2019年12月23日月曜日

『いま現在に集中する』というマインドフルネスの考え方は酒のアルコール、たばこのニコチンとおなじ

『将来のことを気にするのはやめよう』ということと『いま現在しかない』ということは、両立しないということを言いたい。

基本的に、こういうふうに思ってなんとかやりすごそうとしている人を批判するつもりはないわけね。どうしてかというと、その人たちは、相当にやられて、こまっている人たちだから。相当に追い詰められている。けど、追い詰められている人が、『過去は過去だ』『過去のことは気にしないようにしよう』『将来のことは気にしないようにしよう』『いま現在に集中しよう』『過去も未来もない』というような考え方に立つのは、危険なところがある。おいつめられた底辺労働者が目の前の作業に集中すると、その作業が底辺労働者のからだをいためつけるということが考えられる。たとえば、一〇年間その労働を続けたとき、自分のからだが悪くなるということがわかっている状況で、目の前の作業に集中したら、一〇年後には、その労働者のからだは悪くなってしまう。目の前の作業に集中するというのは、ポジティブな考えに(いちおうは)思えるけど、ほんとうは、ネガティブな考えだ。それは、ガス室の中で作業をしているのとおなじだからだ。いつか自分のからだが悪くなってしまう』という恐怖からのがれたいから、『いま現在』という考え方に執着しているだけだ。『将来のことは気にしないようにしよう』という考え方はポジティブに響くけど、基本が『逃避』なのでネガティブな意味を持ってしまうのである。酒が体に悪いことがわかっているのにもかかわらず、『いま現在が楽しければいい』『いま現在がくるしいものでなければいい』という考えに基づいて酒を何十年も毎日飲み続けている場合は、いま現在に集中して酒を飲んでいても、ポジティブとは言えない。実は現実から逃避したいだけだからだ。実は、目の前の労働も酒とおなじだ。体を壊す酒とおなじで、その人のからだをこわす。もちろん、一日や二日でこわれるものではない。しかし、二〇年間も三〇年間も、続ければ、からだがこわれる労働というのはある。その場合、『いま現在』に執着する考え方は、『逃避』でしかない。









 ・考えても納得のいく答えが見つからないことは考えない。





過去において、考えたが納得がいく答えがみつからなかったということが、この考えの根底にある。ようするに、過去の経験を参照して、(過去の経験的なデータを考えて)未来のことについて考えているのである。『考えない』というのは、『考えないようにしよう』ということであるから、これは、未来の行動方針について語っているということになる。考えないのは、いまではなくて、未来の自分なのである。いまの自分が、『(将来)考えないようにしよう』といま思っているだけなのである。







  ・将来のことばかり考えてたら、今を生きられないから考えないようにする。



考えないようにしようといま現在決めたのだけど、それは、将来(未来において)考えないようにしようということだから、将来のことを考えていると言える。





・ 良いことも、悪いことも、終わったことは忘れるようにする。



これも、いままでの過去の経験から、『忘れるようにした方がよい』と考えているのである。忘れるようにするのは将来の『自分』である。(いま現在の自分はそういうことを考えている自分である)。これは、『忘れるようにしたい』という願望の別の表現だ。将来の自分は、たぶんだけど、近い過去に起こったことについて「あーだこーだ」と考えているのではないかと思っているのである。将来の自分は、将来の時点において、近い過去に起こったことについて、怒ったり、喜んだりしているのではないかと思っているのである。そういう感情を想起させるのは、実は、いま現在のことではなくて、将来の時点において、近い過去の出来事だ。生きていれば『思っているうちに』未来に到達してしまう。





・ 悩んでもしょうがないことは悩まない。



これも、過去のデータを参照して、これからはこうしようと言っているにすぎない。「これから」のことについて言及しているので将来のことについて語っている。過去の記憶を思い出して、未来の行動指針について語っているのである。要するに『過去も未来もある』。過去のことは忘れてないし、未来のことも心配している。





・ 心配しても解決しない問題については心配しない。



これも、過去のデータを参照して、これからはこうしようと言っているにすぎない。「これから」のことについて言及しているので将来のことについて語っている。







・将来も過去も、自分の頭の中にしかない。



それを言うなら、いま現在のことも、自分の頭の中にしかないのではないか?

