ひとつずつ、片づけていなければならないのだけど、作業員さんのことを考えると、風呂の修理もできない状態で、こまっている。
まあ、すっぽりタイプのバススリッパをはいてもらえば、いいのだけど、それだと、動きにくいんだよな。
そして、すっぽりタイプのバススリッパをぬいで、外行靴をはくときの動作が面倒くさいのだ。
あそこの玄関だと、うまく、すっぽりタイプのバススリッパをぬぐというのが、玄関のところだと、うまくいかない。
ズボンのすそのところが気になるのだ。作業員の人がはいているズボンのすそが気になるということだ。
これ、最初は、気にしていなかったのだけど、あるネズミ対策業者がきたときに、気になることを言われた。
居間と西の間には、床シートを引いたけど、玄関のまわりの床材は、そのままだし、風呂場のまえのエリアも、上からシートを引きなおしたわけではないのだ。
だから、すその問題がある。
基本、ぼくは、普通のスリッパを使って移動しているので、たぶん、そんなに気にしなくても、だいじょうぶなんじゃないかなとも、思う。
けど、「もしも」のことがあるかもしれないので、気にはなる。
たぶん、今のレベルなら、すその問題も、そんなに気にしなくていいような感じがある。けど、わからない。
いちおう、何回も二酸化塩素スプレーをかけてふいたから、だいじょうぶだとは思うけど、だいじょうぶだという確信はない。
けど、ちょっと修理をしないと、冬はこまるという箇所がある。そして、まあ、マンションなら買えるのだけど、家は買えない。マンションは、ちょっと問題がある。
あとは、ヘビメタ騒音の問題が、やはり、起きたときから、気になる。俺の人生は、ほんとうに、ヘビメタ騒音でズタボロだ」という感覚があり、起きた時間がいつでも、「鳴っている感じ」がする。「鳴ってたなぁ」と思う。
だからヘビメタ騒音のつかれと、ヘビメタ騒音の雰囲気なかで、個別対応しなければならなくなるわけで、気分が重い。重い。重い。
* * *
ほんとうは、こころが張り裂けそうなのだ。ちょっとのことでも、こころが張り裂けそうな気持になる。いろいろなことを、さきのばしにしているわけだけど、きつい。
なにをするにしても、ヘビメタ騒音の雰囲気のなかでやることになる。外にできるときもそうなのだ。外を歩ているときもそうなのだ。
だから、市役所に行くにしろ、歯医者に行くにしろ、不動産屋に行くにしろ、スーパーに行くにしろ、くるしい。
起きてから、ヘビメタ騒音のことを考えないときがない。あれは、ほんとうに精神を破壊する音だった。兄が、まったく気にしないで、ガンガン鳴らしていた。
これ、ほんとうに、「ほかのうち」ではありえないことなのである。
ようするに、ほかの人は経験していないことなのである。
だから、実際に一倍速で、自分のきらいな音が、ずっとずっと、続く毎日がどういうものなのか、わからない。わかっていないのだ。
* * *
バススリッパのことなどを書くと、「エイリは、神経質だ」「エイリは気にしすぎだ」と思う人がいるだろう。
その人たちのうち、何人かは「エイリが気にしすぎだから、たいしてでかくない音を、でかい音だと言い張っているのかもしれない」と思うかもしれない。
けど、きちがい兄貴が、ヘビメタ難聴になるほどでかい音で鳴らしていたのである。ぼくの部屋に入ったことがある友達は、「ひどい騒音だ」と思ったのである。
横のうちの人も、「言ってやろうと思っていた」と言っている。実際に、親父には言ったのである。親父が、きちがいセンスではねのけたのである。
北側の人は、道路のことで、親父には文句を言いたくなかったのかもしれない。ともかく、でかい幼稚園がないような場所だったら、一日目に問題になるような音で鳴らしていたのである。
きちがい兄貴は、マンションに引っ越してから、きちがいヘビメタを鳴らしていないのである。足かけ一五年間、鳴らしたから、もう飽きたというところもあるのかもしれないけど、マンションでは鳴らせない音で、(うちでは)鳴らしていたのである。
そして、兄貴の頭の構造と、親父の頭の構造がおなじなので、きちがい親父のやり方で、きちがい兄貴が「否定」していたのである。でかいとで鳴らしているということを、感覚的に否定していた。
これは、きちがいだからできることなんだよ。
そのことが、よその人にはわからないのである。
だから、よその人が、俺にひどいことを言うようになる。間違った前提で間違った判断をして、俺にひどいことを言うようになるのだ。
よその人が常識的な考え方で、考えたことがちがうのである。