2019年10月21日月曜日

家族会議なんてできるわけがないだろ


起きた。炭酸ジュースを飲みたい。机の上を見ると、ドクターペッパーがある。半分残ってないか?」と思って、ドクターペッパーの缶をあげてみるも、どうもまったくのこってなさそう。実際のこってなかった。
そう言えば、昨日の俺は、炭酸ジュースを飲み過ぎることを警戒して、一本しか買わなかったのだ。昨日の俺、もう一本買うべきだったんだぞ。まあ、炭酸水を買ってこようか。けど、香料付きの炭酸水がある。あの香料というのが気になるんだよな。うさわによるとクエン酸が香料として使われているということなのだが……詳しいことはわからない。「香料」がなんなのか気になって、香料入りの炭酸水が飲めない。
飲んでいるけど、ちょっと調べないとだめだ。

じつはさっき、着替えて、可燃ゴミを出してきた。午前一一時二〇分ぐらいなので、ほんとうは、ゴミが置いてある時間じゃないけど、まだ回収してないから、ゴミが置いてあった。なので、つけたしておいた。回収が午後になるときがあるんだよな。

で、ともかく、ジュースを飲まないと、話が先に進まない。ジュース、飲みたい。買ってくる必要がある。

また、着替えないと……。なんかさぁ。いまのレベルだと、じつは、ジュースを買いに行くのもめんどい。

そう言えば、ハッカ油のにおいがすごい。一週間もするとだいぶとれてしまう。三週間目にはもう、まかなかったような感じになる。まだ、まいたばかりなので、一階のハッカ油のにおいが、二階にまでとどく。侵入してくる。ドアを閉めても、ハッカ油のにおいがしたからあがってくるということは、やはり、スキマがあるんだな。やっぱり、バルサンをやるとき、この部屋に置いてあるものも、重要なものは、袋に入れないとだめだな。

俺は、このままだと希望がない。なんかこころが、憂鬱だ。なんかと書いたけど、長期騒音と長期騒音の後遺症が影響している。理由はある。

もう、だいぶつまっているんだよな。他の人にはわからないだろうけど。ずっと十何年も毎日やられていいわけがない。どんだけ、学力を下げられたか。

あんなに勉強ができない環境で学生時代をずっと過ごしていいわけがないだろ。そういう学生時代の上に成り立つ人生とはいったい、なんだよ? これ、ほんとうはひどいことになのに、張本人は、まったくなにもわかってないんだよな。そういう人間だから、十数年間も、自分の意地を押し通すことができた。普通の人なら、一日だって無理なんだぞ。自分がやっていることが、どれだけひどいことかわかるからな。わかっている人が、芝居で、わからないふりをして、強気に出て鳴らしているということではないのだ。なので、そこらへんのことで、常識的な人から誤解を受ける。どうしてかというと、常識的な家で育った人は、兄貴のような人を、人生の中で一回も見たことがないからだ。もちろん、兄貴だってそとっつらがあるから、うちでやっていることをそとでやるわけではない。それに、わざわざ、授業中に、気違い兄貴が鳴らしたい音でヘビメタを鳴らすということはしないだろう。「うちでだけ」ならしているわけだから。もっとも、気違い兄貴のヘビメタの音は、背負えるようなミニステレオやラジカセのたぐいでは出ない。気違いが気違い的な意地でバイトをして買った、一〇〇万円ぐらいのオーディオセットで鳴らしているのだ。スピーカーがデカイ。これは、もちろん、物理的にでかいということをいっている。あんなの、六畳間におくな。俺のほうの壁の近くにおくな。音に気違い的なこだわりがあるから、「その音」でしか鳴らさない。気違い兄貴がヘビメタを鳴らしているのに、ほんとうに、三味線ぐらいの音までさげたということがない。三味線ぐらいの音までさげるとなると、「感じが出ない」から、もとの気違い的にデカイ音まで戻して鳴らすことに鳴る。まあ、気違い兄貴の人生の中で、三秒間ぐらい三味線ぐらいの音で鳴らしたことがあるかな。けど、「感じが出ない」という理由で、元の音に戻して、そのまま、午後一一時一一分まで鳴らした。俺が、試験の時ですらそうだ。これ、ほんとうはひどいことなんだぞ。めちゃくちゃだからな。だれも、気違い兄貴のヘビメタ騒音とおなじ音量で騒音にさらされてないのに、「勉強するのがいやだから、騒音がどうとか言っている」と言われたり「騒音が鳴ってなくてもおなじ」とか「(点数が低いのを)騒音のせいにしている」とか言われる可能性が出てくる。点数は、平均点よりは上なので、別に低かったわけではないけど、それが逆に、なんて言うのかな? 問題のひどさを隠してしまっている。ほんとうに、ヘビメタ騒音中は勉強なんてできない。ヘビメタ騒音のなかで勉強しようとすると、学校で覚えたことも忘れてしまう。いずれにせよ、気違い兄貴のヘビメタ騒音は、でかすぎる。それは、気違い兄貴にしたって、「よそ」では気をつかって一分も鳴らされないようなデカイ音で、うちでは、ずっとずっとずっと、なにがあろうが、なにを言われようが鳴らしていた。親父の態度で鳴らしていた。頭がおかしい。それから、自分がやっているときに、なにかを言われると怒り狂う。これも、なにかを言われたときの親父の態度とおなじだ。自分がやっていることを「やめろ」と言われたら、発狂して怒る。で、怒ったら、おしまいなんだよ。「言われなかった」ことになってしまう。ともかく、よそのうちでやっていたら、いっぷんかんだってゆるされないことなのである。うちは、親父があれで、おかあさんがあれだったから、気違い兄貴が「意地」を通すことができた。けど、これは、殺人だ。魂の殺人だ。人生の破壊だ。そういうことなのに、まったくわかってないんだよな。自分が「やりたかった」ら、一切合切認めないし、「一切合切わからないモード」で暮らしてしまうのである。話なんて通じるわけがない。ところが、ほかの人たちは「家族で話し合えばいい」というようなことを言う。言ってくる。俺がどれだけ家族で話し合おうとしたか? 気違い兄貴が、自分の行動を制限されるような話しあいに参加するわけがないだろ。じゃあ、そういうふうに説明すればいいという人が出てくるかと思うけど、俺は、説明していた。あんまりかかわりたくないからか? 話を切る。相手が話を切る。だいたい、ここに書いてるようなことを説明したとしても、信じない相手のほうが多いのだぞ。割合的に多い。

