2019年5月20日月曜日

二〇分の一の体力、一〇分の一の能力で、ぜいぜい言っている状態

しずかだなぁ。ヘビメタでうるさかったなぁ。ヘビメタで死にたかったなぁ。しずかだなーー。あんなの、ない。だれだって、俺のようになるのに、ヘビメタ騒音を知らない人は……兄貴がやったヘビメタ騒音を知らない人は……俺がちょっとした騒音でだめになったと思ってやがる。あるいは、「なってなくたってそんなものだ」と思ってやがる。ヘビメタ騒音のハンディは、他の人にはわからない。ほんとうにすべてがだめになる。生活上のすべてがだめになる。「だめ」が毎日つもったらどれだけつらいことになるか。どれだけ、つらい生活になるか? ほんとうに二〇分の一の体力、一〇分の一の能力で、ぜいぜい言っている状態になってしまう。ほんとうはできるのに、ほんとうにできなくされる。これ、ほんとうに時間の問題なんだよな。勉強なんて、本能的にわかるわけではないのだから、学習によって身につけるしかない。この学習というのは、学習心理学的な意味で学習だ。ようするに、時間をかけるしかない。時間をかけると言っても、ずっと勉強しているということではない。あいまあいまでいいから、ともかく、クリーンな時間が必要なのである。ヘビメタ騒音に汚染されてない時間が必要だ。それから、ヘビメタ騒音をずっと鳴らされている状態で暮らしたら、どーーしたって、鬱になる。けど、それだって、他の人にはわからないから、俺の責任だと言われる。



ヘビメタ騒音でしんどい。

いまは、しずかだけど、ヘビメタ騒音でしんどい。

この、朝の雰囲気。

ほんとう、くるしかった。くるしかっただけの人生なんだよな。苦しいだけの生活なんだよな。すべてが、ヘビメタ騒音で「くさいもの」になる。すべてがヘビメタ騒音で「できない」ことになってしまう。

ヘビメタ騒音のハンディが、他の人には見えない。そうすると、俺がバカにされる。必然的にバカにされる。特に、ヘビメタ騒音のハンディ」がどのくらいのものかまったく想像ができないバカな人にバカにされることになる。これは、くやしいだろ。これは、くやしい。

気違い兄貴が、気違い的な意地で、自分のやりたいことを、やるから、こんなことになってしまうんだぞ。


2019年5月19日日曜日

つかれた。


それにしても、つかれたなぁ。
つかれた。
どうしても、つかれた。
そして、つかれがとれない。




ほんとうに、気違い兄貴にやられてから、他の人に誤解されっぱなしだ。気違いが、気違い的な意地でやりきると、やられたほうは、不可避的にそういうことになってしまう。他の人とのトラブルを抱えることになってしまう。二四時間中、どれだけの時間、気違いヘビメタ騒音にとられたか。

2019年5月18日土曜日

無職という言葉を障害者という言葉に置き換えて、自分が言ったことを考えてみろ


そんなの無職なんだからしょうがない。
バカにされても無職なんだからしかたがない。
そういうことを言われても無職なんだからしかたがない。
こういう発想なんだよ。
無職のところを、障害者と置き換えるとどうなるか?

そんなの障害者なんだからしょうがない。
バカにされても障害者なんだからしかたがない。
そういうことを言われても障害者なんだからしかたがない。

俺がヘビメタ騒音で働けないと言っているのに、ヘビメタ騒音の影響で働けなくなると言うことを信じない人は、普通に、俺をバカにして、見くだす。そして、
実際に無職なんだからしたがないと言いやがる。
こういうことを言うやつが、障害者の人権には敏感なんだよ。
無職の人権には鈍感だな。
しかも、自分が無職に偏見を持ってるということがわかってない。

ヘビメタ騒音の影響を過小評価するのはやめろ。おまえがやられたって、働けなくなる。それなのに、やられてないから、そういうことがわからない。どれだけデカイ影響を与えるかわかってない。働けるわけがないだろ。あんなの、十数年にわたって毎日やられたら、働けなくなるに決まっているだろ。本人の意思ではどうすることもできない睡眠障害にやられて決まった時間に起きられなくなるに決まっているだろ。それがわからないのは、実際に、十数年にわたって毎日ヘビメタ騒音を聞かされなかったからだ。そいつが、俺よりも人間的にすぐれているから、ではないのだ。そいつが俺よりも能力があるから、ではないのだ。そいつが俺よりも体力があるから、ではないのだ。やられたら、だれもが働けないからだになる。働けないからだになったら、無職期間がつみかさなるに決まっているだろ(当時)。それを、なんだ。ふざけるな。

もう一度言う。無職という言葉を障害者という言葉に置き換えて、自分が言ったことを考えてみろ。ふざけるな。

「家かたづけ」をやっているのだけど、いつかかたづく?のだろうか?


「家かたづけ」をやっているのだけど、いつかかたづく?のだろうか? なんか、底なし沼のような気がしてきた。これ、ほんとう、くるしいわぁ。
まあ、なんとかするしかないな。あとは、どうせタンスとかそういうものは、プロに任せてもっていってもらわないとだめだからなぁ。


本当につかれたなぁ。
どうしようかな~~

どうするか?

どうするんだ?俺は??
俺はどうするんだ??
このままなのか??

どーしても、体力がないから、一日やれることが限られているんだよな。つかれちゃうんだよな。

+++++++++++

こういう雰囲気で黄昏れているとき?……もぼくの人生の重要な時間の一部なんだよな。こういうことでよいのだろうか? もっと、生き生きと生きたかったなぁ。ヘビメタ騒音で全部ぶっ壊れた。

2019年5月16日木曜日

ほんとうに、友達といるときも「鬱度が高い」のである

それなりにがんばったけど、なんか、つまらない。







これ、外に出てもかわらない。



友達と外に出てもかわらない。何十年もおなじ。







これは、●●なぁ。



「ああ、俺の人生はなんだったんだろう」と思うよ。



けど、これ、ヘビメタ騒音歴八年目ぐらいからずっと思っていることだから……。ほんとうにすべてない。気違いが気違いの意地で鳴らしたら、俺の人生がすべてなくなった。



これも、他の人にとってみれば、「エイリが言っているだけのこと」なんだよな。あーあ。こんなのないなぁ。


ほんとうに、友達といるときも「鬱度が高い」のである。ヘビメタ騒音で人生がみえなくて、くるしい。不安。つまらない。そりゃ、自分の能力を根本的なところでこわされて、不安に感じないはずがないだろ。そして、世の中の「こうすればいい」というアドバイスは、すべて、ヘビメタ騒音を経験したことがない人たち」による、無理なアドバイスなのだから、くるしくなるに決まっているだろ。やられた俺と、やられてない一般の常識的な人という対立構造ができあがっている。「むりなんだよ」。「むりなんだよ」と言っても、なんだかんだと言って「むりだ」ということを認めない。ヘビメタ騒音を鳴らされて、俺がどういう気持ちで、どういう体力状態で生きてきたと思っているんだ?

十何年間も、一日に二〇時間働いているような状態でいいわけがないだろ。二時間しか眠れない状態でいいはずがないだろ。疲労度は一日に四八時間働いているのとおなじだ。疲労度がつもっていく。もう、七年続いたら、休んだって解決しない。「休めば、そのうち、元気が出てくる」というクソ理論なんだからな。そのクソ理論が間違っているんだよ。

ポジション、見なし問題、偏見のスキーマ



気違い兄貴のハンディで、俺がつねにはじをかいている。

他のやつには見えない。他のやつには見えない、気違い兄貴のハンディで、俺がつねにバカにされ、説教される。そういうポジションに落ち込んだ。これって、ポジションなんだよ。もちろん、ポジションだけではないのだけど、ポジションなんだよ。基本的な能力とか関係ないから。ヘビメタ騒音で落ちているということが、他の人に見えなきゃ、最初からそのくらいしかできない(能力がない)と見なされてしまうわけだから。見なし問題というのは、実はある。それは、偏見のスキーマとむすびついている。

   *   *   *

障害児に対する偏見や差別とたたかっている?人なんだけど、普通に、無職に対する偏見がある人がいる。もちろん、まるで悪いと思わずに偏見をぶつけて、差別するんだよ。見なして、差別するんだよ。「それだって、事実なんだからしかたがない」とかぬかしやがるんだよ。事実というのは「彼」が三五歳なのに、働いていないという事実だ。あるいは、プラスして、「彼」は三五歳なのに、それまでちゃんとした社員として働いたことがないという事実だ。そんなのは、おかしいのである。「はずかしくないのかね」というセンスだ。おまえのほうがはずかしいよ。そういう、常識通りの、しかし、間違った見方をしやがって。おまえのほうがはずかしい。常識的な見方でも、間違っているときがある。常識的な見方ならば、かならず間違っている、なんて言わない。けど、間違っているときがある。前提がおかしいんだよね。けど、前提がおかしいというとがわかってない。

2019年5月15日水曜日

あのときの、あれ、ない

あのときの、あれ、ない。あのときの、あれ、ない。あのときの、あれ、ない。あれを経験してない人が、経験した俺に対して、わかったようなことをいいやがる。『オレだって騒音ぐらいあった』と言うけど、その騒音は、俺が経験した毎日のヘビメタ騒音とは違うんだよ。できるんだったら、できるぐらいの騒音なんだよ。できるんだったら、できないような状態にならない騒音なんだよ。





「あのときの、あれ、ない」なんて言うと、俺がバカみたいだけど、「あのときの、あれ、ない」と言いたくなるような感情はある。パッと浮かんでくる。経験してないやつが、「そんなのはおかしい」「そんなのは気にしなければいい」「そんなのはいいわけだ」とうるさい。(まるまるまるまるまる)。



