ほんとうに、きちがいヘビメタ騒音をずっとあびせられて、くるしかった。
当時事情を知っていたのは、ダイヤ君やヒロシ君やワタ君やセキ君だけだ。ほかの人には、ヘビメタ騒音のことを、言わなかった。
けど、例外的に、言ったこともある。
「どうして遅刻した」と言われたときだ。「どうして、宿題を忘れたのか」と言われたときだ。
宿題を忘れたわけじゃなくて、できなかった。
ほんとうに、きちがいヘビメタがガンガン鳴っていて、宿題ができなかった。小学六年生のときから、ずっとこんな調子で、いいわけがない。関係がないわけがないだろ。
こいつらは、みんな、「関係がない」と言う。
こいつらは、みんな、「そんなのへんだから、その話は嘘だ」と言う。言わない場合も、そう思って、かげで、俺の悪口を言いまくる。
「できるできると言えば、できる」と言う。「そんなのは、気にするからダメなんだ」と言う。「そんなのは、こだわるからダメなんだ」と言う。「できないなんて、言い訳だ」と言う。「お兄さんにしずかにしてと言えばいい」と言う。「家族で話し合えばいい」と言う。言う。言う。言う。
ところが、この人たちの常識を裏切るような、きちがい兄貴なんだよ。
ところが、この人たちの常識を裏切るような、きちがい親父なんだよ。
平日だってつらかったけど、休日はもっとつらかった。夏休み、冬休み、春休みは、もっとつらかった。
きちがい兄貴が、一日中、なにがなんだろうが、ぜったいにゆずらないで鳴らしてしまうからだ。休みの日は、例外なく、一日に一三(じゅうさん)時間以上、ずっと鳴っていた。
そして、きちがい兄貴が鳴らすとなると、自分(きちがい兄貴)が満足できる音で鳴らすわけ。
きちがい兄貴がゆずったつもりでも、かならず、自分(きちがい兄貴)の耳が悪くなるようなでかい音で鳴らすわけ。自分の耳が悪くなるようなでかい音で鳴らしているのに、「でかい音で鳴らしている」と言う気持ちが、一切合切ない。
きちがい兄貴が、きちがい親父モードで、自分の感覚器を書き換えて、鳴らしてしまった。これ、悪意がないのである。これ、悪気がないのである。こまるにきまっているだろ。それを、俺は、兄貴に、何万回も言ったぞ。十数万回、言ったぞ。
けど、きちがい兄貴が、きちがい感覚ではねのけて、ともかく、聞いて、意味を理解してしまったら、静かにするしかないようなことは、はねのけるのである。
事実を認めるまえに、はねのける。
「でかい音で鳴らしている」のだけど「でかい音で鳴らしている」ということを、「知覚する」まえに、はねのけてしまうのである。
だから、きちがい兄貴は本人は、「でかい音で鳴らしているつもりがないまま」……本人が満足できる「でかい音」で鳴らせるのである。
こんな日曜日があっていいわけがないだろ。
きちがいヘビメタがはじまってから一時間目と、一一時間目は、気持ちがちがうんだよ。疲労の状態もちがう。
ほんとうに、休日も、平日も、きちがいヘビメタで、こころも、からだも、ばらばらだったよ。
ものすごく、ストレスを感じたよ。ものすごい、怒りを感じたよ。あの音のなかで、我慢して生きている……。それだけで、勉強することができないけど、たいへんだった。
鳴っているあいだじゅう、憤慨・憤慨・憤慨・憤慨・憤慨・憤慨の連続だ。
椅子に座っているだけで、とてつもなく、くるしい。これが、関係がない……わけない……だろ。
「そんなの関係ない」と軽く言いやがる。
こんなのが、小学六年生以降、中学三年間、高校三年間と続いていいわけがない。俺は、普通に勉強をしたかった。
俺は、普通に、暮らしたかった。