2019年10月16日水曜日

そいつは、自分の考えを放棄しない。そいつは、かわらない。


気違い兄貴が、「やりたい」から、昂然と無視したことがでかすぎる。それが、常識外れで、あり得ないことなんだよ。普通は、あり得ないことだ。どれだけやろうと思っても、できないことだ。けど、「やりたい」から、できる。事実を否定して、「ない」ことにしてしまう。夢中になって否定しているときは、夢中になって否定しているだけなのである。否定すること意外なにも考えてない。まさに「いまここ」しかない状態で否定する。普通なら絶対にわかることがわからなくなる。普通なら言わなくてもわかることがわからなくなる。普通なら、言われたら絶対にわかることが、わからなくなる。わかってしまったら「できなくなってしまう」から、命がけで否定する。「いまここ」しかないから、「いまここ」で否定すれば、それでいいのである。だから、そのあと、当人が否定したことを頑固に、気違い的な意地でやり通しても、『まったくやったと思ってない』状態が続く。こういうしくみ。こういうマジック。こういうことで、どれだけ俺が傷ついたか。勉強の邪魔をされて、めちゃくちゃな人生になったか。これ、否定する人もいるかもしれないけど、勉強はやりたいときもあるのだ。いつも、気違いヘビメタが鳴っていると、勉強をしたいときもできない。そして、普通の人は、気違い兄貴のヘビメタ騒音が『普通の騒音』だと思っている。ちょっとデカイテレビぐらいの音だと思っている。カラオケぐらいの音だと思っている。「そんなんじゃない」って言っているのに。もちろん、俺の部屋で聞いたときの話しだ。よその家にどのくらいとどいているのかは知らない。あの気違いヘビメタ騒音のなかで勉強するのは無理なんだよ。これも、『無理じゃない』『集中すればできる』と言うやつがいるけど、そいつは、俺とおなじ条件で、気違い兄貴のヘビメタ騒音を一秒も経験してない。経験してないやつが言う、単なる憶測にもとづいた意見なのである。俺とおなじ条件でくらしてから言え。

あれ、ほんとう、気違い兄貴は『ヨソじゃ一分だって鳴らすことができないような』デカイ音で鳴らしているということを知っていると思ってたけど、ほんとうに、知らなかったんだな。親父とおなじで、ほんとうに「そのとき」しかない。文句を言われているとき、『否定して』のりきれば、『そうじゃない』ことになっているのである。これ、ほんとうに頭がおかしいから「いじわる」でなく、できる。もちろん、やっていることは最低最悪の意地悪なんだけど、本人は、別に意地悪でやっているわけではないのだ。別に意地悪で(知っているのに)しらばっくれているわけではないのだ。で、知っているのにしらばっくれている人は、正常で!……やってることが異常でも正常だ。……ほんとうに異常なのは、どれだけ言われても、知らないまま、やり続けることができるやつだ。これは、ほんとうに「やったってやってない」の境地に立って、「いまここ」しかないから、文句を言われたときだけ……やめろと言われたときだけ……発狂して否定して、はむかって、おしまいなのである。そのあとやったって、やっているつもりがないのである。「いまここ」の意地しかない、気違い野郎だからこそできる、最低最悪の意地悪だ。こういうのを、正常な人の意地悪といっしょにするな!! どんだけ、足を引っぱられるか。もし、正常な人が意地悪をするつもりで、知っているのに認めない(知らないふりをする)という態度で鳴らしたなら、いっくらなんでも、一ヶ月で終了する。「うちでも」鳴らせない状態になる。けど、うちは、そもそもが、気違い親父が作った家なので、成り立ち続ける。そういうことが他の人にわからない。どれだけ、倒錯した感覚で鳴らしているか……他の人は……わからない。ほんとうに気違い的な意味で、自分勝手なのである。気違い的な意味で、「いまここ」しかないのである。「いまここ」の自分の感情しかない。認めたくないという自分の感情があると、現実を無視して、絶対の意地で認めないのである。「いまここ」を認めずに押し切れば、それでいいのである。「いまここ」の感情しかないのである。だから、どれだけ言われても、相手がこまっているということがわからない。自分がやりたい……自分が思ったとおりにやりたい……自分が思ったとおりに思いっきりやりたい……という感情しかない。いつもそうだから、いついかなる時に言ってもおなじ反応が返ってくる。これ、親父がやり始めたことで、普通の人間ならできないことなのである。そりゃ、普通の人間は、どれだけ意地を張っていても、自分がやっていることがわかっているからなぁ。気違い親父と気違い兄貴は、「いまここで」自分がやっていることがわかってない。頑固にやっているのに、頑固に否定している状態だ。現実否認がひどすぎる。自分がやりたいと思ってやっていること、あるいは、自分にとって都合が悪いことは、気違い的な意地で否定する。その気違い的な意地で否定するときは『現実』なんて一切合切関係がないのである。頭の中の『自分にとって都合がいい現実』しかない。自分の感覚器を書きかえて自分にとって都合がいい『現実認知』をつくる。夢中になってつくる。「いまここ」しかないのだ。相手の言っていることや現実を否定して、「やることができれば」よいのである。相手がこまっているということは、これっぽっちもない。相手が(自分がやっていることで)こまっているということは……そいつの現実のなかには……一切合切ない。自分の感情だけだからな。感覚器まで書きかえて……感覚器に依存した認知まで書きかえて、自分がやりたいことを押し通す。曲げられるのは、感覚に依存した認知そのものなのである。こうやって、自分がやりたいことを、押し通す。もちろん、押し通したつもりなんてないのである。こういうマジック。こういう気違いマジック。これで俺がどれだけひどい目に遭ってきたか。

こういうひどい目に遭ってきた人間に対して、生かじり精神世界の人は「相手をかえるのではなくて自分をかえるしかない」などということを言う。こういう現実もある。こういう現実が、この世をもっと地獄にするんだよ。こいつらは、こいつらで、なにをしているのか本当にわかっているのかな? と思う。たとえば、事実ではないことでうらみをもって、ガソリンをまいて、人を焼き殺すやつがいたとする。たしかに、他の人が「やめろ」と言っても、そいつの考えをかえることかできない。なら、殺されてもいいのか? これは、そういう問題なんだぞ。たとえば、知的障害者を殺そうとしているやつがいるとする。そいつに対して、『そういうことはやめろ』と言っても、そいつは、自分の考えを放棄しない。そいつは、かわらない。『そういうことはやめろ』といっくら言っても、そいつの考えがかわらなかったとする。なら、殺されたほうは、それでいいのか? 『相手をかえるのではなくて自分かえるしかない』から、殺されてもいいかの? これは、そういう問題なんだぞ。そういうことを、かるがるしく口(くち)にする。自分が妄想的な人に殺されるということを考えたことがないから、そういうことが言える。自分の人生が、妄想的な考えをもった人に破壊されるということがなかったから、そういうことが言える。家族が、妄想的な考えをもっていて、自分の人生を破壊したらどうなるんだよ?


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。