あー、ほんとう、あのときのあれはない。

   *   *   *

経験しないで、えらそうなことを言いやがって。だれだって、こうなる。だれだって、そうなる。「できている」というのは、条件が違うからだ。俺だってヘビメタ騒音が鳴ってなければ、あんなにもしつこく何時間も何時間も鳴ってなければ、あんなにもしつこく、何年も何年も鳴ってなければ、できた。けど、「鳴ってなければできた」という仮定の話になってしまう。これがどういうことだかわかるか? わかってないやつに、えらそうなことを言われるということなんだよ。経験したことがないやつに、えらそうなことを言われるということなんだよ。

2019年5月13日月曜日

『すべての場合において、すべての人にとってアファメーションはプラスの効果がある』わけではない


鬱だがしかたがない。行くしかない。けど、この気分。本当に、ヘビメタ騒音の朝とおなじだな。いま、午前五時五九分。気違いヘビメタのせいで、入学試験の朝、午前五時五九分、こういう気持ちだった。あれからまったくかわってないんだよな。こころのなかにふきあれる「風」が。嵐が。こんなマケイクサ。小学六年生の後半から、中学一年生の毎日、中学二年生の毎日、中学三年生の、入試までの毎日、ずっと、気違いヘビメタにやられて試験を受けに行くわけだから、おもしろいわけがない。『自分の実力をだすぞ』とワクワクできるわけがない。で、そういうときに、嘘でもいいから『自分の実力をだすぞ』と自分に言い聞かせるように言う……。これがどれだけ俺のこころを破壊してきたか。こんな……。こういう言霊的な宣言(アファメーション)は、プラスの働きをするときとマイナスの働きをするときがある。アファメーションを(ひとに)すすめる人は、すべての場合において、そういうアファメーションがプラスの働きをすると思っている。すべての人において、そういうアファメーションがプラスの働きをすると思っている。けど、違うんだよな。明らかに、マイナスに働くことがある。けど、そういう指摘は、また、うけないんだよな。そりゃ、プラスだと信じたい人ばかりだからだ。信じたい人にとっては、俺の指摘は、なんとなく不愉快なものなのである。そりゃ、うけないよな。アファメーションなどに興味がある人は、アファメーションの効果を『信じたい』わけだから。うけなくても、俺にとっては真実なんだよ。けど、じゃ、誰かさんにとって、アファメーションはどんな場合でもかならずプラスの効果があるということが真実であると言えるのか言えないのかと言えば、言えるだろうとは思う。誰かさんにとっては真実なんだろう。けど、じゃあ、誰かさんが『すべての場合において、すべての人にとってアファメーションはプラスの効果がある』と言った場合、それが正しいかどうかということについて、ぼくは、異議をはさまざるを得ない。

どうせ、やらなければならないのであれば、楽しくやったほうがいい。どうせ、行かなければならないのであれば、楽しい気持ちで行ったほうがいい。そりゃ、そうだ。そりゃそうなんだが、そういうふうにはならない現実がある。俺の場合、何千回も繰り返されたヘビメタ騒音で、そういうふうにはならない状態になった。これ、違うんだよな。どうして、こころが「イチマイイワ」だと思う人たちがいるんだろう。まあ、その人たちはそういう幻想を維持して、がんばって欲しい。けど、『真実』ではないから。

こころが自由に操作できるわけではない。それは、長年体験してきたことや生物的な限界によって、支配されている。要するに、人体やそれまでの体験の影響を受ける。

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小さな楽しみをつくってなんとかしようと思うけど
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2019年5月12日日曜日

おなじ言葉なのだけど、あらわされている内容が違う

起きてから二回目のご飯を食べた。内容は、昨日買ってきたコロッケ。まあ、コロッケもうまい。ぼくは揚げ物をそんなに食べない人間なんだけど、昨日から今日にかけて、とても食べたくなっている。揚げ物ばっかり食っているなぁ。それに、マーガリンとか。あんまり普段は食べなものを食べている。

あとは、身体的につかれたなというのがある。あとは、明日、午前九時まで行かなければならないところがある。時間を決められるとやばいんだよな。そういうからだになってしまった。一五年間の日部メタ騒音で。

で、こっちには書くべきではないのだけど、やっぱり、しんどいわけよ。本当に根本的につらい。つかれた。これで、だれかいい人と会う約束があったとしても、しんどいわけだから……。こういうことなんだよ。ぼくに好意を持っている美少女や趣味趣向があういいやつと会うにしろ、しんどくてつかれていて、浮かないところがある。楽しくない部分がある。疲労のなかに「とけていく」感じがする。いっしょにいて、も、たいしておもしろくもなく、楽しくもない。
ヘビメタ騒音というのは、そういうものなんだよ。人間をそういうものにしてしまう音なんだよ。
ヘビメタ騒音が七時間鳴っている日というのは、だいたい、二〇時間ぐらい気を張り詰めて働いて、二時間ぐらいで移動や移動の準備をして、二時間ぐらい横になっている日とおなじだ。本当はこれよりもつらい。ヘビメタが七時間鳴っているということは、二〇時間働いているのよりもつかれる。つかれかたが半端じゃないのである。ほんのちょっとうるさい音で一時間ぐらい鳴っていたというわけではないからな。俺の話を聞いても、そういうふうに誤解するやつがいるんだよな。そんなものじゃないと言っているのに。その人の騒音体験がそういうものなのだろう。だから、そういう騒音体験をもとにして、騒音のつかれを「おしはかる」のだろう。けど、ちがう。これ、一日は二四時間だから、おかしな話になるけど、あのヘビメタを七時間鳴らされ続けるということは、労働時間にすると、だいたい、四〇時間ぐらいだ。一日に四〇時間ぐらい、気を張り詰めて働くの同じようなストレスがかかってしまう。一日に四〇時間はおかしいけど、労働のストレス量と「うちの」ヘビメタ騒音のストレス量を考えるとそのくらいになる。毎日四〇時間以上の労働をしているのとおなじストレスがかかる。そういうめちゃくちゃな状態だ。ほんの少しの睡眠で、回復できるわけがないだろ。そして、一五年という期間の長さが問題だ。これ、本当に、「なりおわったらかんけいがない」と言う人がいるけど、底まで長い期間やられると、終わってからも、ずっと、尾を引く。体の疲れが残る。感じ方がおかしくなる。『楽しい』と感じる能力がなくなる。しかし、これも、一五年間そういう目に遭ってきた人じゃない人に『楽しい』『楽しい』と言えば楽しくなるのにそういう努力をしないからだめなんだとだめ出しをされるようになる。『楽しく感じない』なんていうのは、そいつがわるいという理論だ。『楽しく感じようとしないのがわるい』『考え方がネガティブだからわるい』『過去のことは過去のことなのに、こだわるからわるい』と間違った理論を展開しやがる。その間違った理論の根底には、その人の騒音体験がある。その人の考える『騒音』といったものとぼくが実際に経験した気違いヘビメタ騒音はちがうのである。『騒音』というおなじ文字であらわされているにもかかわらず、俺が騒音と言う場合と、その間違った考えをもっている人が騒音と言う場合は、まったく違った意味合いをもつ言葉になってしまうのである。おなじ言葉なのだけど、あらわされている内容が違う。

ともかく、気違い兄貴の態度でやられると、気違いヘビメタ騒音を体験してない人から、俺が軽く見られるのである。『楽しみを感じない』ということだって、自己責任だと彼らは言っているのである。そんなのは、楽しみを感じるようにしようとしないおまえがわるいと彼らは言っているのである。このダメダシ。こいつらは実際に実際のヘビメタ騒音を経験してない。これは、走ったら息があがるということを、走ったことがまったくない人が理解してないのとおなじだ。人間の体の反応としてそうなるということが理解できてない。あまりにも特殊な経験だから、理解できないのはわかるけど、愚かだ。だいたい、こいつらは、「(おまえが)わるい」とは言ってないと言い出すと思うけど、じゅうぶんに言っている。

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一キロ走った人が、走り終わったあとしばらくぜいぜい言ってたとしよう。そのとき、一度も走ったことがない人が「走り終わったのだから、ぜいぜいいう必要はない。走り終わったのだから過去のことは関係がない」とか「激しく呼吸をしようとするから、ぜいぜい言っているんだ。激しく呼吸をするのをやめようと思えばぜいぜいぜいいう必要はない(激しく呼吸をする必要はない)」ということを言ったらどう思う?
おまえは、走ったことがないからわからないだけだろと思うだろ。そういうことだ。

過去のことって、走っているさいちゅうのことな。関係、あるじゃないか。走ったから、走り終わったあとも、しばらくのあいだぜいぜい言う。激しく呼吸をしなければならない状態が続く。
まあ、こういうことを言うと、「しばらく」のあいだだけだろと思う人がいるかもしれない。これは、短期的な影響と長期的な影響の二種類があると思っていい。ヘビメタ騒音が鳴っていた日、たとえば七時間ヘビメタを鳴らされ続けたあと、眠れなくなるのは、「しばらくのあいだ」の影響とおなじだ。それと、ヘビメタ騒音を一五年間やられたあと、一六年目以降「楽しく感じることがなくなってしまった」というのは、たしかに違う。けど、これは、モデルが違うだけなのである。この場合は、三〇年間チェーンソーを使っていたから、三一年目、チェーンソーを使っていなくても、手が震えるといった例や、一〇年間ボクサーをやったから、引退したあともパンチドランカーの症状が出たという例とおなじだ。要するに、短期的な反応と長期的な反応があるということだ。