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たとえば、アスベストを吸い込むと肺がんになるとする。そういう知識がある労働者がアスベストを吸ってしまう作業をしているとする。その場合、どうしても、将来の自分が気になるだろう。

しかし、『アスベストを吸い込むと肺がんになる』というのは、『アスベストを吸い込むと肺がんになる可能性が高くなる』と言うことであって、アスベストを吸い込んだにもかかわらず、肺がんにならない人もいるとしよう。しかし、どのくらいの長さアスベストを吸い込む作業をしたかとということと、どのくらいの量アスベストを吸い込んだかということが、肺がんになる確率に影響を与えているということは否定できないとする。つまり、長期間、アスベストを吸い込めば吸い込むほど、肺がんになりやすく、アスベストを吸い込む量が多ければ多いほど、肺がんになる確率が上がるとする。確率は上がるけど、ちょっとだけアスベストを吸い込む作業をした人は、アスベストを吸い込んだにもかかわらず、肺がんにならなかったとする。その場合、『アスベストを吸い込んだにもかかわらず、肺がんにならなかった人がいるのだから、吸い込んだアスベストの量は関係がないとは言えない。また、肺がんにならなかった人がいるのだから、アスベストを吸い込む期間の長さは関係がないとは言えない。
いちおう、こういうことをおさえておくとする。
『アスベストを吸いこむと肺がんになるのではないか』と思っている人がいたとする。その人が、アスベストをどうしても、ちょっとは吸い込んでしまう作業を平日はしていたとする。マスクをしてもちょっとは吸い込んでしまう作業を月曜日から金曜日まで、朝の九時から昼の一二時までと、午後一時から午後五時までしていたとする。
その人のことをAさんと呼ぶことにする。「このままこの仕事を続けていたら、将来、肺がんになってしまう」とAさんが考えても、当然だと(僕は)思う。けど、そういう作業をしていない心理学者や心理学者の影響を受けたもと患者やポジティブシンキングに傾倒している人が言うんだよ。『いま現在に集中すればいい』とね。『不安なんていうのは、幻影だ。将来の不安というのは、自分で作り出しているにすぎない』とね。『いま現在に集中すればそんな不安はなくなる』とね。
けど、僕はAさんが将来のことを心配するのは当然だと思う。そして、Aさんがいま現在の作業に集中したばあい、肺がんになる危険性があがると思う。アスベストをどうしてもちょっとは吸い込んでしまう仕事を続けていれば、将来、肺がんになってしまう危険性があがるという考え方は、非合理的ではないと思う。根拠があるから心配しいてる。根拠がないことを心配しているわけではない。僕はそう思う。けど、将来のことを心配してくよくよ!悩むのは、非合理的なことだと考える人たちもいる。くよくよというのが、そもそも、ネガティブな言葉で、いかにも、非合理的な考え方にとりつかれているような印象を与える。これは、印象操作ではないのか?
まあ、「くよくよ」という言葉については今回はこれで、切り上げるとする。問題は、将来、肺がんになる危険性をあげる仕事をしているAさんが、『いま現在に集中』して作業しても、将来、肺がんになる危険性をあげるということだ。Aさんが『いま現在の作業』に集中して、不安がなくなったとしても、将来のAさんが肺がんになったとすると、将来のAさんは、楽しくないと思う。『いま現在の作業に集中』するときっと、いい未来があると思うのは勝手だけど、そういう前提に立って、他の人にそういう考え方を押しつけるのはどうかと思うな。『いま現在の作業に集中すると』と書いたけど『いま現在に集中すると』でもおなじだ。『いま現在』に集中すると、将来の不安がなくなるとする。それはいいことなんだと言えるかどうかという問題だ。『いま現在に集中』することで成果が得られる場合がある。その場合は、『いま現在に集中する』という考え方でいいと思う。将来、いいことがあるのだから……。しかし、将来悪いことがある場合は、そんなことは、言えない。




わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。