「過去は関係がない」と言っているやつらが、どういう意味で、「過去は関係がない」と言っているのか、よくわからないけど、「過去の出来事は、現在の状態に影響を与えない」という意味で言っているのならば、完全に間違っている。
問題なのは、こいつらが、自分のことに関してはちゃんと、過去のことを気にしているということだ。
気にしているだけではなくて、過去の出来事に、ちゃんと、反応しているのである。
こいつらは、自分の状態がわかっていないのだ。
自分が普段、どういう行動をしているのかということが、まったくわかっていない。
自分の行動に関しては、「過去の記憶」がちゃんとあるので、「過去の記憶に基づいて」行動しているのである。
たとえば、「過去は関係がない」という意見を批判されたときに、不愉快な感情がわいてきたとする。自分が「正しい」と信じていることを否定されたので、不愉快になったのだ。
「過去は関係がない」なら、「不愉快になる」ということもないのだ。
過去の出来事が、現在の状態に影響を与えないのであれば、「自分が正しいと信じていることを否定された」という、過去の出来事が、現在の感情に影響を与えることもない。
それだけではなくて、普段、こいつらは、「ここでおカネを使ったから、今月はおカネがたりない」などと、自分の過去の行いについて考えている。
これも、「過去の出来事が現在の状態に影響を与えている」ということの証拠なのである。
過去の行動が、現在の「財布事情」に影響を与えているのだ。
そして、こいつらは、それを自然に受けて入れている。
ようするに、こいつらにしても、ちゃんと、「過去は関係がある」と考えているのだ。さらに問題なのは、こいつらが、自分の普段の行動と、自分の「過去は関係がない」という確信(信念)のあいだに、矛盾がないと感じていることなのだ。
矛盾を感じない。こういうところでも、きちがい兄貴の態度と、なんとなく似ているところがあるのである。
そして、こいつらは、「エイリにおけるヘビメタ騒音の影響」を否定している……自分が否定している……ということについて、考えをめぐらさないのである。
きちがい兄貴の騒音はひどいので、「影響がない」と言われると、ぼくは、腹が立つのである。
ほんとうに、鳴らされているあいだもくるしいし、鳴らされたあとも、くるしいのである。
これを……こいつらは……真っ向から否定する。
しかも、否定しても、エイリが傷つかないと思っているのだ。
そりゃ、ヘビメタ騒音の影響を否定されたら、腹が立つだろ。こういうことも、まるでわかってないのだ。
こういうところも、兄貴とこういうやつらは、似ているのである。
こいつらにおいて、「過去は関係がない」という言葉で表現されていることは、「こだわるべきではない」とか「気にするべきではない」ということである場合がある。
ようするに、こいつらは、本人としては、まったく気にしていないけど「過去は関係がない」という言葉で「過去の出来事は、現在の状態に影響を与えない」ということと「(過去に)こだわるべきではない」ということを、表現している場合がある。
このちがいが、本人にとって不明瞭なので、本人は、まったく気にしない。
ひとつの言葉に、ふたつの意味をもたせて、場合場合で、「こっちの意味で言った」と言うということは、
こいつらには、よくあることだ。
「言えば、言ったことが、現実化する」というひとつの言葉に、「言えば言ったことが、現実化することもある」という意味をもたせたり、「言えば、すべての言ったことが、一〇〇%の確率で、現実化する」という意味をもたせたりする場合も、おなじだ。
こいつらは、最初から、あいまいなことを言っているのである。はっきり言ってしまうと、ひとつの言葉に二つ以上の異なった意味をもたせて使っているのである。
それなのに、自分がひとつの言葉にふたつ以上の異なった意味をもたせているということについて、無頓着なのだ。この場合、無頓着というのは、まったく、矛盾を認識していないということだ。
ほんとうにほんとうに、きちがい兄貴のヘビメタは一分間持続しただけでも、破壊的な意味があるのに、それを、簡単に否定するのである。
しかも、否定された俺の気持ちについて、考えることが、一切合切ないのである。
俺が、そいつらに……「過去は関係がない」という考え方は間違っている……ということを、口にすれば……「なんだとぉ」という態度になって、俺に対して暴言を吐く。俺に対して支離滅裂なことを言いまくる。
まあ、もっとも、本人は、正しいことを言っているつもりだから、支離滅裂なことを言っているつもりは一切合切ないのだろう。
こういう人間に、なめられるのだ。こういう人間に、下に見られる。こういう人間にバカにされる。
きちがい的な兄貴が、「常識の範囲外」の騒音を「独自の感覚」で鳴らし続けると、こういうことになってしまう。