ぜいぜい言うというのは、激しく呼吸することだとする。この場合、「ぜいぜい言うのをやめよう」とか「ぜいぜいいう必要はない」と何回も言っても、やはり、ゼイゼイ言うのではないか。それは、からだが、酸素を必要としているからである。いままでのマイナス分を取り戻そうとしているのである。その場合、『必要』はあるわけで、『必要がない』とは言えない。ストレッサーに対する反応は、「ひつようだからやっている」という部分がある。というか、体にとっては必要なことなのである。問題なのは体の反応に対して、ストレッサーが強すぎたときだ。また、ストレッサーの持続が、長すぎたときだ。
ともかく、走ったことがない人が「ぜいぜい言う必要はない」などと冷ややかに言ったとしても、それは、走ったことがある人にはとどかない。「おまえ、なに言っているんだ」という話になる。ヘビメタ騒音にかんしてはそれとまったく同じ話なんだよ。けど、違うところがある。それは、走ったことがない人はきわめて少数であるのに対して、「うちのあにきの」ヘビメタ騒音をあびたことがない人がきわめて多数だからである。原理はまったくおなじだけど、立場(けいけんのあるなし)が違うので、おなじ話だということがわからないだけだ。普通の人にはわかるわけがない。






2019年5月10日金曜日

ひとりで布団に入ったとき、泣いた

それにしても、どうしてこんなにも、生まれた家に差があるのか?
生まれた家で経験したことに差があるのか?
こんなの、もう、無理だよな。
こんなの……。

一般的な意味での幸福論とかぼくには、「えん」がないから。土台がちがう。ヘビメタ騒音でくるしかった。小さいときは、気違い親父の気違い的な爆発でくるしかった。『むかし、自分を虐待していた親を介護しているだけでもかわいそう』と言ってくれた人がいたんだけど……そのときは、いろいろ説明するだけで精一杯だったから、『この程度の説明でわかってくれる人はいるのか』と思った程度だったけど、帰ってきてひとりで布団に入ったとき、泣いた。その言葉が自然に浮かんできて泣いた。

(前の話)

こまかい、いろいろなところで、ズタボロ。

いまの俺がつまらないと感じているわけだからしかたがないよな。

ヘビメタ騒音で全部ちった。

こまかい、いろいろなところで、ズタボロ。

2019年5月9日木曜日

俺は鳴らされてハンディがある状態で生きていくしかなかった

つまんない。
やはり、ヘビメタ騒音でつまらない。あの繰り返しで、ぼくはつまらなくなった。ぼくのこころは、こわれた。どうしてもつまらない。楽しくない。

毎日、勉強の邪魔をされていいわけがないだろ。毎日、すべての時間、勉強の邪魔をされていいわけがないだろ。勉強の邪魔だけではなくて、興味があることもできない状態になった。あれ、本当、くるしんでいるだけだからな。常に絶叫モードでくるしんでいる。

いま、実は、幼稚園の子供がぎゃーぎゃー言って叫んでいる。近くの道路を工事している。がががががーと鳴っている。けど、勉強はできる。あの騒音はそういうことではないんだ。

むかし、幼稚園の子供がぎゃーぎゃー叫んでいるぐらいでは問題ではないとぼくが言った。そうしたら、それを聞いた人が、「じゃあ、ヘビメタだって問題じゃないじゃん」と言ったのだ。なにを聞いているんだ? 子供がぎゃーぎゃー叫んでいるぐらいの音ではないと言っているだろ。そんな、叫び声よりもヘビメタがでかいんだよ。すぐ横の兄貴の部屋で鳴っているヘビメタの音圧はそんなものじゃないと言っているだろ。なにを聞いているんだよ?

これ、なんて言うのかな? 「引きこもりであれば、コミニュケーション障害だ」「もし、長く引きこもっているのであれば、コミニュケーション能力に問題があるに違いがない」というような間違った推論とおなじなんだよな。用知恵の子供がさわいでる音と気違いヘビメタの音は違うんだよ。ヘビメタノほうがずっとずっと音圧がある。だからこまっている。「幼稚園の騒音がいいなら、ヘビメタだっていいじゃない」というのは根本的に間違っている。なにを聞いているんだ? ずっと、幼稚園の騒音よりもヘビメタ騒音のほうがでかいと言っているだろ。

俺は、ヘビメタ騒音がなければ、少なくても自分が興味を持っている科目はできた。これがくやしい。志望大学?にも現役で入れた。常にヘビメタ騒音のハンディで、バカな看板をぶら下げているのはいやだった。ヘビメタ騒音が、見えないハンディだから……俺は……。あんなの本当気違い兄貴が、ヘッドホンをすればそれですむことなんだぞ。気違い兄貴が「なまのおと」にこだわって、「じぶんのきのすむようなでかいおとでならすこと」にこだわって、鳴らし続けたから、俺は鳴らされてハンディがある状態で生きていくしかなかった。納得いかない。他の人にはないハンディがある。しかも、他の人は、このハンディについてつねに過小評価をしている。それから、このハンディを抱えなかった場合の俺の人生が、架空のものになっている。このハンディのデカさが他の人にはわからない。そして、実際に気違い兄貴が、すべての使える時間を使って鳴らしたので……そうではない現実がなくなってしまった。そうではない現実……。俺以外のすべての人には気違い兄貴のヘビメタ騒音がない。そうではない現実をもっている。他の人は、ヘビメタ騒音がなく、ヘビメタ騒音がない場合の現実をもっている。この違い!! この違い!! この違い!!

どんだけなんだよ。



本当にヘビメタ騒音で人から誤解されている


今日、何時に起きたのかは、わからない。しょうべんに何回か起きている。その都度眠ってしまったので、ほんとうになんだかわからない。たぶん、午後九時か一〇時ぐらいに起きたんじゃないかなと思う。思うだけだけど。

いま、腹がいたい。
これは、肩の痛さとは関係がない痛さだ。
これは前々から、一回目のご飯を食べると痛くなるので、それで痛くなっているのだと思う。

肩と首がまだ痛いので、なんと言うか、たとえば、ステーキを食べに行くことができない。自転車で、一駅ぐらいすすまなきゃいけないわけよ。いまは、そんな体力も気力もない。ステーキを食べに行ったのが、遠いむかしのようだ。ぜんぜん、行ける気がしない。自転車をこいで、どこかに行くということが、まったく思いつかない。ステーキ屋はけっこう遠いんだよな。まあ、近くにもう一件あるんだけど、そこは、夜の一一時ぐらいにはしまるから……。朝の四時までやっているステーキ屋っていいよな。あそこは、本当に三〇年前に入ろうとして、入れなかったところなんだよな。まあ、入ってみたら普通のステーキ屋なんだけど、当時はなんとなくあやしげな雰囲気があった。当時、女の人が客引きをしていたのだ。だから、なんか風俗みたいな感じだったんだよな。まあ、俺は当時、お金の余裕が本当になかったので、一八〇〇円でステーキを食うとか、そういうのは、なかった。三〇年だからなぁ。三〇年。

図書館の本が取り置き済みになっているのに、取りに行けない。図書館とステーキ屋はわりと近くにある。こんど、図書館に行ったら、ステーキ屋にもよってくるかな。ステーキ屋は午後六時からやっているらしいから、かぶる時間はある。けど、やっぱり、深夜、返却ボックスに本を返しに行って、そのあとステーキ屋によるということになるのだろう。けど、けど、やっぱり、いまの状態だと、行けない。まじで、からだが痛い。首と肩が一番痛いけど、腰とか脇腹も打っている。それから、なぜか、左手の小指がぴりぴり痛いときがある。いまも、ちょっと不便を感じながら打っている。

なんか、図書館なんて、イスカンダルだよ。はるか宇宙の彼方という感じがする。とてもじゃないけど、自転車でこいでいけない。親友のことは失敗したなぁと思う。ところで、実は、なんか留守録に、『入院してしまった』というようなメッセージが録音されているのだ。で、名前のところがよくわからない。「イダだけど」と言っているように聞こえるけど、どうも聞き取れないんだよな。イダさんは知らない。「なになにだけど」のところが、へんな発音でどうしても聞き取れない。タダの間違い電話だろうか。「またかける」と言っていたのだけど、新しい留守録はない。話の感じからして、よっぽど親しい人なんだよな。折り返しの電話番号とか入れておいてくれればいいのになぁ。あとは、名字をちゃんと発音して欲しいなぁ。
これ、なんか気になるんだよね。

本当にヘビメタ騒音で人から誤解されている。他の人にはわからないだろうけど、部活でもなんでもそうなんだよ。
あとは、新しい人間関係にしろ、なんて言うのかな……いろいろとめんどうなところがある。
それから、こっちのほうの気持ちもあるんだよ。ヘビメタ騒音からはじまった、あれやこれやで、人づきあいがとてつもなくつまらないものになっている。

2019年5月8日水曜日

俺が倒れたときに考えることがヘビメタ騒音のことなのだ


実は、ゴミが入ってないゴミ袋のうえで足をすべらし、脳天逆落としのような状態で、頭を壁にぶつけてしまった。頭はいたくないのだけど、首と肩がものすごく痛い。やばいのだ。やばいのだ。

寝違えたようになっている。首が下に動かない。うえには動く。一〇分間ぐらい、いたくてたてなかった。最初の三分間は、「あ、これ、救急車、よばないと、だめかな」と思ったほどだ。けど、動けなかったんだけど。
いまもみょ~な感じで、頭と首が痛い。おもに、首側なのだけど、頭のうしろのほうも、ぴーん、って感じでいたくなるときがある。まあ、首だな。耳の後ろあたりか。肩も痛い。はじめは、肩のほうがめちゃくちゃにいたかった。倒れたとき痛みを感じたのは、実は、肩と背中。頭も打った感じはあったけど、肩のほうがめちゃくちゃにいたくて、わからなかった。実は右の腰もちょっと痛い。(床は段差がある床なので、痛いところがわりとへんなふうに分布している)

