「これ以降、この店にあるものはすべて、わたしのものになる」と言えば、この店にあるものはすべて、わたしのものになるのである。
言霊理論が正しいなら、そうなるのである。
しかし、たいていの言霊主義者は、店で普通に買い物をする。クレジットカードでカネを払うか、現金でカネを払うか、あるいは、スマホ決済で、カネを払うかということには、差があるけど、カネを払って買うことになる。
それは、普通のことだから、言霊主義者は、まったく疑問を感じない。
「これ以降、この店にあるものはすべて、わたしのものになる」と言ったのに、自分のものにならないということに、疑問を感じない。
これは、普段、「自分が言えば、自分が言った通りになる」と思っていないということだ。
「自分が言ったって、この店にあるものはすべて、わたしのものになる」わけではないということを……言霊主義者は知っている。
ようするに、「言ったって現実化しない」「言ったって、言った通りにならない」と……言霊と謝儀者は思っているわけだ。
しかし、夢や希望として語るなら、「いつか、この店のものをすべて買えるようになるかもしれない」という意味で、「いつか、この店にあるものはすべて、わたしのものになる」と言うことができる。
この場合も、別に社会制度や店のしくみを無視して、自分のものにしようとしているわけではない。言霊の力を使う場合は、社会制度や店のしくみも、言ったことにあわせて、かわることになっているのである。
そういう力が、「ことば」には宿っていると……言霊主義者は、考えているのだ。
言霊主義者は、(1)「言えば、言ったことが、現実化する」という文と(2)「言えば、言ったことが、現実化することがある」という文の区別をしていない。
そして、(3)「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」という文と(4)「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化することがある」という文の区別もしていない。
だから、ほんとうは、単なる誤解なのだけど、「言霊の力によって、自分が元気になった」と思えば、 (3)「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」と思ってしまうのである。
しかし、現実の生活のなかでは、「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」とは、思っていないということになる。
もし、ほんとうに、「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」と思っていれば、言霊主義者の行動は、妄想的な異常者の行動になってしまうのである。
じつは、「言い方がヘタだと、うまく言霊の力が働かない」というような考え方が、クッションになっているところもある。「言い方がヘタだと、言っても、言ったことが、言霊の力によって、現実化するとは限らない」ということになってしまうのである。
あるいは、「言い方がヘタだと、言っても、言ったことが、言霊の力によって、現実化しな場合がある」ということになってしまうのである。
これは、言霊が言葉に宿っているのか、言葉に『自分』が言霊を宿らせるのかという問題とも、関係がある。
言霊主義者は、 言霊が言葉に宿っていると思っているのだけど、ほんとうは、自分が、言葉に言霊を宿らせているという気持ちもあるのだ。
それが、また、現実的な矛盾を意識しないようにする「クッション」として成り立っている。ようするに、両者の区別をしないことによって、矛盾が意識にのぼらないようにしているのである。
うまく、言ったことが現実化しなかった場合は、自分の言い方が悪いから、現実化しないと考えることができるようになる。
それは、自分が言霊を宿らせるのに失敗したからそうなったということになる。
この場合、言霊を宿らせる力をもっているのは「本人(自分)」だということになる。
そして、言霊の力で物理法則も書き換えることができるということになっているので、自分は、物理法則も書き換えることができると思っている部分もあるのである。
どこまで、意識的なのか、わからないけど、自分が言葉に言霊を宿らせることによって、物理法則を改変することができると思っているのだ。
改変すると書くと、おおさだけど、物理法則を無視して、言霊の力が働くと思っているのだから、そういうことになる。物理法則に合致しないことを言った場合も、言霊の力によって、その物理法則に合致しないことが起こると思っているのである。
言霊主義者は、ほんとうは、そのように思っている。
だから、「言えば言ったことが現実化する」と考えて、物理法則のことなんて、無視してしまうのである。物理法則に合致しないことを言っても、言ったのだから、言霊の力によって、現実化するはずだと……言霊主義者は考えているところがあるのだ。
しかし、「あたりまえだ」と思っていることに関しては、言霊思考にならないのである。言わなくても、現実化してしまうことに、まったく疑問をもたない。物理法則に合致したことに関しては、言霊の力を期待しない部分もある。
ようするに、夢や希望といった現実感覚が低いものに関しては、物理法則に合致してなくても、かなうかもしれないと……言霊主義者は思うのである。
その言霊主義者がどの程度、物理法則に合致しているかどうかということを気にするかということが、「言うかどうか」に影響を与えている。まったく気にしない場合は、物理法則に合致しないことも、「言えば、言っただけで、言った通りになる」と……言霊主義者は思っているのだ。
社会制度についても、物理法則とおなじようなことが成り立っている。言霊主義者のなかで、「そのことがあたりまえすぎる」と「言ってもかわらない」と思って、言霊の力を使って、現実をかえようとすることを、最初から、あきらめてしまう。言霊主義者でも、最初から、あきらめてしまう。