そりゃーー。無理だよなぁ。無理だ。打つ手なし……。打つ手なしだ……。このままいくしかないのか。このままだときついんだけど……。打つ手なしなんだよなぁ。
気分だけでも、なんとかならないか。
親父や兄貴がやったことが、でかすぎる。多すぎる。日常生活だからな。家族の影響を受ける。家族と一緒に住んでいたら、『家族の行動』の影響を受ける。これが、度外れなんだよなぁ。家族の行動」が普通の家族の行動では、ないわけ。つもる。ヘビメタ騒音にやられて、学校に通っていた時、ヘビメタ騒音にやられた体で、ほかの人と付き合うことになる。これが、おなじなんだよ。学校の人が、世間の人に置き換わっただけだ。二五歳まで鳴ってたんだよな。まあ、まるまるアパートを二一歳の時に借りたわけだけど、二一歳のときには、すでに、一〇年間毎日、入試の前日も含めて鳴っていたわけだから、はっきり言って、手遅れだ。そして、たとえば、二一歳から二五歳までの日々も、家に帰ってご飯を食べたり、風呂に入ったりしていたわけだから、どうしても、きちがいヘビメタ騒音にさらされてしまう時間がある。風呂に入っているあいだ、一五分だとする。一五分がなんなんだと思うかもしれないけど、自分の人生を破壊しつくした音が鳴っているわけだぞ。鳴っていなければ、普通に、学生生活をして、大学に通っていたわけだ。それが、プラプラな状態だ。でっ、もう、二一歳のときには、今とおなじような体力状態だったわけだ。いまよりも、ひどい体力状態だったわけだ。ぜんぜん、ちがうのである。先行する一〇年間が長すぎる。その間に、そりゃ、人生のあれやこれやが決まってしまう。学校を卒業したら、学校時代のことはまったく関係なくなる……。そんなことはない。過去を軽視するやつというのは、いったいなんなんだろうな。こいつらは、こいつらで、妄想的なことを考えている。他人に関しては、妄想的な前提で判断してしまう。自分のことについては、こいつらだって、過去を軽視しないで、過去を重視して、考え行動している。自分で自分のことがまったくわかっていない鈍感なやつらがいる。こいつらは、こいつらで、話にならない。きちがい兄貴やきちがい親父とはちがうけど、きちがい兄貴やきちがい親父がやったことが、ベースにある場合、こいつらの存在というのは、邪魔な存在でしかない。きちがい兄貴やきちがい親父の行為がベースにある。きちがい兄貴やきちがい親父の行為が影響を与えてきた。きちがい兄貴やきちがい親父の行為が「今現在」の状態をつくりだしている。そりゃ、不可避的に影響を受けるんだよ。実際にやった行為だから、一緒の家に住んでいれば、影響を受けるんだよ。壁一枚、向こうで、きちがい的な音で、きちがい的な音のでかさで、きちがい的な音楽を鳴らしているやつがいたら、こまるんだよ。過去の出来事は、現在の状態に影響を与えるんだよ。ところが、ひとごとであれば「そんなのは関係がない」と言い切るやつらがている。こいつらだ。じゃあ、こいつらが、どういう生活をしているのかというと、過去の出来事を重視した生活をしているのである。まるでわかっていないなぁ。はっきり言ってしまうと、こいつらの思考レベルが低すぎるのである。こいつらの浅はかな考え方は、言いようがない。親父や兄貴よりはひどくないけど、レベルが低すぎる。「そんなのは関係がない」「過去は関係がない」と言ってしまうやつらの思考レベルが低すぎるのである。そして、実際に、こういうやつらが、体験したことがないことを、毎日、家族にやられた人と、こいつらの、相性が悪いのである。傷つくのは……「こういうやつらが、体験したことがないことを、毎日、家族にやられた人」だ。家族に(ほかの人がされないようなことを)された人のほうが、傷つくのである。こいつらとの付き合いにおいても、家族に(ほかの人がされないようなことを)された人のほうが傷つくのである。こいつらは、傷つかない。言いっぱなしだ。断言して、おしまいだ。
あんまり、いい感じがしない。こんなやつらが、うようよいるのが、この世だ。あんまり、いい感じがしない。
* * *
「過去は関係がない」という言葉は、「すべては自己責任だ」という言葉と、おなじような機能をもっている。これ、条件が悪い人は、言われると、不愉快な気持ちになる言葉なんだよ。けど、他人に、この言葉を投げかけるほうは、そんなことは、気にしない。一切合切気にしない。「なんだ、こんにゃろう」「過去は関係がない」「これが正しい」というような態度だ。言い切る。これを、他人に平気で言ってしまうやつら……。
過去は関係がないから、過去の出来事は、影響がないのである。影響無効化の呪文なのだ。もちろん、無効化なんてされない。「他人になにをされても、そんなのは、自己責任だ」という文と、「他人になにをされても、過去のことは一切合切関係がない」から、影響がない(影響がないので、他人の責任は関係がない)」という文は、おなじ機能をもっている。「他人になにをされても、過去のことは一切合切関係がないから、影響がない」「影響がないので、他人の責任は関係がない」「他人の行為の結果は自分の現在に影響を与えない」ということになってしまう。「自己責任だ」というのは、他人の行為に関係なく、他人の行為の結果に関係なく、自分のなかにおさめるべきだという考え方になる。この他人の行為というのが、過去における他人の行為なのである。「過去は関係がない」というのも、他人の行為に関係なく、他人の行為の結果に関係なく、自分のなかにおさめるべきだという考え方になる。だって、過去は関係がないわけだからな。