まあ、そんなこんなで、心細く、くるしい状態だ。

もともと、やる気がなかったけど、もう、完全にやる気がない状態となった。けど、仰向けに寝ることができないので、横になるのも、どうかと思う。横向きだと寝れる。

けど、なんかもう、いい。寝ていてもつらい。
起きてやることはない。本当はあるけど、とてもじゃないけど、できない。なんか、だるさまであるのだ。肩の辺りがもわーっとだるい。頭の後ろも、なんかおかしな状態だ。

   *   *   *

安静にして痛みが去るのをまつ。
しかし、ヘビメタ騒音でつかれた。
この感覚、他の人にはわからないんだろうな。
わからないんじゃしょうがない。わからないということは、「ない」ということだからな。考慮からはずされているわけだから、ああいう反応をするわけか。けど、そういうことを言うご本人だって、小学六年生のころから、あの音でずっとならされ続けたら、死にたくなって外に出れなくなると思うんだけどね。少なくても、決まった時間に出勤できなくなる。長すぎる。その人たちが無視しているところは、不可避的な体の症状だ。あまりにも、一般的ではないことなので、一般の人はわからない。俺だって、気違いヘビメタを実際に経験するまではわからなかった。いずれにせよヘビメタ騒音の苦しさは、他の人にはわからないということになる。わからないのであれば、ヘビメタ騒音の効果は無視して、ぼくにものごとを言うことになる。もっと正確に言えば、そういう人たちは、ヘビメタ騒音の負の効果を無視して、ぼくに、ありきたりの助言をすることになる。ヘビメタ騒音の負の効果なんてたいしたことがないと思っているのだから、平気で『ヘビメタが鳴っていたとしても、働いたほうがいい』というようなことを言うだろう。それは、架空の『ヘビメタ騒音を経験してないぼく』にとっては適切な助言なのかもしれないけど、現実の『ヘビメタ騒音を経験したぼく』にとってはたいへん不適切な助言だ。ののしっているのとたいしてかわりがない。そういうことを言う人たちが、ヘビメタ騒音生活をすることは、ない。その人たちの『騒音経験』をもとにして、『騒音の負の効果』を推量してものごとをいうことになる。『それでいいじゃないか』と普通の人は思うかもしれない。けど、実際にやられてきたぼくにとっては、いいことじゃない。ゆるせないことだ。

ヘビメタ騒音のあの音のレベルで毎日続くということの本当の意味が『経験として』わかってない。だから、ヘビメタ騒音の負の効果を』過小評価して、間違った前提に立って、物事を言うことになる。

そして、他の人は……つまりぼく以外の人は……『気違い兄貴の態度』が、これまた経験としてわかってない。わからない。説明されても、わからない。疑問を持ったままになる。だから『実際にそういう人がいるとしても』というような仮定の話になってしまう。

それから、『気違い兄貴の態度』について一番わかってないのが気違い兄貴本人だという事実がある。他の人がわからないのはわかるけど、兄貴がわからないのわからない。これは、おかしい、他の人が矛盾を感じるところなのだけど、実際にそうなんだ。そうとしかいいようがない。ともかく、兄貴は、こだわって、こだわって、自分が思ったとおりの『でかい音』で鳴らしているとき、『でかい音』で鳴らしているつもりがない。頭がおかしいレベルで、認知が書きかえられている。自分の(無意識的な目的のためには)自分の都合がいいように認知を書きかえることができるような人間なのだ。意識的には常に「つもりがない」のである。いわれないから気がつかないのではなくて、どれだけ言われたって、気がつかない。言われたら、言われたときだけ、否定語を繰り返して、それでおしまいだ。あとは、一切合切関心を持たずに、『自分がやりたい音』で鳴らしまくる。『自分がやりたい音』で鳴らしまくっているのだから、よその家ではあり得ないほどでかい音で鳴らしているのに、よその家ではあり得ないほどでかい音で鳴らしていると思っていないのだ。やり終わったら、もう、鳴らさなかったのとおなじ心理状態になる。一切合切鳴らさなかったのとおなじ認知になってしまう。

ヨソの人が、兄貴の意地や、兄貴の矛盾した態度や、兄貴の矛盾した認知について、ぼくが嘘を言っているのではないかと思うということはわかるけど、兄貴が、本当にまったく『つもりがない状態』で鳴らしていることは、わからない。俺でさえ、『そんな都合がいいことがあるか?」と思う。けど、兄貴が言っていることを考えると、そういうふうに考えるしかない。兄貴が鳴らしている態度を考えるとそう考えるしかない。兄貴に『静かにしてくれ』と俺が言ったときの、兄貴の態度を考えると、そう考えるしかない。

信じられないけど、そうだ。兄貴が一番、自分がやったことについてわかってない。ヨソの人が『そんな人、いるのかな?』と疑問を持つこと自体はわかるけど、事実だ。で、ヨソの人は、俺の話を聞いたあとも、疑問を持っているわけだから、よけいにヘビメタ騒音に関して、過小評価をする。

   *   *   *

本当に信じられないことなのだけど、あれだけ意地になってこだわってこだわってやったことなのに、本人はまるでこだわりがない状態なのだ。

こだわりがない状態というのは、一〇〇%自分が思ったとおりにやれたから、そういう状態になっている。やりきったからそうなんだよ。あれで、本当に!自分が一分間でも譲らなければならないと鳴ったら、どれだけの怒りがわき起こってくるか。で、そういう態度でやりきったのだけど、やりきれたので、「まったくやってない」という主観的な感覚が成り立っている。こんなの、他の人にわかるか? これをやり始めたのは、気違い親父で、うちではなじみがあること」なのである。うちでは、ごくあたりまえのことなのである。うちでは、ごく当たり前に成り立ってきたことなのである……それも毎日。そりゃ、ご本人がそういう性格なのだから、一日二四時間、そういうモードで暮らしているのだから、いつもそうなんだよ。うちでは、いつもそうだ。ヨソでは、隠しているのかもしれない。けど、隠しているつもりはないんだよ。ヨソにいるときは、普通に『ヨソモード』で生きている。うちに帰ってくれば『ウチモード』になる。本人は別に使い分けているつもりではない。うちにいるときは、ずっと、そういう性格、そういう反応、そういう感じ方なんだよ。だから、血相をかえて顔を真っ赤にしてやりきったことはまったくやったことじゃないのである……本人にとっては。本人はまったく関係がないことなのである……本人の主観としては。そういう意識が成り立っているのである。これは、記憶障害じゃない。普通の記憶障害ではない。本当はやったこと自体は覚えているのである。けど、気違い兄貴にかんしては、たとえば、でかい音で鳴らしているのにもかかわらず、こんなのは小さな音だと考えることで、そういうところを、飛び越えているのである。音を鳴らした記憶はあるけど、でかい音を鳴らした記憶はないということになっているのである。常に!! こんなのわかるか?? 本人は「こだわらないこと」で、そういうことを実現しているのである。こだわりきってやったことは、一切合切関係がないことなのである。かりにやったとしても!!!自分には関係がまったくないことなのである。『自分がやったことじゃないから、そんなのは知らない』という感覚も同時に成り立っている。この感覚がわからないか? ヨソの人はこの感覚がまったくわからないのか? そういうふうに感じるのは、自分が思ったとおりに思ったことをやれたから。これで、ちょっとでも制限が加われば、自分が関係があることになって、我慢させられたことになるのである。我慢させられた感覚だけは残るはずなのである。我慢させられた感覚が残らないのは、本当に、自分がやりたいようにやれたから。だから、やっているのだけど、本人は、「まったくやったつもりがない」ままなのである。かかわっている感じがしない。で、そういうことが問題になるのは、自分が不都合なことをいわれたと思ったときだけなのである。だから、まったく気にしないで、当の行為を行うことができる。まさしく、「やったってやってない」なのである。これは、親父がやり始めたことなんだけど、兄貴がヘビメタでおなじことをやった。兄貴のヘビメタのほうが、親父のすべての行為を束ねたことよりも、影響を与えている。兄貴のことにしたって……つまり、ヘビメタ騒音のことにしたって……こういうしくみがわからない人にとっては……たいしたことじゃないということになってしまうのである。だから、「お兄さんに言えばいい」『家族で相談すればいい』というような助言をするのである。この助言も、俺にとっては、俺をくるしめるだけの助言でまったく意味がない助言だったよ。俺がどれだけ苦労して気違い兄貴と気違い親父を交渉のテーブルに着けたと思っているんだよ。三ヶ月前からずっと言って、一日だけ、一〇分間、交渉のテーブルについた。そして、兄貴はずっと黙っていた。そりゃ、「せいげんをうける」のはいやだからだ。『それじゃ、静かにしてやる』とは口が裂けても言えない。『それじゃ、試験の前、三日間だけ、鳴らさないで静かしてやる』なんて、口が裂けてもいいたくない。たとえ、一〇分間だろうが一分間だろうが、絶対に、自分が我慢するのはいやなのだ。そういう意地がある。そういう意地があるのだからやっているときは、我慢せずにやっているんだよ。これが、親父と同じ性格だからまったくわかってない。三年以上ずっと毎日そうしているということがわからない。その時点で、三年と五ヶ月ヘビメタ騒音を毎日、存分に押しつけているのに、一日に一分も譲らないで押しつけているのに……まったく押しつけているつもりがないのである。で、気違い親父とおなじだから、「おしつけているつもり」がなければ、それは、「げんにやってない」「そんなことはまったくしてない」のとおなじなのである。こういうやりかたで、無視して、頑固に、相手がやるなといっていることをやる。やり続ける。けど、「つもりだけ」はないのである。本当にまったくない。自分がかかわっている感じがしない。本当は、張本人なのに、まったく関係がないつもりでいる。で、話しあい(家族会議のあとだって)二階に上がって、フルの音でガンガン鳴らしている。ガンガン鳴らし続けた。一日中、ガンガン鳴らしているのである。鳴らしたのである。それで、なにも、感じないんだよ。家族会議のとき、弟が困るからやめてくれと何回も言ったけど、自分は無視して押し切って鳴らし続けた……という気持ちがない。実際にやったことはそういうことなのに……いわれた当日だって、そういう態度、そういう感覚で鳴らし続けた。まったくわるいと思ってないんだよ。まったく影響を与えたと思ってないんだよ。そういうことをしてたって『自分はしずかにしてやった』『ゆずってやった』と顔を真っ赤にして言うんだよ。あとになればそうなる。これも、親父のコピーだ。親父が発狂的な意地で無視してやったことを、こっちが「やった」というとそういう態度であばれるというか、怒る。怒り狂う。で、自分が怒ったら、それで、スイッチが切れている?らしく、本当に関係がない人になってしまうのである。自分が不愉快なことをいわれて腹が立ったという感覚しか残らない。これは、親父がやり始めたことだけど、兄貴もおなじだ。完全におなじ。やったことだけど、兄貴がヘビメタでズッとやったことだ。

