2019年12月1日日曜日

これも、経験しなきゃわからないのだろう。想像と実際は違うから。

あー、まじ、つかれた。これは、まるまる荘……。まるまる荘時代とおなじだな。あーー、つかれた。つかれた。

ヘビメタ騒音がないところに行きたい。ヘビメタ騒音の記憶がないところに行きたい。そもそもヘビメタ騒音をあびなかった世界に行きたい。
あーー。ほんとうに、つかれた。これ、おなじだよ。もう、つかれた。限界だ。

展開がない。もう、つかれた。ヘビメタ騒音がない世界に行きたい。ヘビメタ騒音がなかった場合の人生を生きたい。

おんなじなんだよな~~。これ! いまでも、動けない時間は、ヘビメタ騒音にたたられて疲れ果てて動けない時間とおなじ。いまでも、あせる時間は、やらなきゃいけないのに、ヘビメタ騒音がガンガン鳴っていて、あせる時間とおなじ。おなじ。どこまでもおなじ。

気違いヘビメタに一四年間毎日やられた人じゃないとわからない。どれだけひどい影響を与えるか、わからない。やられてない人にとってみれば『過去なんてどうでもいい』と言えるものだ。

けど、やられた人間にとってみれば、そんなことは、とてもじゃないけど言えない。けど、やられてない人にとってみれば、『そんなのは、こだわっているからいけないんだ』と言えることだ。

ぼくの発言も、『こだわっているからいけない』と言えることだ。『悲劇のヒロインになっている』『元気だ元気だと言えば、元気になる』と言えることだ。けど、ちがうんだよ。どのみち、人間の体で、あの状態で、一四年間毎日やられなければわからないと思うけど、ちがう。

当然の学習の結果、なのに、ぜんぜんわかってない。やられれば睡眠回路が壊れて日中もボロボロに鳴るのにぜんぜんわかってない。これは、こだわっているからじゃないのである。悲劇のヒロインのつもりでいるから』でもないのである。

けど、わからない……のだろう。そりゃ、あの態度で、成長期ずっと、やられなければわからない。ヘビメタ騒音がどんだけでかい音で鳴っていたかわかってない。ほんとうに五分で限界だよ。あんな音で鳴っているうちなんてない。

「どんだけ鳴ってたって、勉強なんてできる」と言うやつも出てくるとは思うけど、そいつは、この世で一番嫌いな音が九〇デシベル付近でずっと鳴っているなかで、勉強できるのか?

実験のための一〇分じゃないよ!!

毎日やられたあと、できるのか? ということだ。

毎日、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も鳴っているところで、睡眠回路が壊れて不眠でボロボロになっているところで、さらに、追い打ちをかけているようになっているところで、できるのかという話しだ。

これも、経験しなきゃわからないのだろう。想像と実際は違うから。けど、そいつは、実際に経験したことがないから、どうしても、想像することしかできない。

だから、想像でものを言う。まるでおれがこだわっているからだめなんだというような言い方は、相当に俺を侮辱した言い方なんだぞ。これで、俺がたとえば、無職引きこもりというどうしょうもない立場で、あるいは、どうしょうもなくかっこう悪い立場で、こういうことを言っても、『侮辱なんてしてない』と思うかもしれないけど、侮辱している。

『そんなのは、無職*なんだから言われたってあたりまえ』『そんなの引きこもりなんだから言われたってあたりまえ』と思うかもしれないけど、そういうことを言っている人だって、俺とおなじ状況で俺と同じ体験をすれば、働けない状態になる。そりゃ、働けないから無職*のまま何年もすごすことになる。

えらそうーーに!!! たまたま、俺とおなじことをやられなかったから、働けるだけなのに……。えらそーーに。えらそーーに。

こんな人生ない。

人間だったらだれだって、ああいうことが何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も毎日続けば、通勤働けないからだになるのに、まるで俺が劣っているように言いやがって。『サボっているからだめなんだ』『甘えているからだめなんだ』『自分の姿をみてみろ』『ネガティブなことを言うからだめなんだ』

はぁーー?? なに言ってんの?

ほんとうに人間は、こうも傲慢になれるのか?

想像力がないからそういうことを言えるだけなんだよ。想像力がある人は、たとえ、経験としてわかってなくても、そういうことは言わない。この差はでかい。けど、そういうことを言うやつのほうが多数派なんだよな。割合が大きい。

経験してないやつであってなおかつ想像力がない人たちにこういうことを言われることだって、気違い兄貴がこだわりつくして、気違い的な意地で、現実を無視して鳴らしてなかったら、起こりえなかったことなんだぞ。気違い兄貴は、こういうこと他人に言わせて俺をくるしめてやろうと思って、気違い的な意地で、気違い的な音のデカさで、一日のなかで長期間にわたって、人生の中で長長期間にわたって、ヘビメタを鳴らしたわけじゃない

。けど、気違い的なこだわりで鳴らすとそういう結果になってしまうのである。だから、俺がさんざん言っただろ。わかる範囲で言っただろ。気違い親父とおなじで、そのとき!!自分に都合が悪いことを言われたら、感覚器までねじ曲げて、やり続けるから、こういうことになってしまうんだぞ。

