2019年10月1日火曜日

気違いヘビメタの感じが続く

運動会の練習はけっこううるさい。
けど、なんとか、しのげる。
しかし、気違い兄貴のヘビメタ騒音はしのげなかった。鳴ってたら、勉強ができない。
学生にとってこれはとてもつらいことだ。
気違いヘビメタの感じが続く。

こんな人生ない。気違いヘビメタ騒音にやられ続けたのは人類で俺だけだ。他の人には、そのハンディがない。ハンディがないところで、想像で「そんなのたいしたことがない」「どれだけ鳴ってたといっても、たいしたこと、ないんだろ」「過去は過去」「人のせいにするな」などと言う。こいつらみんなデコパッチンをしてやりたい。一日だけでもどれだけつらいか。五分だけでもどれだけつらいか。「俺だったらしずかにさせることができる」というのもデコパッチンしてやりたいほど腹が立つ発言だ。けっきょく、こいつらは、なにもやられてない。

うち」という閉鎖空間で為された悪事については、他の人は、中立的な立場に立とうとして、やられた方を不当に傷つけることを言う。ニュースで公開された悪事なら、そういうことは言わない。ニュースはいちおう、中立的な立場で、事実を伝えるからな。いちおう、だけど。

俺が「気違いヘビメタの感覚が残っている」と言えば、俺が異常であるような印象を与えるが、だれだって、あんなに長い間やられたそうなる。人間として正常な反応なのである。これがわかってないやつらがいる。まるまるまる。どうして俺だけ、こういうことを言い続けなければならないのか?

佐藤氏やゆき氏のように、いろいろなまちがった前提でものを言う人たちがあとをたたない。こういう人たちは、俺がちゃんと説明すれば信じるかというとそうではないのだ。俺が親父や兄貴のことについて説明すると、俺の言葉は信じずに、「うちに一回もきたことがない」心理学者に「そんなことって、あるかな」と訊いて、心理学者が「ないとは言えない」とこたえると、ちょっとだけ信じるのだ。学者のこたえも、そりゃ、「ないとは言えない」だからな。しゃれているね。俺の経験した世界とはまったく無縁の人が言っていることだ。知るわけがない。俺は、気違いヘビメタがなければ、学者にはなれた。あのとき俺が学者だったら、あの人たちの態度は明らかにちがうのだ。これで、偏見がないと言えるか? 差別がないと言えるか?

親父や兄貴の態度は異常だ。普通の人にはわからない。そして、うちという閉鎖空間で為されたことに関しては、人びとは「中立的な立場」で「たいしたことがない」と勝手に思う。実際に一日もやられたことがないくせに、わかったようなことを言う。五分だって、切羽詰まった気分になるよ。あの音をまる五分間聞かされたら、だれでも、こころがめちゃくちゃになっちゃうよ。実際、気違い兄貴だって、よそのうち」では五分だって鳴らせないのである。そういう音で鳴らして、「あたりまえ」だった。うちでは、すべての時間、鳴らしても「あたりまえ」だった。別に悪いと思ってないのである。で、こういう頑固さが親父とおなじなんだよ。こういう「思いこみ」が親父とおなじなんだよな。ほんとうにこまる。まるまるしたくなる。

ほんとうに、ヘビメタ騒音にやられて、徒競走にで出るようなものだ。必死に全力で走っても、半分のはやさも出ない。ヘビメタにやられてなければ軽く走っても二倍のはやさで走れる。俺が、必死な形相で、発しているのを見て、ほかのやつらがわらいやがる。「あんなに、必死なのに、あんなのおそい」と言ってわらっている。そのなかに気違い兄貴がいる。気違い兄貴もわらっている。なにも関係がない人としてわらっている。俺が遅れて遅れてゴールしたあと、気違い兄貴のところに行って「しずかにしろ!! ヘビメタ!!鳴らすな!!! って言っているだろ!!!」と必死になって怒鳴る。何回も怒鳴る。けど、気違い兄貴は、まったくやっているつもりがないから、なにも感じない。ただ、自分にとって不都合なことを言われたということは、わかるので、怒る。それだけ。うちに帰ればいつものように、気違いヘビメタが鳴っている。どれだけ、「しずかにしてくれ」って言っているだろ!!と必死になって行っても、気違い的な感覚で無視して鳴らす。殺さなければしずかにさせることができない。そういう状態を、押しつけて鳴らしまくる。俺の部屋に帰って俺が頭を抱える……こういう夢だ。

俺の人生はまさしくこの通りだ。この夢とおなじだ。まじめな佐藤氏やゆき氏ですら、常識に基づいて間違ったことを言いやがる。

火しっにやってきたおれがどうしてサボっているように言われたり、甘えているように言われなきゃならないんだよ。しかも、おなじ状態でくらしてきた人に言われているわけじゃない。一秒も気違い兄貴の気違いヘビメタ騒音を体験しなかった人に言われる。

「学校に通えたなら、たいしたことじゃない」……倒錯している。必死に通った人をバカにするのはいい加減やめたほうがいい。心の底で根本的にバカにしているからそういう発言ができるんだよ。だいたい、こういうことを言う人は、「働いてない人は悪人」「働いている人は善人」という思いこみがある。どうして、人をまっすぐに見ないんだ。働いているとか働いてないということで、人の価値を決めるんだ? ほんとうはそういうことは、問題じゃないんだぞ。これも、わからないか?



わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。