2019年5月7日火曜日

それは、うちの現実を説明できない言語なのである。そういう思いこみが、全部間違っている。

ヘビメタ騒音がどれだけつらいか、だれもわかってくれない。それから、張本人の気違い兄貴がまったく、わかってないんだよな。どれだけ言っても、まったくつたわらなかった。自分は鳴らしたいわけだからさ……。自分は自分が鳴らしたい音で鳴らしたいわけだからさ……。自分が鳴らしたい音というのが、客観的にものすごくでかい音なんだよ。気違い兄貴だって、他の音楽をあの音のデカさで、むりやり聞かされたら、ものすごく腹が立つんだよ。いやでいやでしかたがない気持ちになるんだよ。三分間、その音楽が続いたら、三分間、猛烈にくるしい状態になるんだよ。そういうでかい音で鳴らすことにこだわって、でかい音で鳴らした。そして、『でかい音だ』と言うことを認めなかった。でかい音だと言うことを認めると静かにしなければならなくなるからだ。でかい音で鳴らせなくなってしまうからだ。だから、自分をだました。こういう、自分をだます心的な喜生が、気違い親父とそっくりなんだよ。だから、自分が意地に鳴って鳴らした音は意地に鳴って認めないと言うことに鳴ってしまう。で、これが完璧なんだよ。自分だましが完璧。だから、本人はまったく疑問を持たない。つねに、疑問を持たなければならないようなことをやっているのに、疑問を持たない。ヨソの人が無視しているのは、実際に気違いヘビメタを七時間なり一四時間なり、鳴らされたときのからだの状態だ。それから、精神の状態だ。これは、実際に横の部屋で、鳴らされないとわからない。どれだけくるしいことかわからない。だから、『俺だったら平気だ』『どれだけ鳴ってたといったって、たいしたことではないんだろ』と思ってしまう。ま・い・に・ち。毎日というのが、重要なファクターかわかってない。そういう人たちは、なんて言うのかな、一日に一時間ぐらい、フォークギターの五倍ぐらいでかい音で、ヘビメタが鳴ってたと誤解してしまう。あるいは、一日にい時間ぐらい、テレビのでかい音ぐらいの音で鳴ってたんだなと誤解してしまう。「そんなんじゃない」と俺が言っても、そいつらの頭のなかで考えられる『騒音量』がそのくらいのものだから、勝手にそのくらいの音だと思ってしまう。俺が言っている現実を無視して、感覚としては、一日に一時間ぐらいちょっとうるさい音で鳴ってたんだなと思ってしまう。……そんなんじゃないのに。そして、期間は、せいぜいどれだけ長くても、半年ぐらいそういう毎日が続いたんだなと……勝手に考えてしまう。俺の話を聞いても、そいつらが想像する『騒音』というものがそういうものだから、たいしたことじゃないと無意識的に思ってしまう。実際のヘビメタ騒音を経験してないから。実際の気違い兄貴の態度がわかってないから。気違い兄貴がどういう人間かほんとうにはわかってない。だから、『そんな人間はいない』とどこかで仮定してしまっている。だから、俺の言うことが信じられない。だから、『たとえ鳴っていたとしても(たいしたことじゃない)』と仮定の話として考えてしまう。それは、愚かなことだ。けど、だいぶ賢そうな人がそういうことをするんだよ。常識的な人、学歴がある人がそういうふうに考えてしまう。そりゃ、うちは、非常識な家庭で、気違い親父や気違い兄貴の感覚はたいへん非常識なので、常識的な人から見れば、よそよそしいものなのである。『現実感がない架空の人』に見えるのである。あとは、ヘビメタが好きな人も、『なんだ、そんなの!』と言いがちだ。思いがちだ。けど、ヘビメタが大好きなカオ君という、兄貴の友達が聞いても、気違い兄貴のヘビメタノ音はあり得ないほどでかい音だったのである。『自分はこんな音で鳴らしたことがない』と言ったほど、でかい音なのである。『家族の人がかわいそうだよ』とヘビメタが好きなカオ君が言ったほどでかい大人のである。気違い兄貴が、本当に、普通のテレビぐらいの音で鳴らしていたら問題になってない。気違い兄貴が、本当に、フォークギターぐらいの音でヘビメタを鳴らしていたら、まったく問題になってない。現在、兄貴の部屋は、ぼくの本置き場になっている。、なのでぼくが入るときがあるのだけど……。ああ、正直に言うと、もと兄貴の部屋にも、ねずみが入ったので、ねずみの糞の処理しなければならないんだよ。それは、もう、一年ぐらいほうってある。ねずみの糞のなかには「せんちゅう」というおそろしい生物が入っているので、なるべくなら処理したくない。けど、処理をするために入った。そのとき、自分の部屋で、英語の音声プラス音楽を鳴らしていた。ちょうど、フォークギター二本分ぐらいの音だ。その音でも、自分の部屋では、大きすぎるほどよく聞こえる。兄貴の部屋の近くに、スピーカーがある。このスピーカーは、兄貴のスピーカーにくらべたらずっと小さいスピーカーだ。けど、ちゃんと音が出るし、人が大きめの声で話すぐらいの音は出る。で、自分の部屋で出している音を兄貴の部屋で聞いてみたんだけど、小さい。ものすごく小さな音として聞こえる。気違い兄貴が、普通に、このくらいの音で、ヘビメタを鳴らしていたら……問題は生じなかったんだ。気違い兄貴が、親父のような気違い的な意地で、ものすごく大きな音で鳴らすことにこだわって鳴らしたから問題が生じた。で、この音のでかさが、他の人にはわからないのである。特に、教師をやっているような人にはわからない。教師になるような子供が生まれてくるような家は普通の家だからだ。普通の家の子供が教師になりやすいからだ。気違いの実態がわかってない。気違いの、本物の気違い的な意地がわかってない。これ、本当に、でかい音で鳴らすことにいのちがかかっているんだぞ。そして、絶対にゆずらないことにいのちがかかっているんだぞ。そして、耳が正常ならだれでも聞き分けることができる音を、無意識的に聞き分けないようにして、頑固にやり切るんだぞ。普通なら、ものすごくでかい音だと認知できるような音で鳴らしているのに、ものすごくでかい音ではなく普通の音だと認知しているんだぞ……少なくても意識的には……。クソ意地で鳴らしているから、わからない。親父とおなじなんだよな。親父が夢中になって迷惑行為をやるときおなじなんだよ。兄貴の頭の構造は、親父の頭の構造とおなじ。やり方がそっくり。こんなのない。こんなの、普通の家で生まれ育った教師にわかるわけがない。『どれだけでかい音で鳴っていると言ったって、本当はたいしてでかい音じゃないんだろ』と無意識的に思ってしまう。『ちゃんと言えば、ちゃんと静かにしてくれと思うけどなぁ』と無意識的に思ってしまう。それは、うちの現実を説明できない言語なのである。そういう思いこみが、全部間違っている。

へんな時間に眠ってしまった

明るいことは書けないな。
どうするかな。
今日はへんな時間に眠ってしまったので、これから眠るのはちょっときつい。へんな時間に寝たとき、なんて言うのかな、眠っているあいだは一瞬のように感じられたんだけど、四時間ぐらい眠っていた。で、眠る前も精神的にきつかったし、起きてからも精神的にきつかった……んだよ。だから、眠って、気持ちがよくなったとかそういうことはない。なのでつらい。

どこかに行く予定がないのにもかかわらず、やはり、ヘビメタ騒音の朝の感じとおなじ感じがする


2019年05月06日18時24分06秒
さっき、起きた。いつ、起きたんだろう?
いや、さっき起きたわけだけど、具体的には何時何分に起きたのだろうかということを問題にしているのだぁ~~だぁ~~。
はたして、何時何分に起きたのやら? やらやら??

