してやろうとしないの。

利用してやろうとしないの。

ほんとうは、そうやってこの世に存在しているだけでも人に親切にしているのとおなじだ。

けど、この「親切にする」ということの基準が、人によってちがうのである。ようするに、「なにが親切」で「どういうことをすることが親切なことをすることなのか」ということなのかについて、相当に考え方がちがう。そして、おカネではないけど、親切に関して競争するようなことになると、おカネのときと同じようなことが発生して、だめなのである。

けど、「親切にしてあげれば、しあわせになれる」というような「絶対法則」を提示されると、人間は「自分がしあわせになるために、ひとに親切にしてあげよう」とするわけなのだけど、意図的な親切というのは、そんなには、しあわせをもたらさない。むしろ、トラブルを招来してしまう。 

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コロナウィルス(COVID-19)なんかより、ヘビメタ騒音のほうが重要な問題なんだよ。どうしてそれがわからないのか。ヘビメタ騒音がどれだけ有害かみんなわかってない。あの生活はない。あの生活をしてない人に、とやかく言われたくない。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。