2021年8月2日月曜日

「性善説的な教え(受けの言語)」は「できない人」を攻撃するのである。 できないということを認めないのはわるいことだ。

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手短に言うと「与えることでしあわせになる」「置かれた場所で咲きなさい」「感謝をすればいい」「すべては受け止め方の問題(受け止め方をかえれば現実がかわる)」というような一見、よさそうな考え方が、じつは、「できない人」を追い込むのである。 「性善説的な教え(受けの言語)」は「努力論」「根性論」「言霊思考」「積極思考」といった「攻めの言語」と対になってあらわれ、「できない人」を攻撃するのである。

これは、首を絞めるような効果がある。

実際には、できない人を自殺においつめるのは……一見よさそうな「攻めの言語」と一見よさそうな「受けの言語」なのである。

「できない」と言っている以上できないということを認めてあげたほうがいい。「できる」と説教することは、わるいことだ。

そして、はっきり言うけど、たとえば、「できない」と言っている人のうち、ほんとうはできる人がいると思う。その人は、人をだましして、たとえば、生活保護や障害年金をもらうということになる。だから、「できない」と言っている人のうち、できる人とできない人がいるという問題がある。しかし、これに関して言うと、「できない」ということにしておいたほうが全体の損傷が小さくなる。

自殺を減らすには、じつは、 「努力論」「根性論」「言霊思考」「積極思考」といった攻めの言語を減らし、「あたえることでしあわせになる」「置かれた場所で咲きなさい」「感謝をすればいい」「すべては受け止め方の問題(受け止め方をかえれば現実がかわる)」というような受けの言語を減らすべきなのだ。

社会に、攻めの言語と、それを補う受けの言語が流布しているので、「できない人」は死ぬしかないということになる。そういう圧力が、うみだされる。一見わかったような話である「受けの言語」も、じつは、攻撃的な言語だということに気がつかなければならない。

気がつくわけがないだろうけど。

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 努力してできるようにすることが、わるいことなのか?と思う人がいるかもしれない。いちおう説明しておこう。努力してできるようにすることは、わるいことではない。けど、他人が、できないということを認めないのはわるいことだ。

たとえば、AさんとBさんがいるとする。Aさんは、努力をしてできるようにすることはすばらしいことだと考えているとする。 実際にAさんは、いままで、できなかったことができるようになったことがある。そのとき、快感を感じた。そして、Aさんは「どんなことでも努力をすればできるようになる」と思ったとする。なので、そういう信念に従って生活していたとする。これは、別にいい。

しかし、Bさんができないということを、Aさんが理解しないというのはよくない。別の人の話……。ほかの人の話……。ほかの人が「できない」と言っているのに、ほかの人ができると思うのはよくない。


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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。