ともかく、腹がへって起きた。腹がへった。なぜか急にパンにバターを塗ったものが食べたくなった。オーブンレンジで焼くのではなくて、電子レンジであたためるのだ。あたためるやつが食べたくなった。あれは、焼くのよりもいい。ふかふかになる。時間も焼くのよりは、短くてすむ。まあ、それが頭に浮かんだので、冷凍食パンにバターを塗って、電子レンジでチンした。
これが、うまい。

これにあうのは、やはり紅茶だ。砂糖なし紅茶。
というわけで、紅茶とパンで食べた。一枚食い終わったとき、もう一枚食べたくなったのでおなじようにしてつくって食べた。うまかった。

そのあとは、他の人のブログなどを読みながら『ヘビメタ騒音』について考えていた。これは、ヘビメタ騒音そのものについてではなくて、ヘビメタ騒音について俺が語ったときの、他人の反応についてだ。他人の反応……そんなのは、関係がない? いや、関係、あるでしょ。ありありだよ。まあ、それはいいとして、ともかく、他人のブログを読みながら、それとはあんまり関係がないヘビメタ騒音について考えていたということだ。だいたい、頭のリソースは、6対4だ。他人のブログに書いてあること6に対して、ヘビメタ騒音関係のことが4だ。

   *   *   *

もう一度寝るかな?

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午前二時。

倉庫部屋を片付けようかと思ったけど、なんかやる気がしないのでやめた。
マスクをかぶった時点で、頬を留め金と留め金付近の突起物(とげみたいになっている)でひっかいてしまった。これは、ツメで強くひっかくのより、威力があったので、ひりひりする。いたい。
やり方を工夫する必要がある。工夫のしかたは考えたので、今度は失敗しないだろう。けど、やる気がしない。

そのうちやる。

横になってもしかたがないわけだが、また横になるかな。
さっき、バナナを食べた。

本当は買い物に行きたいのだけど、これも、なんか行きたくない。
今日は、図書館に行けるだろうか? 行くとしたら午前中だ。眠ったら、閉館時間後に起きるということになってしまう。
ぼくは常日頃からけっこうつらい。ヘビメタ騒音以降、ずっと毎日、常日頃からつらい。頭がモヤモヤしている。ヘビメタ騒音以前の頭の状態に復帰するということがない。ようするに、いつも頭がモヤモヤしている。いまも、モヤモヤしている。

けっこうつらい。だれにもわからない。

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それにしても、なにをしていても、ヘビメタ騒音の朝の感じとおなじだ。
いま、午前五時四一分なんだけど、これは、ヘビメタ騒音の朝とおなじだ。ヘビメタ騒音期間中の朝とおなじだ。どうしても、くるしい。だれもわかってくれない。
どうしてもくるしい。ヘビメタ騒音でくるしいと言っているじゃないか。ずっと言っているのに、どうして認めないのか?

いま、現在どこかに行く予定はない。これから用意して出かけなければならない場所はない。連絡がきて、行かなければならないことになるかもしれないけど、少なくてもいまの時点では、どこかに行く予定がない。どこかに行く予定がないのにもかかわらず、やはり、ヘビメタ騒音の朝の感じとおなじ感じがする。くるしい。
だれもわからない。

こういう状態が、俺が引きこもっていることのひとつの原因だ。

2019年5月5日日曜日

兄貴のこだわりかたなんて、本当にヨソの人にはわからない

ヘビメタ騒音さえなければ……。
俺がどんな思いで暮らしてきたと思っているんだ? 兄貴!
兄貴!おまえが、親父のような態度で気違いヘビメタを、ヨソじゃあり得ない音のデカさで鳴らすことにこだわりまくって鳴らしたから、こんなことになっているんだぞ。俺が、頭の悪いやつにバカにされる。俺の基本的な体力と能力がなくなっていく。気違い兄貴の気違いヘビメタ騒音のハンディさえなければ……。

さんざんだよ。さんざん。ヨソの人がわからないような音で鳴らしているというのが、みそだ。ヨソの人が経験しないような音で鳴らしているというのがみそだ。ヨソの人が経験しない……家族の態度……。これがどれだけヨソの人の判断をにぶらせているかわかるのか?

気違い兄貴のこだわりかたなんて、本当にヨソの人にはわからない。ヨソの人が『そんな人はいない』と考えてもむりはない。けど間違っている。誤謬に基づいた判断……。頭にくる。

2019年5月4日土曜日

『そんな引きこもりがまともなはずがない』


起きた。今朝、眠れなくなって、入眠時間が前日よりも遅くなった。もう、終わらない。これなんだよな。死ぬ~~。なんでこうなるか? 数千回の繰り返しでこうなったんだよな。ヘビメタ騒音で眠れなくなって不安というのが、原因だ。あれ、本当に何千日、繰り返してきたか? ヘビメタ騒音を浴びせられて、眠れなくなった。そうなると、不安がしょうじる。その繰り返しだ。おなじなんだよな。おなじ。感覚がおなじ。一日に七時間ぐらい……平均だと八時間ぐらい……ヘビメタ騒音にさらされるとどうしても、ヘビメタ騒音が鳴り終わったあと、眠れなくなる。この問題は、やられた人しかわからない。やられてみなければ想像もつかないだろう。実際にやられてそうならなければ、わからないことだ。だから俺が、サボっているように言われる。たるんでいるように言われる。だめ人間であるかのように言われる。あんな音にさらされたら、だれだって、終わったあと!!!眠れなくなるのに……。それも、眠れない時間が長い。眠れない時間のしんどさが並みじゃない。眠れないけどやりたいことをやっていた……眠れないけど普通に動ける……というわけではないのだ。これも、毎日毎日、一日に七時間から一四時間ヘビメタを浴びせられた人じゃないとわからない。これ、本当に自分の意思とは関係なく、浴びせられたら、そうなってしまう。からだがそうなってしまう。これは、走れば息があがるということとおなじだ。人間の基本的な反応なのである。生物としてそうなっているのである。だから、意思とは関係がない。長く走れば、呼吸の回数が増える。暑くなれば汗が出る。それとおなじレベルで眠れなくなる。からだが、だるくなる。このだるさが、ヘビメタ騒音に長時間さらされたときのだるさで、他の人はわからない。その人にとって『未知』のだるさ。異常なだるさ。他の人が経験してないだるさを経験することになる。

毎日!

他の人が経験したことがない異常なだるさを毎日!!!!経験することになる。ヘビメタ騒音って鳴っているときだけうるさいからこまるというものではないのだ。これだって、実際にヘビメタを浴びせられた人じゃないとわからない。あの距離、あの音のデカさで、何時間も何時間も毎日毎日浴びせられた人じゃないとわからない。気違い兄貴の異常な性格がわかってない人にはわからない。

そりゃ、『言えばやめてくれるはずだ』と考えている人にとってみれば、『エイリが言わないから悪いんだ』ということになってしまう。言えばやめてくれるはずだ』という前提で考えているのであれば、『言わないエイリが悪い』ということになってしまうのである。

どれだけ、言ったか。

で、そういうやつは俺が『言った』と言うと『ちゃんと言ったのか』ということを問題にしだす。俺が『ちゃんと言った』と言うと、不満な顔をする。そして、『ともかく、遅刻するな』とか『ちゃんと働かないのはおかしい』ということを言い出す。本当に頭にくる。

そういうふうに言うやつだって実際に、ヘビメタ騒音に毎日毎日何時間も何時間もさらされ続ければ、そうなるのに、それがわかってない。

そいつが、『エイリがちゃんと言わないからダメなんだ』と考えるのには、理由がある。たとえば、ぼくが三五歳だったとしよう。三五歳で、アルバイト以外の職歴がなく、無職だとする。いろいろな理由で友人関係がくずれていく。根本的な原因はヘビメタ騒音なのだけど、友人関係がくずれて友人との付き合いがその時点でないとする。そして、そういう情報をぼくがあの人に与えたとする。そうするとその人は職歴のない長期引きこもりで人とつきあってないのであれば、コミュ障に違いがないと考えるわけだ。その人が、『コミュ障なら、ちゃんと言えないに違いがない』と考えると『エイリがちゃんと言わないからダメなんだ』と考えてしまうのである。ここらへんがループしている。最初にできたみたて」にしたがって間違った推論をしているのである。また、最初の見立て自体が間違っている。けど、こういう人間は、最初の見立てが間違っていることを認めない。自分の推論が間違っていることを認めない。だから、『そうじゃないんだ』『ヘビメタ騒音でそうなるんだ(ヘビメタ騒音が十何年も続いていると友人関係がくずれていくんだ)』ということを言っても、信じない。最初にできあがった見立てにしたがって、俺の言うことを、信じるかどうか決めているからだ。『そんな引きこもりがまともなはずがない』のである。『そんなに長く引きこもりをしている人が、ちゃんと言えるはずがない』のである。頭が悪いやつのなかではそういう、見立てがずっと成り立ち続ける。こういうふうに、バカにされる。こういう風に、見下される。頭が悪いやつにバカにされるんだぞ。こんなのあるか? ヘビメタ騒音がずっと長く続くということはそういうことだ。そして、やっている人が気違いだとそういうことになりがちだ。なおさら、やっている人が、家族の構成メンバーで、よそではちゃんとしていて、「うち」では狂うという人間だとそういうことになりがちだ。他の人は、気違い的な頑固さが理解できない。気違い的な認知の誤謬が理解できない。「やったってやってない」というような認知が成り立っていることが理解できない。夢中になってやったことを、夢中になって否定する人がいると言うことがわかってない。ヨソの人はわかってない。兄貴が家族のメンバーだったというのが、ものすごく、影響しているんだよ。これ、本当に、他人で、アパートだったら、ちがう。あんなの一日目に大家に注意をされておしまいだ。既に狂っている……兄貴とおなじように狂っている親父が大家だから、おかしくなる。兄貴がヘビメタでやっていることは、親父がすべのことでやったことの完全なコピーだからな。やり方がおなじなんだよ。夢中になってやったことを夢中なって否定するということまで含めて、全部、おなじ。ともかく、俺が未成年、兄貴が未成年、親父があの親父というのが、ものすごく影響している。兄貴が家族のメンバーというのがものすごく影響している。兄貴が他人で、大家も他人で、大家が普通の人であれば、兄貴がどれだけがんばっても、三ヶ月ぐらいしかできない。三ヶ月で、兄貴が引っ越すことになる。そういう騒音だ。それを、親父と兄貴だから、ずっと何年間も十数年間も続いてしまった。親父の兄貴のヘビメタ騒音に対する反応というのが、本当に頭がおかしい反応で、普通の人は理解できない。俺だって、実際に気違い親父がそういう気違い的な反応をするまで、考えつかなかった反応だからな。しかも、これは『時代』がある。時期がある。時期によって親父の反応がちがうのである。また、「やったってやってない」の逆バージョンである「やってやらなかったのに、やってやった」が発揮されるから、自分の行動に関して正反対の認知をもっているのである。親父は! 親父は親父の行動に関して正反対の認知をもっている。これだけだって、どれだけの人にわかるかの? 『そんな人いるのかな???』と疑問に思うやつは、俺の言うことを信じない。基本的にうたがってかかる。親父が正反対の認知をすることで、俺を追い込んでいる。他の人から俺が誤解されるように、しむけている。他の人の誤解をさそっている。これがどういうことだかわかるか? わかるわけがないか。そりゃ、こういう父親や兄にたたられて、こういうことになってなきゃ、わからないよな。

