2023年1月8日日曜日

「鬱楽」タイプと「鬱鬱」タイプ

 別に、せめるつもりはないけど、ちょっとだけ、仮面うつ病とうつ病について、語っておく。「会社に行こうとすると憂鬱になる」人がいるとする。けど、「会社に行こうとすると憂鬱になる人たち」のなかには、ふたつのタイプがある。ひとつは「会社に行こうとすると、憂鬱になるけど、遊びに行く場合は憂鬱ではない」タイプだ。もうひとつは「会社に行こうとすると、憂鬱になるし、遊びに行こうとしても憂鬱になる」タイプだ。このふたつは、ぜんぜんちがう。ちがうけど、「しんどい」とか「死にたい」とかという表現はおなじなのだ。「つらい」とか「憂鬱だ」とかという表現もおなじだ。だから、外から見ると、言っていることだけでは、だれがどっちのタイプなのかわからないのだ。

「会社に行こうとすると、憂鬱になるけど、遊びに行く場合は憂鬱ではない」タイプも会社に行く前は「死にたくなるほど憂鬱になる」のだ。これは、嘘ではない。嘘ではないのだけど、その人たちの全体的な状態というのは、やはり、ちがうと思うんだよな。会社に行くときは、憂鬱だけど、遊びに行くときは元気だという人たちは、会社に行くときも憂鬱だし、遊びに行くときも憂鬱だという人たちとはちがうと思う。まあ、遊びに行くことが、そもそもできないのだけどね。

会社に行くときは憂鬱だけど、遊びに行くときは楽しいという人を、「鬱楽」タイプと言っておこう。そして、会社に行くときも憂鬱だけど、遊びに行くときも憂鬱だというタイプを、「鬱鬱」タイプと言っておこう。どっちも、会社に行く前は「死にたくなるほど憂鬱」と言葉で言うけど、「憂鬱」の度合いや質に、ちがいがあるのではないかということだ。まあ、会社に行く前の憂鬱に関して言えば、「鬱楽」タイプも「鬱鬱」タイプもおなじだと言う人たちもいるんだよな。どっちが正しいのかな? ぼくは、会社に行く前の憂鬱に関しても「鬱楽」タイプと「憂鬱」タイプの「憂鬱さ」はちがうんじゃないかなと思う。どうしてかと言うと、全体的なダウンの質は、部分的なダウンの質にも影響をあたえているのではないかと思うからだ。なにか、行動を起こそうとするときの「体力的な」状態があきらかにちがうと思う。

で、まあ、もう一つの結論を言ってしまうと、「鬱楽」タイプの人は、会社に行かなければいいのである。それで、問題解決。一丁あがり。「鬱楽」タイプが会社に行かなくても、生活費を稼げるような状態にすればいいのである。社会全体が、楽な仕事を提供すればよいのである。逆に言えば、「普通の会社」による仕事の提供は、不効率でまちがっているということだ。効率を持ち出すならそうなる。会社で仕事をする場合の「いやな部分」というのを、どんどん、けずっていけばよいのである。口を開けば「効率」「効率」というの人が、どうして、「いやな部分」の不効率については、口を閉じているのか? まあ、この人たちは、ほかの人に「いやな部分」をおしつけることで、会社の利益をあげていると思っている人たちなんだよな。けど、それは、もう、おしまいだ。そういうしくみ全体が機能しなくなっている。


しかし、問題なのは「鬱鬱」タイプだ。どれだけ、仕事が楽になっても、このタイプは憂鬱なままだ。「遊ぶ金を用意したから遊んでくれ」と言われても、憂鬱なままだ。人間として根本的な部分が破損している。

まあ、ぼくの場合は、きちがい家族による、きちがいヘビメタ騒音の繰り返しで破損した。これ、ちがうのである。

きちがい親父による、いろいろに関しては省略するけど、影響をあたえている。


毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。