ともかく、気違い兄貴は気違い親父の頭の構造で、「ここならできる」「ここならやっていい」「ここならゆるされる」と(無意識的に)ふんでやってたんだよ。ふんで。で、そういうふうにしてやったことは、どれだけひどいことでも、反省しない。反省できない。「悪い」と思えないのである。「悪いことをした」と思えないのである。過去のことですら、認めないのに、現在進行形で認めるわけがなだろ。現在進行形でやりたいときは、自分がやりたいようにやりたいときなのだから、絶対ゆずらないで、やりきる。やりきる方向で気違い的な努力をする。やりきる方向しか考えない。死んだって、殺されたって、絶対の意地でふんばってやりきる。「やめてやる」なんて候補は最初からない。「(ほんとうに)音を落としてやるという」方向は最初からない。音を落としてやるとしたら、「自分が気に入るように落としてやらなければならない」のである。それしかできない。気違い的な意地で、気違い的なこだわりで、「その音」で鳴らしたいのだから、ほんとうにゆずるわけがないだろ。だから、親父のハンダゴテのように、相手に負担がかかるまったく意味がない「譲歩」をしてやったつもりになるだけの「譲歩」しかしない。こんなの人をバカにした行為で、相手を侮辱しているのだけど、本人はそんなつもりはない。そんなことに頭がまわるわけがない。気違い親父とおなじ状態なのだから。気違い親父にやられて、気違い兄貴はあんなに怒っていたのに、気違い親父とおなじやり方で!きちがい行為をしやがる。親父は、ヘビメタにこだわらなかったので、親父がこだわてっこだわって、ヘビメタを鳴らしてやめてくれなかったということはない。けど、親父の一つ一つの行為と、兄貴のヘビメタ騒音は、おなじなのである。しくみがおなじ。態度がおなじ。やっているとき、「本人の気持ち」しかないんだよ。けど、「本人の気持ちしかない」という自覚はない。それから、「本人の気持ちにしたがって、ゆずらずにやり通した」という記憶はなくなってしまう。そもそも、自覚がないから、そういうふうにしているという現在進行形の認識が成り立っているのかどうかもわからないけど、過去のことになったら、なおさら、認識が成り立たない。やり終わった途端に「やってない」ということになってしまうのである。一四時間、気概的な意地で鳴らしても一四時間と〇・〇〇〇一秒後には、「一四時間鳴らしてない」「まったく鳴らしてない」ということになってしまうのである。さらにその一四時間のあいだに「明日試験だから静かにしてくれ」と一〇〇回、どなられても、「そんなことはまったく言われなかった」ということになってしまうのである。そういう、意識が……あるいは、意識状態が……ごく普通に成り立っているんだぞ。反省なんてするわけがないだろ。自分の行動を制限するような家族会議にでるわけがないだろ。これ、教師に「家族会議をすればいい」と言われて、何ヶ月も「家族会議をしたいから、テーブルにつけ」ということを言っても、けっきょく、普段の日は……定期試験を含めて普段の日は、テーブルにつかなかった。手短に言って、親父も、つかなかった。で、高校入試の二日前と、大学入試の一週間前に二回だけ、気違い兄貴が家族会議に参加したことがある。けど、じゃあ、二回テーブルについたのだから、「つくわけがないだろ」という発言はまちがっているということができるかというとできない。三年間だぞ。三年間。三年間ずっと、一分もゆずらずにやってきたんだぞ。高校入試の二日前まで、一回もついてない。だから、その期間にかんしては「つくわけがないだろ」と言えるのである。で、気違い兄貴が
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。