2019年5月3日金曜日

俺だから、生きてるんだぞ

俺だから生きているけど、他の人だったら、とっくのとおに死んでるな。自殺している。俺だから、生きてるんだぞ。

たいした影響がないと思っているんだよな。俺がヘビメタ騒音の話をしたのに、たいした影響がないと思っているやつらがいる。どんだけの影響か。どれだけ足を引っぱられるか。おまえらだったら、はじまってから三ヶ月で死んでる。自殺している。どれだけ勉強に影響を与えるか、どれだけ生活力に影響を与えるか、どれだけ精神に影響を与えるか、わかってない。『どれだけ鳴っていると言ったってたいしたことはないのだろう』とか『鳴りやんだなら、そんなのはもう関係がない』とか『俺だったら、そんなのたいして気にしない』とか『俺だったらそんなに影響を受けてない』とか思ったやつらは、実際にさらされてないからわからないだけ。実際に、平日七時間、土曜一〇時間、日曜祭日一二時間、夏休み・冬休み・春休み一四時間と、本当に毎日、ヘビメタ騒音が、あの音で、あの至近距離で続くということを経験してないからわかってないだけ。本当に、足を引っぱられた状態になる。どれだけがんばっても、自分の実力の一〇分の一も出ないような状態になる。それがわかってないだけ。ずっと毎日足を引っぱられているということの意味がわかってないだけ。自分が体験してないからわかってないだけ。本当に、頭にくる。そういうボケ発言をするやつは、本当に頭にくる。


だれだって、引きこもりになるのに「じぶんはそんなふうにならない」と思っているんだからな。おまえの思考力がないから、あるいは想像力がないから、そうなることがわかってないだけ。人間ならそうなる。生物として人間ならそうなる。実際に体験してないからわからないか、あるいは、思考力や想像力がないから話を聞いただけでは、想像ができないかの、どっちか。あの音をあんなに長い期間やられて(鳴らされ続けて)引きこもりにならないわけがないだろ。通勤通学ができないからだにならないわけがないだろ。そういうことが続いた結果、友達がいなくなるということがわかってないだけ。そりゃ、そうなんだよ。友人関係に影響を与えないと思っているんだからな。友人関係どころかすべての人間関係に、影響を与えまくりだよ。他の人には理解できない頑固な態度で鳴らすからこうなってしまうんだぞ。気違い兄貴。おまえの態度は、ハンダゴテのときの親父の態度とおなじ。実際、気違い親父の態度がわかってない友達や先生に、悪く言われて腹が立っただろ。それとおんなじなんだよ。人生の中で、毎日、ハンダゴテの日を繰り返しているようなものなんだよ。ヘビメタが毎日鳴っているということはそういうことなんだ。ヘビメタが一五年間も鳴っていたということは、そういうことなんだよ。ふ・か・ひ・て・き・にそうなるのに、実際にやられた人間以外、だれもわからない。これがどういうことだかわかるか?

2019年5月2日木曜日

自分勝手な人の妄想的な認知・認識をどうすることもできない

気違い兄貴のやつ、まるで悪いと思ってないんだよな。

頭にくる。



そりゃ、やっているさいちゅうも、悪いと思ってない。どれだけ言われても、悪いと思えない。〇・一デシベルでもゆずってやった「ゆずってやったゆずってやった」とえらそうに……。本当に、気違いなんだよな。あんな音で鳴らされたらこまるに決まっているだろ。気違い兄貴だって、その「ゆずったつもりの」音量で他の曲を鳴らされたら、鳴らされているあいだじゅう、うるさくてうるさくて、モンモンとして腹を立て続けるよ。

そういうでかい音で鳴らしてなんとも思わないんだよな。

「やめろ」「静かにしろ」と言われたら、腹を立てる。気違い親父まったく同じ反応をかえす。それが毎日、ずっと続く。かわらない。どれだけ言ってもかわらない。どれだけ喧嘩してもかわらない。

これで、俺があいつのヘビメタ道具を壊したら、「おまえが壊したんだからならしていい」と復讐の鬼になって、鳴らし続ける。でかい音で鳴らし続ける。かりに、気違い兄貴を刺したにしろ、なぐったにしろ、おなじ反応が返ってくると思う。「おまえが、悪いことをしたんだから、やったっていい」……こういう態度で、ムチューーーーになって鳴らし続けると思う。

まあ、そういうことがなくても、そういうことがあった場合おなじ時間、おなじ音量で鳴らしたと思う。最長、最大。最長時間、最大音量……気違い的なこだわりで、一秒もむだにしないで、ずっとこういうことを毎日やり続ける。それが気違い兄貴だ。本人は、やったつもりがないんだよね。親父とおなじように、相手がこまっているということが、頭の底からわからない。

どれだけ言われたって、反発するだけで、やりたいようにやる。やりたいようにやれば、……一秒もゆずらずにやりたいようにやれば……やったことになってないんだよね。終わった途端に、ゆずってやったつもりになる。

頭がおかしいから、まったく矛盾なく、毎日そういうことをやり続ける。

本人はまったく反省なんてしてないよ。やったつもりがないわけだから。

親父とおなじなんだよ。親父だって、一〇年以上毎日、気違い的な理由で怒っていたのに、そういうことをしたつもりがないんだよね。

やっているときは「あたりまえ」なんだよ。やっているときは、相手の言うことなんて聞かないんだよ。で、あたりまえだと思ってやりきる。けど、「やった」ということを認めることが不都合なことになったら、現実とは関係なく「やってないやってない」とさわぐ。

で、さわいで自分の言い分が通ったら、もう、それで、自分とはまったく関係ないことになってしまう。「言い分が通ったら」と書いたけど、本人が爆発したら、その途端に言い分が通ったつもりになってしまうのである。

それに、その直後から『認めない態度』『認めない認知認識』を押し通すから、結果的には、やはり、言い分が通った……ことになる……本人の頭のなかでは言い分が通ったことになる。

認知・認識の部分でも認めないわけだから。相手は、気違い的な人の……あるいは、気違い的に自分勝手な人の妄想的な認知・認識をどうすることもできない。





つけたし(別サイトに移動します)。
広告なし派出所

じゃあ、狂っている人にやられて、働けなくなってまった人はどうなる?

今日は掃除ばかりやってた。

あのあと、やっぱり、気になって、ダイバー方式?で、掃除をした。けど、くるしいね。息継ぎがくるしいわ。けど、吸わないというのは一つの手だと思う。非常にのんびりした作業手順なので、ひとりでやるときにしか使えないかな。





ダイバー方式でやったときも、ある程度鼻水が出た。これは、前の買いが響いているのか?それとも、マスクのなかの温度と湿度が上昇してそうなるのかわからない。



下の部屋にあるテーブルの上も片付けた。これがねぇーー。

これが、いつやる気になるかと思っていたけど、今日やる気になった。よかったよかった。いつかやるつもりだったんだ。この調子でいけば、いつかやるつもりであるところは片付けられるかもしれない。



自分にご褒美で、コーラ、コーヒー、アセロラドリンクを買ってきた。三〇〇円。高い。これ、業務用ストアだったら、アセロラドリンクを抜かして、七五円ぐらいで手に入る。



ゴミとたたかって、一年ぐらい経てばだいぶ片付く気がする。



しかし、いろいろと負の思い出がある。そういうエリアを片付けているので、むなしい気持ちになる。特殊な家族なんだよな。これ、本当に他の人は、だれもわからない。気違い兄貴の意地なんて、だれもわからない。だいたい、本人が一番わかってないからな。何回も言うけど、本人がこだわりつくして、気違い的な意地でやったことは、気違い的な意地で否定する。おなじなんだよな。気違い兄貴も気違い親父とおなじで、「そのとき」だけなんだよな。そのとき、否定して、自分が勝てば、それでいいわけで、どれだけ矛盾したことをしても、気にしない。この、気にしないというのも、本当に、他の人にはわからない。そして、気違い兄貴には一番わからない。これ、おかしいんだよな。自分が血相を変えてやり切ったことを、血相を変えて否定するからな。親父とおなじなんだ。兄貴はどこまでもどこまでも親父とおなじ。

自分が他の音で一分やられたら、腹が立って腹が立ってしかたがない気持ちになるほどでかい音で鳴らしているのに、自分が鳴らしたい音ならば、そういうででかい音で鳴らしたって、たいしてでかい音で鳴らしてないという認識になってしまう。一度そういう、気違い認識が成り立ったら、どれだけ言っても、本人の頭のなかでは、そういう認識が成り立ち続ける。本人は、他の人からどれだけ言われても、「たいした音じゃない」と思っている状態が続く。何十年も毎日続く。何十年もやりたければ、何十年もそのままなんだよ。