感覚器までねじ曲げてやり続けるから、普通の感覚を持っている人が、信じないんだぞ。

そりゃ、「そんな人いない」と言いたくなる。兄貴がやったことは、親父がやったこととおなじなんだよ。期間の長さも、一四年間と、だいたい親父がやった期間とおなじだ。あしかけで一五年間だけどな。親父は、兄貴のからだが自分より大きくなってしまったら、必要な注意だって、絶対の意地でしないという態度になる。

で、そういう態度で注意しないのだけど、本人はそのつもりがないだけだ。毎日、あしかけ一五年間、絶対の意地で注意しないのだけど、それがわからない。一五年目に、「注意してくれなかった」と言われたら、「注意した!!注意した!!!」と言い出す。

で、言っているときは、注意したつもりなのである。たしかに、一五年間で二回、俺が家族会議を開いたとき「しずかにしてやれ」とおのおの一回だけ言った。けど、たとえば、俺が小学六年生から、中学三年生の受験前日まで、毎日気違い兄貴が鳴らしているのに、毎日、注意しなかったのである。

だから、三年間のあいだに関しては、ほんとうに「注意してくれなかった」ということが正しいのである。そのあとの三年間も注意しなかった。高校三年生の大学受験前日まで注意しなかった。

だから、「注意したと言っても二回だけだろ」と言うと、「いっぱい注意した!!いっぱい注意した!!」と言い出す。

人が言ったことを、否定すれば、気が済むのである。

しかも、これ、「注意した!!注意した!!」とか「いっぱい注意した!!いっぱい注意した!!」とか、からだを真っ赤にして怒って!!!言っているんだぞ。

気違い兄貴が鳴らしていたときに、「注意してくれ」と言ったら、「そんなことできるわけないだろ!!」と顔を真っ赤にして怒って言ってたんだぞ。

「なっちゃったらしかたがない!!! なっちゃったらしかたがない!!!」と顔を真っ赤にして怒って言ってたんだぞ。怒りたいのはこっちだ。

で、ちょっと話がずれるけど……俺が怒って「注意できるだろ」と言ったら、外から見れば、喧嘩しているように見える。よく、怒っている人たちのことを見ると「喧嘩両成敗だ」などと言う人がいるけど、異常な家族と正常な家族のあいだで、喧嘩が発生している場合、喧嘩両成敗という考え方はよくない。

これも、精神世界に片足を突っ込んだ人が、正常者同士の喧嘩とおなじだと思ってそういうことを言うことがある。ちがうのに。これ、ほんとうに頭のおかしい人がどういう反応をするかぜんぜんわかってないんだよな……こういう人たち……。感覚器を書きかえ、記憶を書きかえることができるような人が、自分勝手なことをやった場合は、正常者同士の喧嘩ではない。

正常者同士の言い合いではない。……これがわかってないんだよな。まあ、さらに、『すべては受けとめ方の問題だ』というようなことを言いやがるんだけど……これが、異常な家族にやられた人にとってどういう言葉なのかまったく理解ができないんだよな。そういうレベルだ。大半のなんだかわかったようなことを言う精神世界の人はそういうレベルだ。ぜんぜん、ちがう。ほんとうに精神世界のことがわかっている人たちは、そんなことは言わない。なおさら、やられた人に直接そういうことを言うなんてことはあり得ない。

感覚器を書きかえ、記憶を書きかえることができるような自分勝手な人が、家族に対してどういうことをするのか? ぜんぜんわかってない。ほかの一般的な人は、そこがぜんぜんわかってない。

「注意してくれなかった」と言われたときに、親父が顔を真っ赤にして怒って「注意した!!注意した!!」と言うのと、「しずかにしてくれ」と言われたときに、兄貴が顔を真っ赤にして怒って、エレキギターを弾き続けてしまうことは、おなじなんだよ。おなじ態度なんだよ。

こういうのだって、じかに見てない人間には、わからないことなんだぞ。「親が注意しなかったなら、どれだけデカイ音で鳴っていたと言ってたって、たいした音で鳴ってなかったんだな」なんて言うやつがいるんだぞ。これ、あおり発言をするつもりで言ったわけじゃなくて、ほんとうにそう思って言っているだけだ。「そんな、デカイ音で鳴ってたら絶対に親が注意する」なんて言いやがるんだぞ。

気違い親父は、そういうことを見越して、注意しなかったわけじゃないんだよ。気違い兄貴はそういうことを見越して、絶対の意地でデカイ音で鳴らして、どれだけ注意されても、ボリュームをさげなかったわけじゃないんだよ。

けど、そういう出来事が発生するようなことばかりをする。そりゃ、普通の人が想像できないような態度でやってたらそうなる。普通の人がありえないと考えるようなことを、普通の人がありえないと考えるような態度でやり続けていたらそうなる。

けど、そういうアホな人にしてみれば……いや、まちがった見解を持つ普通の人にしてみれば……エイリさんが悪いということになってしまうのである。さらに、エイリさんは嘘を言う、信頼がおけない人だということになってしまうのである。

   *   *   *

この世で実際に起こったこととこの世で実際に感じたことは書いておく。



わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。