で、他の人は、ヘビメタ騒音のすごさがわかってない。ヘビメタ騒音を七時間浴びせられたときのからだの状態が、自分の経験としてわかってない。それが一年間毎日続いたときの、しんどさが、自分の経験としてわかってない。これ、何年間も毎日やられたら、だれだって、「へたれ」になる。『やる気が』どうしても出てこない状態になる。日本の社会で、おいこまれる。日本の社会というのはまだ、年次制があるから、復帰しにくい。これも、経験がない人はわからずにたてまえを言うけど、不可避的に追い込まれていく。だから、浪人なんてしないで、なるべく高いところに?現役ではいるべきなんだと思っているわけだ。……たいていの人は。ぼくは、企業を相手にしてない。それなら良いじゃないかと思うかもしれないけど、気違いヘビメタで、小学六年生のときからずっと、勉強する時間がなかったことはでかい。これも、格好をつける人は、どれだけ騒音が鳴ってたって勉強ぐらいできるというようなことを言うけど、それは、実験的な場面に限られる。本当に、平日は七時間、日曜祭日は一二時間、あのデカさの騒音が自分の部屋のすぐ横で鳴っていたら、生活がくるってしまう。どれだけがんばっても生活が狂う。生活がくるったら、だめなのである。勉強だけ影響を受けないということはない。勉強時間がヘビメタ騒音に汚染されているということは、勉強が出ないということだけではないのである。その時間、次の日の分まで、つかれている。次の日の日中、どれだけ、気を張っても、注意不足になる時間ができあがる。個人の意志の力ではどうにもできない状態になる。そりゃ、二日、三日なら、どうにかなる。けど、一年三六五日、続いてごらんよ。できなくなるから。

一番頭にくるのは、気違い兄貴が「わるいことをやってない」と思っていることだ。迷惑行為をしてないと思っていることだ。意地になって、気違い的にデカい音で鳴らしている、すべての時間、悪いと思ってない。悪いことをしていると思ってない。迷惑行為をしていると思ってない。それは、言われなかったから、そう思わなかったのではなくて、何万回言われても、そう思わなかったのである。本人は、まるで問題がないことをしているつもりだったのである。「やっていいこと」をしているつもりだったのである。これが、一番腹が立つことだ。どれだけ言ったと思っているんだよ!! 自分だって親父に一回でもそういうことをされたら、腹が立って腹がたってしたがない状態になって、一日中、腹を立てていたのに。そりゃ、親父だって、自分がやっていることが悪いことだと思わずに、やるわけだからさ。だれがやられたって腹が立つことを、(相手の状態を無視して)やりきる。そういうことばかりなんだよ。そうじゃないことがないんだよ。親父とかかわると。(小さいときに親父とかかわると、かならず、そういうことをされるんだよ)。そりゃ、気違い兄貴が自動的にヘビメタを鳴らすように、気違い親父も自動的にそういう迷惑行為をすることになっている。もう、これは、一日中、そうするようにプログラムされているようなものだ。こういうのが、まるでわかってないんだよな……障害児教育とか言ってあまいことを言っている人たちは! そのくせ、睡眠障害者には、偏見がありすぎる。無職・無業者・ニートには、偏見がありすぎる。

ともかく、じゃあ、狂っている人にやられて、働けなくなってまった人はどうなる? これは、でかい問題だぞ。その人たちはまったく考えてないから、『ちょっと、がんばれば働けるのにあまえたことを言って働かないからだめなんだ』『我慢がたりないからダメなんだ』と常識的な精神論を振り回す。共同幻想の一部なので、うける。みんながそう思っている。日本にいるかなりの人がそう思っている。けど、ちがう。どれだけがんばって、ヘビメタ騒音期間中、俺が学校に通ったと思っているんだ? ゆるせない。死にものぐるいなんだぞ。毎日。帰ったら、おなじ騒音が何時間も何時間も、どれだけ「やめろ」と言っても鳴っている状態が続くんだからな。

2019年5月1日水曜日

いままで、できていたことが、どーーーしてもできなくなる


ヘビメタ騒音でどうしてもだるい。どうしてもくるしい。どうしても「だめだ」と思う。どうしても、ヘビメタ騒音にまつわる不愉快な記憶が浮かび上がる。どうしても、くるしい。ヘビメタでどうしてもくるしい。
このだるさなんて、だれもわからないわけだからな。俺がどういう気持ちで生きてきたかなんてだれもわからないわけだからな。俺がどういう気持ちで、午後一一時一五分をむかえたかなんてだれもわからない。夜、電気を消して横になったときのだるさがわからない。ヘビメタ騒音期間の、夜、電気を消して横になったときの、だるさは、ぼく以外、だれもわからない。
どうしてもヘビメタ騒音でつかれた。どうしてもヘビメタ騒音でからだがだるい。どうしてもヘビメタ騒音で頭がモヤモヤする。

ヘビメタ騒音がなかった場合の人生を返してくれ。ヘビメタ騒音が鳴らなかった場合の学生生活を返してくれ。青春を返してくれ。わかい時期を返してくれ。健康な体を返してくれ。ヘビメタ騒音がなかった場合の普通の『やる気』を返してくれ。

ヘビメタ騒音を一時間も経験してないやつに、えらそうなことを言われる。そういうポジションにおちていく。ヘビメタ騒音で、いままで、できたことが、できなくなっていく過程がわかってない。そういうことを言うやつらは、まるでわかってない。自分はやられなかった……という立場から、えらそうなことを言うやつらはまるでわかってない。ヘビメタ騒音が毎日毎日、なっている状態が一五年間も続いて良いわけがないだろ。能力を失わないわけがないだろ。家に帰ってからずっとヘビメタ騒音をやられる人間の気持ちがわかるか? 寝床に入ったあと、眠れないんだぞ。それも、不摂生だと言われる。自己責任だと言われる。『健康管理ができないやつが悪い』と言われる。『いいわけをするな』と言われる。そういうことを言うやつは、ヘビメタ騒音浴びたことがないやつだ。あのヘビメタ騒音を……あの気違いが鳴らすあのヘビメタ騒音を平日は七時間、日曜祭日は一二時間、夏休み冬休み春休みは一四時間、毎日、本当に区切れなく!!浴びてみろ。で・き・な・く・なるから。いままで、できていたことが、どーーーしてもできなくなるから。できなくなると、バカにされる。地獄だ。できなくなると、説教をされる。地獄だ。えらそうに!! ただ単に、ヘビメタ騒音生活をしてないだけなのに。だから、できるのに! 本当にくやしい。ヘビメタ騒音で「できなくなって」本当にくやしい。
毎日おなじ時間に起きることだって、オレハできてたんだよ。ヘビメタ騒音がはじまる前はできてたんだよ。そして、ヘビメタ騒音期間中、俺がどれだけ、死にものぐるいの努力をしたか。これがわかってない。死にものぐるいの努力をしたときの記憶やからだの状態が問題なんだろ。どうしてこれがわからない。ずっと続いたんだよ。ずっと。

俺が「できない」と言ったら、できないんだよ。俺がどういう気持ちでその言葉を使っているか、わかっているのか? わかってない。俺がどういう気持ちで、その言葉を使っていると思っているんだ? 俺が「できない」と言ったら、できないんだよ。ヘビメタ騒音を一五年間浴びなかったやつが、好き勝手なことを言うのは、ゆるせない。ゆるせない。

   *   *   *

あのときの、あれ、ない。
あれは、ない。
本当に家にいるときつらかった。どーにもならない騒音でつらかった。あれを、「つもりがないまま」やったのか? ふざけるな!!

あと、自宅浪人のときつらかった。ヘビメタでつらかったんだ。他のことでつらいわけじゃない。ヘビメタでつらかったんだ。あのとき終わったんだな。あのとき終わったんだ。これは、自宅浪人をしたことがある人にもわからない。気違いヘビメタ騒音があいかわらず鳴っているということが問題なんだから。小六の時からずっと鳴っているヘビメタ騒音がまだ続いている……これが問題なのだから。日曜・祭日なんて、本当に一二時間二〇分鳴っている状態だからな。どんだけつらいか。

あんなにデカイ音でずっと聞きやがって。ゆるせない。小六のころからズッとやられているんだぞ。本当に毎日! こんなの耐えられるわけがないだろ。けど、やっているやつは、気違いだから、やったっていいと思っているわけだし、同時に「やってない」と思っているんだよ。同時にだよ。本当に頭がおかしい。意地になって、ゆずらないで鳴らしているのに、「そんなんじゃない」と思っているんだからな。頭がおかしい。ヘビメタ騒音まみれのアルバイトが、どれだけ悲惨か。

俺はこれから眠るけど、朝は、いつも、ヘビメタ騒音の朝だ。
いまは、朝だよ。これから寝る。けど、もちろん、気楽で楽しいなんてことはない。無職系の人は、好きな時間に寝る?のを、楽しみだと感じることができる。ぜいたくだと感じることができる。俺にはそれはない。ヘビメタ騒音で地獄だ。気違い兄貴の真っ赤な顔が浮かぶ。あんだけ、意地になって鳴らしたのに『たいして鳴らしたつもりがない』なんて、本当に親父そっくりだな。いつもおなじことが成り立っているんだよな。意地になってやったことは、意地になって否定する。

たとえば、八年間毎日鳴らされたときの朝の感覚なんて他の人にはわからない。八年と一日目の朝、俺がどういう気持ちで暮らしていると思っているんだ? それがどういう浪人の一日だと思っているんだ。こんなのゆるせるか? ゆるせない。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。